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争いの指揮官はシリだ

夜明け前、シリは目を覚ました。


今は何時だろうか。


シリは半分覚醒した頭でぼんやりと考えた。


ふと視線を感じていると、グユウはすでに起きていてシリをジッと見つめていた。


「シリ・・・」

グユウは、腕の中にいるシリをギュッと抱きしめた。


シリは何も言わずにグユウの暖かい胸に顔をすりよせた。


シリは顔をすり寄せた。


胸に手を当てると、いつもと同じ静かな鼓動。


――この音が、明日も聞けるだろうか。


今朝から争いが始まる。


束の間の心休まる時を味わう。


部屋の外では人々が動く気配を感じる。


ゆっくりしている暇はない。


「支度をする」

名残惜しそうにシリから手を離し、グユウはベットから離れた。


弱気、不安、心配、恐怖、それらを全てをベッドに残しシリも支度を始めた。


ホールは兵で溢れかえっていたけれど、3年前より人数が大幅に減っている。


ーー無理もない。


東、南、西の領地はミンスタ領に支配された。


さらに争いに勝てないと思った兵達は、続々とミンスタ領に逃げているのだ。


グユウは領に忠実な兵達に感謝の言葉を述べ、ゼンシ討伐の文言を並べた。


兵が歓声を上げた後に、グユウは後ろを振り向いた。


「シリ、お前も」

黒く美しい瞳で手を差し伸べた。


ーー争い前に、妃が兵達に文言を言っても良いのだろうか。


そんな話、聞いたことがない。


ザワッと兵たちの間に小さなざわめきが広がった。


シリは一瞬、戸惑い足を止めた。


だがグユウの手の温かさが、背中を押した。


戸惑うシリの耳元でグユウはささやく。


「争いの指揮官はシリだ」

兵達の士気を上げることを話すように目線で促した。


シリの手を取り、一緒に兵達の前に立たせた。


隣に立つグユウを見上げると、大丈夫だと言わんばかりに優しい瞳でシリを見つめた。


質素な青いドレスに銀色の帯をつけたシリは、多くの兵達の前で緊張しているようにも見える。


紺色のワスト領の旗を背景に、シリとグユウが佇むだけで素晴らしく効果的だった。


家臣達は恍惚とした顔で2人の姿を見つめた。


シリは深く息を吸い込み、頭を高らかにふりあげた。


青白い顔から星のような瞳から強い光が溢れだす。


澄んだ美しい声は震えもせず、途切れもせず、ホールのすみずみまで届いた。


シリが話し終わると、割れるような足踏み拍手、そして歓声が沸き起こった。


はにかみと嬉しさとで頬を染めながら、シリは隣に立つグユウを見つめた。


グユウは大きくうなづいた。


「行ってくる」

淡々とした口調だ。


「ご武運を」

力強く返答して、階段を降りるグユウの背中を見送る。


階段下ではオーエンを始め重臣達が待ち構えていた。


ホールからグユウが出るのをシリは黙って見送った。


ガランとしたホールとは裏腹に城外では、

血気盛んな兵達の雄叫びが聞こえてきた。


大きく息を吐き、シリは後ろを振りむいた。


ジムがいつものように穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。


「ジム、一緒に行きましょうか」


「ええ」


「シリ様、必ず帽子をかぶってください。8月の日差しは肌を傷めます」

エマが帽子を持って待機していた。


ジムと共に帽子をかぶったシリが弾むような足取りで、城外に飛び出した。


その様子をエマは心配そうに見送った。


争いの直前に、シリは北の領土の入り口前に仕掛けを数箇所作った。


自らが考えた武器、投石布や投石棒の成果も知りたがった。


『争いを安全な場所で見ても良いか』


シリのお願いはグユウは躊躇した。


もちろん、エマは危険な戦場に行くことを反対したかった。


グユウの返答を固唾を飲んで見守った。


グユウは、しばし黒い瞳を宙で彷徨った後、シリの願いを許可をした。


ただし、条件をつけた。


ジムが必ず同行すること

そして、指定の場所から動かないこと


提示された条件を嬉しそうに何度も首を縦に振るシリを見て、エマはため息をついた。


ーーこの優しい領主は、無謀なシリの願いを断らない。


「まったく・・・グユウ様は・・・」

エマはあきれたようにつぶやいたが、その後は何も言えなくなった。


気が強く、決めたことを曲げないシリを取り扱える男性はグユウしかいない。




ジムと共に玄関を飛び出したシリは、城を囲むミンスタ領の兵達の数と声に圧倒された。


多くの敵兵が手に武器を持ち、レーク城周辺を取り囲んでいる。


砂糖に群がるアリのようにも見える。


ーー自分達はいずれ、このアリ達に食いつかれ消えてしまう。


そんな恐れと予感が芽生えた。


思わず足を止めるシリに、ジムが心配そうに声をかけた。


「シリ様・・・城で待機をされますか」


「大丈夫です。行きましょう」

シリは震える声と足を隠すように気丈に返事をした。


「ここなら大丈夫です」

ジムが案内した場所でシリは待機した。


2人の眼下には北側の門前が広がっていた。


多くの敵兵が軍をなして北側の門前にむけて、

足を運んでいた。


迎える北側の領地には土塁の裏にワスト領の兵達が銃、弓、そして、投石布を持った少年兵達が待ち構えていた。


敵兵に比べて、その数はあまりにも少なく感じる。


「もうすぐよ・・・」

シリが緊張した顔でつぶやく。


ミンスタ領の兵が、声を上げて北側の領地に突進してきた。


あと少しで北側の領地に迫る。


その瞬間、多くの兵達は悲鳴をあげながら土埃をあげて穴の中に落ちた。


争い直前に、シリは罠を碁盤の目のように配置していた。


その一つが落とし穴だ。


「今よ!」

シリが声を出した瞬間、まるで聞こえたかのように

サムが声を上げた。


「撃て!」


落とし穴に落ちた敵兵達、そして、後ろに待機していた兵達にむけて、銃、弓矢、石が一斉に降ってきた。


少年兵達が投石棒を仕掛けて、逃げ惑うミンスタ領の兵たちに、続々と石が投下する。


「よし!」

シリが声をあげた。


争いの皮切りは優位に進んだ。


少年たちの投げた石が、確かに歴史の第一歩を刻んだ。


だが、それは長い戦いの、ほんの幕開けにすぎなかった。



「なんて有り様だ」

落とし穴、汚物、熱湯――。

シリが仕掛けた戦は狂気と知略に満ちていた。

だが、その夜、彼女は夫の腕に抱かれ、ただひとりの女に戻る。

罠を張ったのは彼女だった。けれど、堕ちたのは――二人の方だった。



明日の17時20分 「なんて有様だ」

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