表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/227

人はいつか死ぬ。どうせ死ぬのなら納得して死にたいの

寝ている瞼の上から明るい光を感じる。


右手で顔を払いながら瞼を開けると、切れ長の黒い瞳が見える。


慌てて目を見開くと、グユウがジッとシリの顔を見つめていた。


「おはようございます」

シリはドキマキしながら挨拶をした。


結婚して5年が経つ。


目覚めて、グユウがいる生活は慣れていない。


いつも、グユウの方が早起きだった。

シリが目覚める前に鍛錬に行っており、ベットはグユウがいたであろう温もりがあるだけだった。


暑い日も、寒い日も、初夜の後も、争いがある時も、幼い頃からの習慣である鍛錬を欠かすことはなかった。


そのグユウがベットの中で、シリの顔を見つめていた。


ーー寝ている時に変な顔をしていたかもしれない。


昨夜、あのまま寝てしまったから洋服はベッドの下だ。


カーテン越しに太陽の光が部屋が明るいので、

自分の身体を見られることに抵抗を感じる。


「あの・・・鍛錬に行かないのですか?」

グユウの視線が耐えられなくなり、シリは自分の身体を布団に巻きつけた。


「早朝の鍛錬はやめる」

グユウが答えた。


「どうして?」

グユウは鍛錬を大事にしていた。


「鍛錬より・・・大事なことがある」

グユウはシリを抱き寄せた。


シリのひんやりした身体にグユウの熱がうつる。


「それは・・・」


ーー鍛錬よりも自分との時間を優先してくれている。


嬉しい事だけど、それと同時に寂しくもなる。


ーーグユウさん・・・あなたはもう、すべてを悟っているのね。


そう思うたび、胸の奥が締めつけられるようだった


グユウが終わりの時が迫っている事を認識している証拠だ。


「昼過ぎに鍛錬の時間を作れば・・・少年兵も参加できるだろう」

グユウがシリの背中を撫でながら話した。


うなずくシリの顔にグユウの影が落ちる。


「ちゅ」と言う音が寝室に響いた。


グユウの手つきが変わった。


「グユウさん!」

シリは慌てて顔を晒して逃げようとしてと、角度を変えてくちづけていく。


慌てて目を開くと、相も変わらず涼しい顔のグユウが見えた。


少しだけ離れたグユウの口元を、シリは左手で押さえることに成功した。


「もう、そろそろエマが来ますから」

シリは息絶え絶えに伝えた。


「・・・そうか」


「そうです。朝からなんて身体が持ちません」

シリが顔を赤らめて伝える。


「そんなに、期待させてしまったか?」

グユウは淡々とした声で返事をする。


「違います!!」

シリは真っ赤な顔で怒り出した。


グユウの目元が少しだけ緩んだ。


国王が滅んだとしても、今、この瞬間は平和で穏やかだ。


扉の向こうからシリの笑い声が聞こえて、エマはホッと胸を撫で下ろした。


ドアをノックして、挨拶をしながら入室すると、

シリとグユウは寝室の窓から外の景色を見ていた。


窓の外では何か白いふわふわしたものがそよいでおり、その間から青空がのぞいていた。


「エマ、おはよう」

シリはふりかえって微笑み、グユウはうなづいた。


「今朝は晴れていて嬉しいわ。元気になれる」

シリは夢見るように話す。


「お腹が空いたわ」


レーク城は通常通りに1日が始まった。



午前中に数通手紙が届き、徐々に戦況が明らかになった。


グユウは緊急の重臣会議をすることにした。


「国王が敗れた」

グユウが淡々とした声で重臣たちに話す。


事前に噂で耳に入っていた情報だけど、実際に聞くと落ち込む。


重臣達の空気は重く沈んだ。


「国王は・・・?」

オーエンが質問をした。


「命はある。王都ミヤビから追放された」

グユウが答えた。


「さすがのゼンシも王を殺さなかったのか」

オーエンがつぶやく。


「その代わり、王子をミンスタ領に人質に出したようです。いずれにせよ国王の時代は終わりました。

国政はミンスタ領の手に委ねられるのでしょう」

ジムが落ち着いた声で話す。


「納得できないわ」

客間にシリの声が響いた。


皆がシリに視線が集まる。


シリの瞳は怒りで青く燃えているように見えた。


「兄は人でなしだわ。数えきれない人を殺め、多くの領民の家を燃やした。

兄のせいで多くの人が人生を狂わされた」

シリは激しい怒りを空気のように、その全身から発散させた。


「そんな酷い人が国王の代わりになるなんて・・・納得できない」


シリの話に他の重臣達が一斉にうなづいた。


「あと半月もしないうちにミンスタ領は、ワスト領に攻めに来るだろう」

グユウが淡々と話した。


「兄と戦うことが定められた運命ならば・・・粛々と受け入れるわ」

シリは静かに話した。


シリの発言に、カツイは思わず椅子から立ち上がった。


「シリ様は・・・帰らないのですか・・・。その・・・ミンスタ領に」

カツイが恐る恐る質問をした。


カツイの質問にロイ、チャーリー、サムが

『よく聞いた』と言わんばかりの目線を送った。


ジムとオーエンは黙ってシリを見つめていた。


マサキは面白くなさそうに、椅子にふんぞり返っている。


ふんぞり返っているのは、いつもの事だが、今日はいつもより大きく腰を反らしていた。


カツイは前から思っていた。


ーー生家に戻らず、最後までレーク城に残るのではないか。


そんな予感を薄々感じながら、今まで怖くて聞けなかった。


「帰りませんよ」

例の深く強い眼差しでシリは微笑んだ。


シリの決意表明に重臣達は息をのんだ。


「シリ様・・・戻れるはずです」

サムが言いにくそうに話した。


「多くの妃は生家に戻っています」

チャーリーが言い、ロイがうなずいた。


「他の妃はそうかもしれませんが、進む道は自分で決めます」

シリの顔色は白かったけれど、瞳は力強いままだった。


ジムが何か言おうとして、口を開き、そして閉ざした。


シリの覚悟を決めた表情を見ると、何を言っても無駄な気がしたのだ。


「人はいつか死ぬ。どうせ死ぬのなら納得して死にたいの。これは私の希望です」

シリは家臣達を見つめた後に話した。


ーーその眼差しで見つめられると、何も言えなくなってしまう。


「グユウさん、争い前に土塁の手直しをしたいの」

シリがお願いする。


「良いだろう。任せる」

グユウはシリに何も聞かずに許可をした。


争いまで時間がないこともあるが、シリなら大丈夫という安心感があった。


「やりましょう。最後まで戦いましょう」

青ざめた顔を急に紅潮させてシリが叫んだ。


シリの強い力は麻薬のように人の心を惹きつけた。


重臣達は戸惑いながらもうなずいた。


ーー自分がどんな未来を描き、どんな未来を実現するのか。


それを最終的に決めるものは「覚悟」と「決意」だ。


シリは自分の未来を決めた。


その覚悟と決意を、まずは――幼い頃からそばにいた乳母・エマに、伝えなければならない




次回


「ミンスタ領には戻りません。グユウさんと共に殉じます」


静かな声に、エマは息を呑んだ。

止めたいのに、シリの瞳は揺るがない。


「私が死んだら、この手紙を兄に渡して」

震える手で受け取るしかなかった。


午後、砦で兵を指揮するシリは、光に包まれて美しかった。

――あの背を、二度と見られないかもしれない。



続きが気になった方はブックマークをお願いします。

明日の17時20分 よく生きてよく死ぬつもりです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ