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惚れた男は使者になれぬ


あくる日の午前中、ミンスタ領の兵が列をなしてワスト領内に侵入してきた。


「つい来たわ・・・」

馬場に佇んだシリは、湖から吹く風をなびかせながらつぶやいた。


レーク城の目の前にある丘は、ミンスタ領の兵で埋め尽くされている。


黒い渦の中に真っ白な馬が見え、

ゼンシが本陣に現れると、兵達の声は地鳴りとなってレーク城を揺るがした。



その日の昼下がりにキヨと弟エルがレーク城に訪れた。


「キヨ殿が面会を望んでいます」

ジムがシリとグユウに声をかける。


「わかりました」

シリは落ち着き払って答えた。


争い前にミンスタ領の使者として、キヨが面会に来ることを予想していた。


ミンスタ領に戻るようにシリを説得するのだろう。


「キヨ殿は・・・グユウ様との面会を希望しています」

ジムの顔には戸惑いを隠せない。


「オレにか」

グユウは意外そうな顔で首を傾げる。


ーー今までのキヨが求めていた面会相手はシリだった。


それがグユウになるのは不思議だ。


すぐさま、シリはキヨの考えが透けて見えた。


「私の説得を諦めて、グユウさんにしたのだわ」


ーーキヨは口が上手い。


さらに人の心を掴むのが上手なので、外交として重宝されていた。


キヨは、シリと姫達の命についてグユウに切々と訴えるだろう。


グユウは優しい。


キヨの申し出を受け入れるかもしれない。


それはシリが望まない未来だ。

キヨとグユウを2人きりにしないほうが良い。


「グユウさん、私も面会に同席します」

シリが語気を荒げて宣言した。


望まれていないのに妃が面会に同席する。


この時代、ありえないことだった。


女性は政治のことに口を挟まず、黙って男の指示に従うことが良しとされていたからだ。


「良いだろう」

グユウはよくある事のようにさらりと許可をした。


これも通常なら、ありえないことだった。



◇◇


レーク城に入城したエルは、思わずキョロキョロと周囲を見渡した。


城内を見るだけで、そこの領の豊かさがわかる。


レーク城の床がギシギシ鳴り、廊下は隙間風が入る。


ーーよく手入れをされているが古い城だ。


こんな城では、冬はさぞかし寒いだろう。


領民出身のエルは、城といえばゼンシが収めるシュドリー城しか見たことがない。


石造りの豪華なシュドリー城に比べて、

古い木造のレーク城は、どうしても見劣りしてしまう。


シュドリー城で育ったシリが、嫁ぐのに相応しい城とは思えなかった。


そのワスト領に嫁いで5年、両家で争いが始まってもシリはこのレーク城を離れようとしない。


今日は兄 キヨと共にグユウを説得して、シリをミンスタ領に帰らせるために入城した。


3年前から何度もキヨは面会をし、シリにミンスタ領に戻ることを説得している。


けれど、シリが頑なにレーク城に残ると言い張るので、

ゼンシはエルにキヨに同行をするように命じだ。


キヨの説得に不備がないか確認をするためだった。


案内された客間は質素な部屋だった。


扉が開く音がして、慌てて頭を下げる。


「顔を上げてくれ」

随分と高いところから低く若い声が降ってくる。


エルが顔を上げるとグユウが立っていた。


ワスト領の領主を見るのは初めてだった。


ーーなんて背が高いのだろう。


思わずポカンとしてしまった。


エルはこんなに背が高い人を見たことがなかった。


細身ではあるが肩幅があり、筋肉質でバランスのとれた身体だった。


エルは、無意識のうちに自分の見てきた普通の領主を期待していた。


筋肉質で堅太りの体型、髭が生えていて、豪快で陽気。


それとは似ても似つかぬ領主 グユウだった。


ーー年齢は20代後半だろうか。


若い領主だ。


身のこなしが美しく洗練されている。


黒い切れ長の瞳に鼻筋が通り、薄い唇をしていた。


その瞳は夜の湖のように黒かった。


しかし、その瞳は覗いてみても感情が見えない。


凪いだ瞳に無表情・・・何を考えているのは見当もつかない。


「グユウ様 お久しぶりでございます」

キヨが顔を上げた後に目を見開いた。


シリが部屋に入ったからだ。


「シ・・・シリ様!」

キヨの声が露骨に弾む。


その表情は嬉しさを抑えきれずダダ漏れだ。


シリが部屋に入った瞬間、部屋の中がパッと明るくなった気がした。


ーー兄 キヨが表情を崩すのも仕方がない。


確かに美しい。


エルはシリを見たのは初めてだった。


随分と背が高い女性だ。


絹糸のように艶のある金髪は背中に流している。


質素なクリーム色の服に血のような赤い帯をしていた。


美しい顔をしているが、その表情は険しい。


顎を少し上げ、唇は強情そうに締まっており、

青く美しいその眼光は鋭利なナイフを連想させた。


その表情、仕草、非凡なオーラはゼンシそっくりだった。


シリはエルをチラッと一瞥をしたので、エルは思わず身を縮めた。


その瞳で睨まれると、自分は虫ケラのように感じてしまう。


「キヨ、要件はなんですか」

挨拶もせずにシリは単刀直入に質問をする。


顔に負けず、その声も刺々しかった。


エルの目から見ても、キヨに対するシリの態度はひどいものだった。


態度だけではなく、表情からも、眼差しからも、毛穴の一つ一つまで

キヨを軽蔑していることが見てとれた。


こんな冷たい態度なのに、キヨは話しかけられたことが嬉しそうだった。


「グユウ様とお話をしに参上しました」

上目遣いでシリを見つめる。


その薄い茶色の瞳でシリを舐めるように見つめている。


「私も一緒にその話を聞きます」

顎を上げたままシリは肘掛け椅子に座った。


「グユウ様と男同士、腹を割ってお話ししようと」

キヨは動揺した。


ーーこんなに慌てるなんて、いつものキヨらしくない。


シリが目の前にいると舞い上がってしまうのか。


エルはため息が漏れるのを抑えるため上を見上げた。


「私が同席する事が不満ですか」

シリの眉毛が片方上がった。


「とんでもございません!!ただ・・・女性には少し難しい話だと思います」

キヨは慌てて言った。


ーーこれは言ってはいけないセリフだ。


シリの硬い表情を見てエルは直感した。


普通の女性なら納得できる言葉がシリには通用しない。


シリの怒りは目に見えて膨れ上がり、何か辛辣な言葉が唇から出そうな瞬間、グユウが声をかけた。


「シリ」

伝えた言葉はそれだけだった。


その声は、先ほどより甘く感情がのっている。


グユウがシリの手を握り、身を乗り出してジッとシリを見つめた。


エルの位置からはグユウの表情は見えないが、シリの表情が一変したことがわかった。


瞳から怒りが消え、頬は赤くなり乙女のような表情になった。


目に見えて怒りが萎んでいくのがわかった。


その一瞬、誰の声も届かない世界に、ふたりだけの静かな対話があったように思えた。


「キヨ殿、話を聞かせてくれないか。・・・シリも一緒に」

グユウは淡々と場を上手く納めた。


シリは乱れた髪を耳にかけながら、話を聞こうとする姿勢をした。


ーー上手だ・・・


エルはそう思った。


上手だと思ったのは会話ではない。


キヨが一方的に話をし、グユウは置物のように座り話を聞いている。


シリが苛立って何かを言おうとすると、

グユウはシリを見つめて、怒気と毒気を抜いていく。


ーーグユウはシリの取り扱いが上手だ。


シリとグユウは気づいていないだろうし、キヨは気づきたくもないだろうが・・・


この2人はお互いに向ける目つきに愛情が溢れていることがわかる。


領主は政略結婚が多い。


表面上、仲良く振る舞っていても、

実際は冷え切った夫婦関係は多い。


少なくとも、この2人は本当に仲が良い。


エルは確信をした。


面会は失敗に終わった。


本来ならば、シリが不在の間にグユウを説得し、

シリをミンスタ領に戻すつもりだった。


そのシリが面会の場にいるものだから話は進まない。


「ミンスタ領に戻るつもりはありません」

シリはキッパリと言い放ち、話は終わった。


キヨとエルは肩を落としながらレーク城を後にした。


城に戻る道中、エルは思わずつぶやいた。


「兄者。どうしてシリ様を怒らす発言ばかりするのですか」


その声は、どうしても責めるような口ぶりになってしまう。


「そうじゃのう・・・ワシも自分でも不思議なんだ。シリ様を目の前にすると舞い上がってしまう」

キヨは落ち込んだ声で話す。


「とにかく、次回から私も同行します」


兄者の視線が、まるで少年のように彼女を追っているのが分かった。


ーー使者というより、ただの“惚れた男”だ。


交渉が上手くいかないのは、隠しきれないキヨの想いもある。


「わかった」

キヨは言葉少なく返答した。


「グユウ様と2人きりで話す機会があれば話が進む気がします。シリ様は・・・無理だ。気が強い」

エルはため息をつきながら話した。


ーーいくら見た目が良くても、あの気の強さはお手上げだ。


あんな妃を扱えるグユウを尊敬する。


「面白いじゃないか。気が強くて強情な女ほど良いものはない」

キヨがうっとりとした顔で話す。


ギョッとした顔で口を開けたエルにキヨは告げた。


「難しい女ほど手に入れた方が面白い。争いと同じだ」

痩せた顔に不釣り合いな大きな目が輝く。


「そうですか・・・私は従順な女性が好きです」

エルは呆れた声で話した。


「ワシは諦めないぞ。いつか・・・この手でシリ様を・・・」

キヨは決意に満ちた瞳でレーク城を見つめた。



次回ーー


「明日から、レーク城を攻める」


シリを“アレ”と呼ぶその声は冷たく、どこか哀しげだった。

一方その夜、レーク城では、シリとグユウが最後の夜を過ごしていた。


「朝が来なければいいのに」

シリの囁きに、グユウはただ彼女を抱き寄せた。


戦の夜明けが、すぐそこまで迫っていた。


明日の17時20分 朝が来なければ良いのに

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