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お腹の子は女の子がいい――その理由は

「城の入り口に、新たな堀を掘りましょう」


シリの提案に、客間の空気が一瞬止まった。


レーク城周辺は、早くも雪に閉ざされ始めていた。


例年のこととはいえ、冬になると街道は雪に埋もれ、外との連絡が断たれる。


ミンスタ領の動きも、周辺の異変も、まるで闇の中に消える。


シリの中には、ざわつく予感があった。

春を待たずして、大きな争いが押し寄せてくる。そんな気がしてならなかった。


「玄関前に堀を掘る・・・その意図は?」

グユウが静かに問いかけた。


「門が破られ、敵兵が城内へ侵入してきた時に備えます」

シリはすぐに答えた。


「この城は堅牢だ。あのゼンシですら攻めあぐねた」

義父・マサキが口を挟む。


確かに、険しい山上に建つレーク城は、そう簡単に攻め落とせるものではない。


「でも、あの兄です。次は何かを仕掛けてくるはずです」

シリはきっぱりと答えた。


「争いに“絶対”はありません。慢心せず、次の一手を準備すべきです」


マサキは言葉に詰まった。


シリは広げた羊皮紙の図面を示す。


「玄関前と、義父上の館の前の土地を掘ります」


「・・・土地を掘る?」

図面をのぞきこんだオーエンがつぶやく。


「掘って高低差を作ることで、攻め寄せてくる敵の動きを遮断します」


「まるで、城の周囲を囲むように・・・」

サムが顎に手を当てる。


「はい。堀と土塁を組み合わせて、包囲されにくい構造を作ります。

さらに、横の連携を乱すことが目的です」

シリはサムの瞳をじっと見つめて言った。


サムは論理的で冷静な重臣だ。


彼を納得させれば、提案は実行に近づく。


「土塁の傾斜角は45度が限度です。それ以上急だと雨で崩れやすく、

逆に角度が緩いと敵兵が登りやすくなります」


「・・・そんな話、どこで知った」

マサキが眉をひそめた。


出陣経験のない女の口から、戦術が語られるのは面白くない。


「義父上から借りた兵学の本に書いてありました」

シリはにこやかに微笑んだ。


マサキはバツが悪そうに口をつぐむ。


読んだ覚えはあるが、内容はまったく覚えていなかった。


「一部、傾斜をあえて緩やかにする場所も設けます」

シリは図面にいくつかの印をつけた。


「・・・そこから登られたら元も子もないのでは」

カツイが遠慮がちに言った。


「ええ、だからこそ。そこに弓兵や銃兵を配置して、

登ってきた敵を狙い撃ちにします」

シリの瞳がきらりと光った。


「なるほど、誘い込む罠か」

チャーリーが膝を叩いた。


「作業は難しくありません。道具と人手さえあれば」

シリはグユウの顔をそっと見た。


冬の間は雪に阻まれ、工事は不可能。


資金も、時間も、十分とは言えない。


それでも、できることを一つずつ積み上げていくしかない。


「オレは良いと思う」

グユウが静かに言った。


「皆さんは、どう思われますか?」

ジムが重臣たちに視線を向けた。


うなずきが広がる。


「3月になったら除雪を始めて、作業に取りかかろう」

グユウが決めた。


「その時に出た石は・・・」

シリが口を挟む。


「わかってる。全部、武器として保存だろ?」

グユウが静かに話す。


「はい」

シリも思わず、笑みをこぼした。


「冬の間は、武器製造と戦費の捻出、それに少年兵の鍛錬ですね」

ジムが落ち着いた声で続ける。


「・・・春になったら、忙しくなるぞ」

グユウが全体をまとめた。




「弟が欲しい!」

シンの元気な声が、レーク城の子供部屋に響いた。


冬の間は領務も落ち着き、シリとグユウは夕方になるとよく子供部屋を訪れる。


窓の外では、大きな羽毛のような雪が静かに降り続いていた。

その寒さを忘れるように、暖炉は赤々と燃えている。


グユウの膝にはウイ。

ソファに座る夫婦のまわりに、子供たちがまとわりついている。


シリのお腹は以前より大きく膨らんでいた。

出産も、そう遠くない。


「一緒に剣技の稽古がしたいんです!」

シンは黒い瞳を輝かせながら、鳶色の髪を揺らして訴えた。


「私は妹がいい」

ユウが顎を少し上げ、勝ち気な声で言い返す。


「ウイがいるじゃないか! 僕には弟がいないんだぞ!」

シンは唇を尖らせる。


年下のユウには、いつも言い負かされている。

今日こそはとばかりに反論するが、この話題だけは譲れない。


「ウイだけじゃ物足りないの」

有無を言わせない迫力で、ユウが断言する。


そのウイは、グユウの腕の中でニコニコと笑っていた。


ーー可愛い子たち。


シリはその光景を、静かに見つめていた。


彼女が今、心から願っているのは——女の子だった。


かつては、後継となる男子を望んだ。


しかし、戦の影が忍び寄る今となっては、男の子を産むことは、命の危険と隣り合わせだった。


セン家の血を継ぐ男子は、敵にとって脅威となる。


ゼンシなら——男でも女でも、容赦なく手を下すだろう。


それでも、少しでも生き延びる可能性のある方を選びたかった。


「父上は、どっちがいいですか?」

シンが無邪気に尋ねる。


「どちらでもいい。元気ならそれで十分だ」

グユウはさらりと答えた。


「シリの子なら、きっと可愛い」


その一言に、シリの頬がほんのり染まった。

部屋の端では、乳母たちが小さくざわめいている。


「母上!男の子をお願いします!」

シンが笑顔で腕を広げてきた。


シリはその小さな体を、ぎゅっと抱きしめた。


——この子たちを、生かしたい。


目の前の温かな日々の向こうに、確実に迫る暗い影。


それでも今は、できる限り、この笑顔を守り抜きたい。


その想いが、シリの胸に静かに燃えていた。


次回ーー

深い雪に包まれた、幸福な冬。

穏やかな日々の中、シリの腹の子は静かに育っていた。


だが――春が来た。

雪解けの知らせとともに届いたのは、国王敗北の報。


その瞬間、静かな痛みが、シリの身体を突き上げた。

戦の始まりと、新しい命の誕生。


明日の17時20分 春が来てしまった 敗北と痛み


◇ 登場人物


シリ:ワスト領の妃。知略と覚悟を兼ね備えた女性。迫る戦に備え、城の防衛策を自ら提案する。


グユウ:ワスト領主。寡黙で実直な武人。妻シリの知恵と勇気を誰よりも尊敬している。


マサキ:シリの義父。保守的で頑固な重臣だが、次第にシリの才覚を認めつつある。


オーエン/サム/ジム/カツイ/チャーリー:ワスト領の重臣たち。立場や性格は違えど、シリの提案に耳を傾け始める。


シン/ユウ/ウイ:シリとグユウの子どもたち。純粋な笑顔が、戦の中のシリの支えとなっている。

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