戦の準備、愛の証 争いの準備に追われる日々 今が一番幸せ
「棒を斜めに地面に深く刺すの」
シリが指示をした。
空は鉛色で吐く息が白い。
投石布とは、両端に紐を結び、小石を包んで振り回し、遠くへ飛ばす簡易な武器だ。
古代から使われてきたこの道具を、シリは独自の方法で改良しようとしていた。
シリはかじかむ指先で投石布に石を包んだ。
寒風が刺すように痛い馬場で実験が行われた。
「この投石布を棒に縛るのですか?」
カツイが質問をした。
「ええ。投石布の紐は片方は硬く結んで固定をするの。もう一方の紐は外れるように軽くかけて」
シリの指示に従い、重臣達は投石布を紐で固定した。
「この棒を下に押し下げれば石が飛ぶはず・・・」
シリが自信なさそうにつぶやいた。
試したくてウズウズしていたチャーリーが、棒をグイッと押し下げる。
押された反動で、片方の紐が外れ、石が遠くに飛んだ。
「飛んだわ!!!」
シリがピョンと跳ねた。
「もう少し・・・棒を斜めにすると石が飛ぶはず」
グユウがつぶやいた。
「あっ、今のは石が軽すぎた・・・」
「オーエン、お前の手加減は雑だ。焦るな」
「仕方がない。早く飛ばしてみたかったんだ」
オーエンが笑いながら肩をすくめると、皆の顔がほころんだ。
寒空の下でも、笑い声が絶えなかった。
そこから、皆で棒の角度を調整し、石の大きさを検証し、
最終的に投石布と同じくらいの距離を飛ばすことができた。
「やったわ!!!」
シリは小躍りをし、グユウを始め重臣達にも歓声が広がる。
「・・・これをどうやって考えた」
マサキが質問をした。
貸した本は戦術のことが中心だった。
「槍の扱い方の本を読んでヒントを得たのです。しなる棒で石を投げてみたら・・どうかなと」
シリは微笑んだ。
「義父上のお陰です。ありがとうございます」
シリがマサキの瞳を覗き込むように見つめた。
マサキはシリをじっと見つめた後に、無言でスイっと視線を泳がせた。
「城に戻ろう」
グユウが指示をした。
長い間、外にいたのでシリの頬はかすかなバラ色に染まっていた。
赤いコートにシリの青い瞳、輝く金髪は映えた。
「投石布と同じくらいの距離が投げられるな」
チャーリーが話す。
「この棒を投石棒と名付けたいの」
コートを脱がずにシリは叫んだ。
「しかも、石を取り付けるだけだから兵は疲れない。設置して飛ばすだけで良い」
ロイも興奮していた。
「堀の近くと北側の領地に数台 投石棒を設置したいわ。
敵兵が攻めてきたら絶え間なく、石を投げるようにしたいの」
シリが羊皮紙を広げた。
「様々な角度で石を投げたい」
グユウが話すと、シリは形の良い眉を寄せて考えた。
「この配置はどうですか?正面、左、右、少しずつ角度を変えていく。
石の大きさによって、飛ぶ範囲はマチマチだけど・・・」
シリが次々に配置場所を羊皮紙に書いた。
オーエンは、その地図を見て黙ってうなずいた。
「投石隊は少年兵でまとめましょう」
ジムが提案する。
「そうですね。危険がないように堀の上で、ちくちく敵兵に嫌がらせをして、
危険になったら一目散に逃げるようにさせましょう。少年兵は・・・領の宝ですから」
シリが話す。
「春になったら投石棒を設置しよう」
グユウがまとめた。
雪が降る前に投石棒を設置すると、棒が傷む恐れがある。
「その前に飛距離が伸びる角度を検証したいわ」
シリが話すとグユウが制した。
「シリ、そこまでだ。あとは皆が試す。・・・身体を大切にしろ」
グユウが静かに話した。
「お任せください」
ロイをはじめ重臣達がうなずいた。
シリのお腹の子が、『休め』と言わんばかりに強くお腹を蹴った。
衝撃で顔を少し歪めた。
ーー本当は一緒に検証を行いたいけれど、思うように動けない身体がもどかしい。
グユウの判断は、いつも的確だった。
「そうね・・・そうします。皆さんお願いします」
シリは慌てて座ってお願いした。
◇
夜になると風が強く吹くようになった。
「雪が降ってきたわ」
寝室の窓の外を覗きながらシリがつぶやく。
「あぁ」
グユウはシリの隣に立った。
軒のまわりを風が声を立てながら拭きまくり、
無数の雪が入れてくれた叩いているように、雪がサラッ、サラッと窓に当たった。
「ワスト領に嫁いで・・・幸せだわ」
シリはグユウを見上げながら微笑んだ。
グユウはその発言に少し戸惑った。
ーー城の周辺は敵に囲まれ・・・その敵はシリの生家でもある。
贅沢な暮らしをさせてあげることもできない。
妃と言えども働きづめのシリの手は、相変わらず荒れていた。
――本当に、これでよかったのか。
シリを寒さの中に立たせ、戦の策まで担わせて・・・。
それでも「幸せ」と笑うこの人に、自分はどれだけ報いることができているのか。
グユウは何か反論をしたかった。
けれど、シリの瞳が幸せそうに輝いていたので何も言えなかった。
「私は今が一番幸せ」
グユウの胸にシリは顔を預け満足そうにつぶやいた。
ーー自分の行いたい事を実行できる。
それを許してくれる人がいる。
周囲が認めてくれる。
全てを許してくれる夫が目の前にいた。
「そうか」
グユウは、ぎこちなくシリの背中に手をまわした。
「まだまだ、試したいことがあるんです。グユウさん、聞いてくれますか?」
シリはグユウの顔を見上げながら質問をする。
その青い目には人の心を魅する光が溢れていた。
「あぁ。いくらでも聞く」
グユウは愛おしそうにシリを見つめた。
ーー認めてくれる仲間と愛する人がそばにいる。
この人と・・・1秒でも長く共に過ごしたい。
シリは、グユウの背中をギュッと抱きしめた。
「私たちの領地・・・守りましょう」
「ああ、シリがいれば・・・大丈夫だ」
次回ーー
「城門前に、新たな堀を掘りましょう」
静寂を破ったシリの言葉に、重臣たちは息を呑んだ。
迫る戦の気配、限られた時間。
彼女は“防ぐ”のではなく、“生かす”ための策を描いていた。
――その手にあるのは、剣ではなく希望の図面。
明日の17時20分 お腹の子は女の子が良い その理由




