燃える瞳 この冬に、備える
「春が来るまで停戦にする」
グユウが家臣達に話した。
ホールに集まった重臣、家臣達に静かな沈黙が広がった。
夏から秋の終わりまで、ワスト領は絶えることなく争いを続けていた。
12月が終わろうとしている。
レーク城周辺は、未だミンスタ領に包囲されていた。
奪われた領土を取り戻す事ができないまま、本格的な冬に突入する。
兵の疲弊を防ぐために、
グユウが停戦を決めたのは仕方ない事だった。
沈黙を破るようにシリが力強く話した。
「冬の間に争いの準備をしましょう」
シリは強く深い瞳で家臣達を見つめた。
シリの言葉にうつむいていた家臣達は顔を上げ、シリを一心に見つめた。
続くシリの言葉は、人の心を訴えるものがあった。
「・・・この冬が勝負になるわ」
シリの言葉に応えるように、誰かが無言でうなずいた。
重苦しい空気が、わずかに動いた気がした
シリは、自分の言葉が火種になって小さな灯が広がっていくような、
そんな空気の変化を感じた。
「なんとかしなくては・・・」
ーー信頼してくれる家臣の期待に応えたい。
見上げた空は、今にも雪が降りそうな鉛色だった。
その日の午前中ーー
シリはエマと共にマサキの館へむかった。
目的は、図書室にある戦術の本を借りるためだった。
マサキの館にたどり着くと、義母マコが迎えてくれた。
「シリ、要件は聞いているわ」
マコは図書室に案内した。
マコは寡黙な女性だった。
この時代の女性は、控えめが良しとされていたけれど、
それに輪をかけて、自己主張をしない寡黙で控えめの女性だった。
グユウの顔立ち、性格はマコに似ている。
案内された図書室にはたくさんの書物がある。
シリは星のように目を輝かせた。
30分後、数冊の本を抱えたエマとシリに、マコはお茶を勧めてくれた。
「身体の調子は大丈夫?」
マコの言葉は少ないけれど、優しさに満ちたものだった。
シリはマコの瞳を見ることが好きだった。
マコの瞳は、グユウと同じ黒く美しい瞳だった。
「はい。元気です」
シリはりんごの砂糖漬けをフォークで刺しながら答えた。
「たくさん本を読むのね」
マコはシリの傍にある本を眺め微笑む。
シリの行いは、この時代の女性と大きくかけ離れていた。
そんなシリの行動を義父、マサキは不快に思い、実際口に出していた。
きっと、義母マコにシリの悪口を話しているだろう。
「あの人は・・・頑なでしょう」
あの人とはマサキのことを指していた。
こういう話し方もグユウとマコは似ている。
「前よりは風当たりは弱くなりました」
シリは曖昧に微笑む。
ーー嘘はついていない。
以前より、マサキは大人しくなった。
「あの人は、シリのことを認めていますよ」
マコは柔らかく話す。
ーーそうだろうか。
マサキは相変わらず、シリに対して不機嫌そうな顔をしている。
とても認めているとは思えない。
紅茶のカップを手に持ちながら、シリは返事をすることをためらった。
「この本をね、わかりやすい場所に置いとくようにと言われたのよ」
マコの目線はシリの借りた本に注がれていた。
ーーなるほど・・・と思った。
シリが求めていた戦術の本は、一番目につく場所に数冊わかりやすく置いてあったのだ。
偶然かなと思っていたけれど違った。
マサキがわかりやすいように配置を頼んだようだ。
「お礼を伝えてもらえませんか」
シリが伝えると、マコは微笑んだ。
その微笑みはグユウそっくりだった。
◇◇
その日から、シリは城の奥の書庫に籠もった。
重たい扉を閉じると、冷たい空気が肌にまとわりついた。
それから3日間、彼女は食事の時間以外ほとんど姿を見せず、古文書と格闘していた。
「じっと座ってほしいと思っていたのですが・・・」
エマは眉を寄せながらジムに愚痴る。
ジムは微笑みながら聞いていた。
「今度は本の虫ですよ」
エマはため息をつく。
結局、エマはシリが何をしても心配なのだ。
「最近のシリ様、取り憑かれたように棒のことばかり・・・」
エマが呟くように言うと、ジムは少し笑った。
「まあ、止めたくても無理だろう。あの方が“やる”と決めたら、雷が落ちても動ません」
「でも・・・無理はしてほしくないんです」
エマの声は少しだけ、心細げだった。
「そんなシリ様もきっと・・・グユウ様は好んでいると思いますよ」
ジムは穏やかに話す。
「グユウさん」
本をパタリと閉じたシリが、思いつめた顔でグユウの元ににじり寄る。
「どうした」
グユウは少しだけ目元を緩めた。
「試したいことがあるのです。外に出ても良いですか」
シリの瞳は興奮のため強い光を放っていた。
グユウは無言で衣装室にむかい、赤いコートを出してきた。
それは、兄ゼンシからもらったものだった。
城を滅ぼす兄から贈られた服を、身につけるのをシリは避けていた。
「衣類に罪はない」
グユウはシリの心境を汲んでいた。
「2メートルほどの棒が欲しいのです」
2人は廊下を歩きながらシリが話した。
手にはシリが考案した投石布を持っていた。
「棒は・・・森を探せばあるかもしれない」
少し考えてから、グユウが答えた。
「こちらにありますよ」
声をかけるとジムが微笑んで棒を差し出していた。
「ジム!どうして!」
シリが驚いた。
棒が欲しいと言ったら、魔法のように望むものが出てきたからだ。
「エマが話していたんです。シリ様が取り憑かれたように棒について調べていると」
ジムが愉快そうに話した。
その棒は槍に使われるもので、樺の木でできたものだった
ジムの手には大きさ、長さがバラバラな複数の棒を抱えていた。
「何か試されるのですよね。お供します」
ジムの瞳もワクワクしているように見えた。
「ありがとう」
シリとグユウがホールに続く階段を降りると、
城内にいた重臣達、そしてマサキもホールに集まってきた。
「何か閃いたのですか」
階段下で待っていたかのようにオーエンがニヤッと笑う。
「まだ・・・試作の段階です」
シリが自信がなさげにつぶやく。
「お供します」
チャーリーが微笑んだ。
「理論では上手くいくはずです。実際は…わからないですよ?」
シリの声は不安げだ。
「シリ、試してみよう」
グユウが玄関の扉を開いた。
次回ーー
冬の空の下、シリの手で生まれた新たな武器――投石棒。
棒を押し下げるたび、石は風を切り、重臣たちの顔に希望の色が戻る。
雪が舞う夜、グユウの胸に抱かれながら、
シリは静かに誓う。
――この人と、この領を、必ず守り抜く。
明日の17時20分 戦地の最中 今が一番幸せ
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