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この子の瞳に、あなたを見た


「おめでとうございます」

その日の夕方、エマはシリに声をかけた。


「・・・エマ」

苦痛と痛みの洗礼を受け、青白い顔をしたシリは真っ先に聞きたいことがあった。


産室の奥では元気に泣く赤ん坊の声が聞こえた。


「女の子です」

エマはシリの疑問に答えた。


シリは安堵の表情を浮かべた。


「良かったわ・・・」


シリは女の子を願っていた。


この戦況では、産まれた子供は男の子なら殺される可能性が高い。


「元気な赤ん坊です」

エマは今にも泣き出す勢いで顔を歪めた。


「今回は痛かった・・・」

シリが力なくつぶやいた。


「お産の進みが早かったですから・・・痛みが強かったのでしょう。

グユウ様をお呼びしますか?」


シリは黙ってうなずいた。


不安げな顔をしたグユウは、産室の近くにある廊下の辺りを彷徨っていた。


ーー産声は聞こえている。


産まれたのには違いない。


けれど、出産の時に苦しげな声と叫び声が廊下に響いていた。


シリは無事なのだろうか。


領主と言えども、許可なく産室には入れない。


「おめでとうございます。元気な女の子です」

産室から出てきたエマが駆け寄り声をかけた。


「エマ、産室に入っても大丈夫か」


「とてもお疲れです。手短にしてください」

エマの発言にうなずいて、グユウは足早に産室にむかった。


「シリ よく頑張ったな」

グユウが優しく声をかけた。


「女の子でした」

シリがつぶやくと、グユウは嬉しそうに目を細めた。


湯で洗われ、乳母の乳を飲んだ赤ん坊が2人の元にやってきた。


「抱かせてくれ」

グユウは看護師から赤ん坊を受け取った。


シリの枕元に赤ん坊の顔を近づける。


インクのような真っ黒の髪の毛が頭に張り付いていた。


「黒い髪!」

シリの声に力が灯る。


「あぁ。口元はシリに似ている気がする」

柔らかい口調でグユウが話す。


糸のような目が開いた。


シリが息をひゅっと呑んだ。


赤ん坊の瞳は、闇夜のような深く美しい黒い瞳だった。


「グユウさんの瞳と同じ色・・・」

シリの瞳は嬉しさのあまり涙で覆われた。


2人の顔を赤ん坊はじっと見つめていた。


「こんな可愛い子を私は・・・」


ーー流そうとしていた。


シリの声は涙で震えていた。


グユウは赤ん坊をエマに手渡し、シリを抱き寄せた。


「シリ、可愛い子だ」

グユウの顔は微笑んでいた。


腕の力を強めて、グユウは耳元でささやいた。


「ありがとう」


グユウの腕に抱かれながら、シリは何度もうなづいた。





あくる日の午後、産室の窓から日光が大波のようにそそいでいた。

3人の子供達は緊張と喜びを抑えきれぬまま、母子に会いにいった。


「こちらへ」

エマが言い、籠の中にいる赤ん坊を導き入れた。


物心がついた子供たちにとって、初めて見る赤ん坊だった。


「可愛い」

群青色の瞳を揺らしたウイがため息をついた。


頭全体を湿った絹のような黒い髪でおおわれ、小さな可愛い手をしたまるまる肥えた赤ん坊だった。


「器量よしでしょう?」

エマは得意そうに言った。


「このまつ毛をごらんなさい。赤ん坊でこんな長いまつ毛をしているのは見たことがありません」


金色の髪の毛を揺らしたユウはためらった。


「可愛いわ。可愛いけれど・・・エマ、少し小さくないの?」


エマは笑った。


「三キロもあるんですよ。小さくありません」


シンもユウと同じことを考えていたようで、ホッと安心した吐息をついた。


「この子の口元はシリそっくりだ」

グユウは満足そうに言った。


「シリに似て美しい子になるだろう」


「そして、グユウさんそっくりな黒い瞳と黒い髪よ!」

シリは喜びにあふれて言った。


「男の子が良かったけれど・・・この子が一番可愛い」

シンが恐る恐る赤ん坊の頭を撫でた。


「シン・・・あなたと同じ瞳をしているのよ」

シリは嬉しそうに伝えた。


赤ん坊がこの世に生まれて1日しか経ってないけれど、すでに自慢の子になった。


「この子はなんて名前にするの?」

ウイが無邪気に両親に質問をした。


ウイの質問にグユウは戸惑った顔をした。


昨夜から何度も考えていたけれど、相応しい名前が浮かばなかったのだ。


「父上、レークって名前はどう?」

シンは瞳を輝かせながら質問をした。


「レーク?」

シリが苦笑いをした。


ーーお城と同じ名前だ。


「2人で考えたのよ」

ユウが真面目な顔をして話した。


グユウはしばらく黙った後に、ゆっくりと口を開いた。


「この子の名前はレイにしよう」

まばゆい光を浴びながら、グユウは話した。


「レイ?」

シリの瞳が丸くなる。


光線という名前に少し戸惑った。


「あぁ。レーク城から一文字もらった」

ユウとシリの頭を、愛おしげに軽く撫でながら話す。


グユウは赤ん坊を見つめながら、少しだけ目を伏せた。


「・・・レーク城には、今も火が灯っている。

だが、その灯は・・・この戦が続けば、やがて消えてしまうかもしれない」


シリも静かにまぶたを閉じた。


「それでも、この子には・・・」


グユウはゆっくりと言葉を継いだ。


「争いの夜が明けぬなら、この子が光になるように―― 光輝く道を歩んでほしい」


春の陽光に照らされた赤ん坊の顔を見つめた。


レイが成長するまで、グユウは生きていられるか。

それは確率が低い出来事であった。


父親として想いを込めた名前をつけたい。

そんな気持ちがあった。


「良い名前です」

シリが微笑む。


「私の名前と似ている!」

ウイが嬉しそうに笑った。


「私の名前だけちょっと違う気がする・・・母上、私の名前ってどうして“ユウ”なの?」

ユウが不満そうに唇をとがらせた。


シリは微笑んで、ユウの髪をそっと撫でた。


「グユウさんから取ったのよ。あなたが生まれたとき、グユウさんがとても喜んで・・・ね」


ユウの表情は少しだけ緩んだ。


「・・・それなら、仕方がないわ」


その言葉にシリとグユウは、目を合わせて微笑んだ。


「お茶の支度を侍女に頼んできます」

エマが出ていき、ドアを閉めると、シンが質問をした。


「母上、うちは良い家族だと思うな。母上もそう思わない?」


「そうね。私も同じことを思っているわ」

シリは赤ん坊のそばのベットに横たわりながら幸福を覚えた。


こうして、シリは4人の母になった。


グユウと同じ瞳を持つ義理の息子、シンは無条件で可愛かった。


子を産むたびに、シリは様々な想いを経験した。


最初の子供は深い悲しみと愛を、

2人目の子供は喜びに震え、

3人目の子供は感謝の涙に包まれた。


国王が敗れ、戦況は不利に傾いていた。


シリは、グユウと子供達の笑顔を見つめた。


ーー先のことはわからない。


この幸せが長く続くとは限らない。


そんなことはわかっている。


だからこそ・・・


この幸せな瞬間はいつまでも記憶に留めておきたい。



すみません。アップの時間を間違えました。

長い第3章が終わりました。3章だけで90話!

お付き合いありがとうございます。


次回


出産から一ヶ月。

春の光が差すレーク城に、再び穏やかな日々が戻っていた。


「りんごの花を見に行きたいです」――

シリの願いを聞いたグユウは、迷わずうなずいた。


満開の白い花の下、二人はそっと見つめ合う。

この春が最後になるかもしれないと知りながら、

ただ静かに、互いの温もりを確かめ合っていた。


明日から最終章です。17時20分 最後のりんごの花

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