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覚悟の夜ーーずっと一緒です

あくる日、シリはいつもより早く目が覚めた。


相変わらず、隣にグユウはいない。


いつものように鍛錬に行っているのだろう。


シリは身体を起こした。


朝起きるたびに、今日はどんな事があるのだろうか、

突然の不安に胸を差し抜かれるような気分になる。


ーー国王とミンスタ領の争いの結果がどうなのか。


考えても仕方がない事だけど、1人になると考えずにいられない。


このまま寝室にこもっていたら、悪い方向に気持ちが流されてしまう。


急いで身支度をした後に、ホールを抜けて玄関にたどり着く。

城内は朝食の準備で慌ただしく、美味しそうな匂いが漂っていた。


奇跡的に誰にも見つかっていない。


そっと玄関を開けて、馬場にむけて足を運ぼうとしていた。

玄関を横切ると、香り高い薔薇の香りに足をとめた。


玄関の西側の一帯は、遅咲きの薔薇で真っ赤に染まっている。


秋の終わりに咲いた赤い薔薇は、

まるで儚さの中で最後まで燃え上がろうとする情熱のようだった。


レーク城の玄関前は土塁と堀で掘り返されていたけれど、

庭師がこの薔薇だけは抜かないように守っていた。


薔薇に吸い寄せられる蜜蜂のように顔を近づける。


「どうした」

馴染みがある声が聞こえ、振り返るとグユウが佇んでいた。


鍛錬が終わった後なのだろう。


涼しげな目をしているが、息が弾み、頬がほのかに赤く染まっていた。


「エマはいないのか」

グユウは周りを見渡す。


ーー城の近くとはいえ、1人で外出は危険だ。


シリは居心地悪そうに無言でうなずいた。


グユウと瞳を交わすと、

口には出さないけれど、お互いが不安に思っていることがわかった。


親しみ深い、花がぎっしり群がっている小さな小道を2人は無言のままそぞろ歩いた。


「赤い薔薇は・・・勝利を得た愛と言われている」

グユウは燃えるような半開の蕾を摘みながら話した。


グユウがつぶやいたその花言葉が、今朝を照らしているように感じられた。


不安で揺れているシリの瞳を見つめ、赤い薔薇を輝く髪に飾った。


「戻ろう。エマが心配する」

グユウは声をかけ、手を差し伸べた。


2人は薔薇の香りを纏ったまま、ゆっくりと城へ戻った。

さっきまでの静けさが夢だったかのように、扉を開けた瞬間、現実の空気がぶつかってくる。


髪を振り乱したエマが、ほとんど飛びつくように駆け寄った。


「1人で外出しないでください!!」


「エマ、ごめんね。お腹が空いたわ」

シリが朗らかに話し、食堂に足を運ぶ。


その間、エマの小言はずっと続いていた。


午後になっても手紙は届かなかった。


ーー今日も1日生き延びれそう。


朝からの胸騒ぎは心配のしすぎだったのだ。


シリは朗らかになって良いような気がした。


髪から香る薔薇の香りに包まれて鼻の先で器用に歌った。


けれど、そのささやかな平穏は、夕暮れとともに破られる。


その日の夕方、グユウが血の気のない、余裕のない顔でシリのところへ来た。


「どうしたのですか」

シリは慌てて椅子から立ち上がった。


「席を外してもらえないか」

グユウはエマと他の侍女たちに静かに声をかけた。


緊張した顔でエマが退室をしたのを見届けると、

グユウはシリの上に屈み、シリの瞳をジッと見た。


「国王が敗れた」

グユウがつぶやいた。


「えっ」

驚きのあまりシリは声が出なくなった。


シリは呆然となってグユウの腕に崩れこんだ。


ーー国王の敗北。


それはワスト領の終わりを告げるようなものだった。


今まで争いをするたびに他の領が助けてくれた。


その領のほとんどは降伏するか滅んでいた。


残ったのは、ワスト領とシズル領だけだ。


国王を滅ぼすほどの勢力を持ったミンスタ領に、ワスト領が敵うはずもない。


「シリ・・・」

グユウは胸の中で震えるシリの身体を抱きしめた。


「グユウさん」

シリは息をのんだ。


頭ではわかっていたこと。


けれど、実際にその瞬間が来ると、身体が震えるほど怖かった。


グユウの腕の中で、シリは初めて――本当に、戦が始まるのだと実感した。


近いうちにゼンシは攻めてくるだろう。


ーー争うしかないのだ。

 

グユウは領主としての務めを果たさねばならない。


それは・・・争いを終わらせること。


シリが大好きな優しくて、不器用で口下手なグユウが死んでしまう。


それは自分が死ぬことよりも辛いことだった。


グユウの腕の中でシリは事実を受け入れた。


シリは、この事が遅かれ早かれ訪れることがわかっていたのだった。



日当たりが良い原の上を逃れることもできない速さで近づいてくる雲の影のように。


刻一刻とシリに迫っており、覚悟をしていたつもりだった。


そのために準備をしていたけれど、いざその時が来たら怖くなってしまう。


「グユウさん、今だけは・・・」

明日からは強い妃に戻るから。


シリはそうつぶやき、グユウの胸に顔をもたれた。



その日の夜、領主夫婦は食堂に降りてこなかった。


国王が敗北したニュースは、静かに城内に広まってきた。


ジムは遠くを見つめ、エマは唇を噛み締めたまま椅子に座った。



「シリ・・・気持ちは変わらないか?」

夜が更けた寝室でグユウは尋ねた。


「・・・こんな時に変な質問をするのですね」

グユウの下で、シリは吐息を漏らしながら答える。


ーーこんな時だから質問した。


いつもと違う状況なら、違う返答が返ってくるかもしれない。


グユウは、それをほのかに期待していた。


「辛いのなら・・・」


「やめません」

シリはグユウの首にすがりつく。


「シリ」

言葉を探すように一瞬視線を揺らしながら、グユウはシリを見つめた


「いや、です」

これほど、熱に浮かされたように身をゆだねても、シリの覚悟は微塵も揺らがなかった。


その勝気が愛おしいところで憎らしさもある。


嫁ぎ先と生家で争いが起これば、離婚するのが世の常識だった。

シリはそのルールを破り、今だにワスト領にいる。

3年もの間に、子供をもう1人授かった。


敗れるとわかっていても、レーク城に残り続けたシリ。


「オレは・・・シリを死なせたくない」


グユウはシリの肩に顔を埋め、シリの甘い香りを肺いっぱいに吸い込んだ。


このままシリを味わい尽くしたい欲を抑え込んだ。


動きが止まったグユウに、シリは恐る恐るグユウの髪を撫でる。


そのたどたどしい仕草が何より愛おしいと感じてしまう。


「グユウさんのそばにいます」

シリが微笑むと、グユウはその視線を逸らすように、目を伏せた。


「シリ・・・」


グユウの辛そうな顔を見ると、シリは胸が疼く。


ーー自分の選択がグユウを苦しめている。


グユウは優しい人だから、シリが死を前提としたことを選ぶのは悲しむはずなのに。


だけど、優しい人だからシリの選択を止めないことも分かっていた。


そんなグユウがシリは好きだった。


「グユウさん・・・」

シリは甘い吐息を漏らしながら、甘えるようにグユウの胸に顔を埋めた。


「ん・・・続きを」

スリスリと胸に顔を押しつけられた。


グユウがシリの唇に口付けると熱い吐息が漏れた。


しばらくすると、糸が切れるようにシリがぐったりと脱力した。

抱き寄せた身体は熱く、ぼんやりとした瞳を覗き込むとシリは朦朧とした様子だった。


唇が微かに動いた。


「ずっと一緒です」


グユウは、シリの前髪を梳きながら開いた額に唇を落とした。


ブックマークをしてくれた人がいます。

ありがとうございます。とても、とても励みになります。


次回ーー


「鍛錬より……大事なことがある」

そう囁くグユウの言葉に、シリは悟った。


彼が、自らの“終わり”を理解していることを。


そして昼下がり、国王敗北の報せが届く。

兄ゼンシとの対決を避けられぬ運命を前に、

シリは静かに、そして力強く宣言した。


「人はいつか死ぬ。どうせ死ぬのなら、納得して死にたい」


戦の足音が近づく中、

シリは最後の「覚悟」を、乳母エマに告げる。


明日の17時20分 定められた運命ならば粛々と受け入れましょう

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