表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/227

あと何度、触れられるだろうか

「投石を強化したいの」


シリの瞳は、燃えるような暖炉の火を映してきらめいていた。


12月、どんよりとした雲の下、レーク城の客間に重臣たちが集まっている。


空気は温かくとも、話題は重かった。


重臣達は静まり返る。


「投石・・・石ですよね」

カツイがオズオズと答えた。


その名の通り、石を投げて敵を攻撃する方法だ。

弓、矢、銃に比べて身近な武器である石は、最も安上がりな攻撃方法だった。


「そうよ」

シリがうなずく。


「弓や銃に比べて、投石は訓練をしなくても戦える。

まだ戦力にならない少年兵を使いたいの」

シリが熱弁する。


「少年兵を使うのですか」

チャーリーが質問をする。


「そう。弓や銃の訓練には月日が必要。でも、今はもう、そんな余裕はない。戦力を一人でも増やしたいの」


ミンスタ領に城を包囲されている今、すぐ戦力を補う方法を考えないといけない。


シリが考えたのが投石だった。


「この前の争いを見ていました。堀にむかってくる敵兵を倒すのに、ずっと弓矢を放っていたら疲れます。

投石と弓を交代で攻撃すれば兵は疲れないわ」


熱心に語るシリのお腹は、ふくらみ始めた命の重みを感じさせていた。


「・・・確かにずっと弓矢を放っていると疲れてくる」

ロイが腕をさすりながら話す。


「あぁ、疲れてくると命中率が悪くなる」

チャーリーがうなずく。


「しかし・・・投石では至近距離の攻撃しかできない。遠距離武器としては射程不足だ」

オーエンが現実的な疑問を投げかけた。


オーエンの疑問を待ってましたとばかりに、シリが微笑む。


「そこです。普通に石を投げたら、せいぜい10メートル程度しか届かないわ。頑張っても20メートル。

それも、疲れてくるから段々と飛ばせなくなる」

シリの説明に一同うなずく。


「そこで考えてみました」



シリが取り出したのは、使い古された包帯と紐を結び合わせたものだった。


一同、不思議そうな顔で覗きこむ。


皆が見守る中、シリは布に石を包んだ。

「この紐と布を使って石の射程距離を伸ばします」


「・・・それで、射程距離が伸びるのか?」

マサキが怪訝な表情を浮かべながら疑問を口にした。


「伸びます。今から外で試してみますか」

シリが微笑む。


「よし、行こう」

グユウが答えたので、一同、連れ立ってレーク城の外にむかった。


冷たい湖風が吹き荒ぶ野原で、シリが考えた投石を試してみる。


重臣達が見守る中、シリは紐の片方を手に指にくくりつけ、

もう片方の紐を同じ手で握る。


石を入れた布を、ぐるぐると振り回し手を離した。


すると、石は遠くまで飛んだ!


一同、おおっと歓声が上がる。


「ほら!!」


シリの目は星のようにチカッときらめいた。


シリの腕力では30メートルほど石が飛んだ。


「シリ、冷える。城に戻ろう」

グユウの瞳は心配そうに曇る。


「いいえ。他の重臣達にも石を投げてもらいます」

シリは鼻の頭を赤くしながら、テコでも引かない。


グユウはため息をつきながら、シリにショールを手渡した。


銀色のショールに身を包んだシリは、サムが投げる姿を見届けた。


「今までの倍は飛んだ!!」

ロイがガッツポーズをして吠えた。


「驚いたな。これだと疲れない」

サムは自分の手を見つめながらつぶやく。


「城に戻ろう」

興奮する重臣達にグユウは命じた。


再び、客間に戻るとシリが説明する。


「これだと1回の射撃に10〜20秒ほどかかります。

手で投げるほどの精度はないのですが、妊娠中の非力な私でもある程度の距離を飛ばせます。

個人の敵を狙うよりも、敵の隊列をめがけて投げます」

シリが説明する。


「順番に攻撃していきましょう」

シリが羊皮紙を取り出し、ペンを走り出した。


自然と皆がシリの周囲に集まる。


「敵兵が堀に迫ってきたら、第一弾は弓矢で個人を狙い撃ちする。

3矢ほど投げたら後ろに下がる。今度は第2弾の投石隊が前に出て、遠くの兵を狙い撃ちをするの。

こうして、隊を組んで連続で戦わないようにすると兵達は疲れにくいわ!」

シリが微笑む。


「なるほど。敵も次々と違う武器で攻撃を受けたら戸惑うだろう」

オーエンは羊皮紙を見ながらうなづいた。


「こぶしほどの大きさの石が命中すると、当たりどころが悪ければ死ぬわ。

骨折くらいはするでしょう」

滑らかな声でシリは話す。


「しかし、そんなに大きな石があるのか?」

マサキの質問にシリは微笑む。


「北の領土に門と土塁を作るときに山ほど石が出てきました。

皆に石を集めるように指示をしました。

私の指示にトナカさんは不思議そうな顔をしていましたけどね」

嬉しそうにシリが微笑む。


「・・・敵わない」

オーエンは苦笑いをして、降参したかのように椅子にのけぞる。


「もっと・・・時間をかけずに石を投げる方法を模索してみます。

義父上、館の図書室に行ってもよろしいですか?」

シリが質問をする。


マサキは少しの間、何かを飲み込むように黙ったあとで、低く答えた。


「・・・読んではみたが、実際には使えなかった本ばかりだ。

お前なら、役に立てられるだろう。好きに使うがよい」


義父 マサキは戦が上手な領主ではなかった。


そのコンプレックスを埋めるためだろう。

戦術の本は館にたくさんあった。


しかし、読むだけで実戦で生かしたことは一度もない。


それを女のシリが着々と形にしていく姿を見ると、

悔しい反面、認めざるを得なかった。


「安上がり、低価格、そして意外と有効な攻撃法が得られましたね」

ジムが微笑んで話す。


「明日から、侍女、女中達に投石用の布を作るように命じる」

グユウがまとめた。





会議が終わった後に、シリは急いで外出しようとした。


「どこへ行く?」

玄関前で待ち伏せしていたグユウが声をかけた。


「義父上の館まで」

思いついたら止まらない自分の行動を見透かされた。


シリは気まずそうに答えた。


「ダメだ。もう日が暮れている。ミンスタ領の兵も潜んでいる可能性がある」

グユウが制止する。


「すぐ、そこじゃないですか・・・」

マサキの館まで急いで歩けば15分程度で到着する。

シリの唇が少しだけとんがる。


「シリ様、こんな暗くなってから出歩くなんて正気の沙汰じゃありません。

お一人だけの身体じゃないんですよ」

小柄なエマが仁王立ちをして、長身のシリに口撃してくる。


「そうだ。明日の午前中にエマと館に行けばいい」

グユウも参戦する。


「あぁ。エマと2人で組んでかかられては敵わないわ!」

シリはがっかりした。


グユウと話した後、シリは食堂にむかった。


廊下の窓を見ると、外はすっかり暮れていた。


「・・・いつか、あの石も、尽きる日が来るのよね」


シリは、集められた石の山を思い浮かべながら、ふとお腹に手をあてた。



◇◇


「今夜は冷えるわ」

シリは身震いしながら暖炉に薪を焚べた。


「身体を冷やしたのでは?」

グユウが『ほら見ろ』と言わんばかりの顔をした。


「・・・大丈夫ですよ」

シリの返答は少し反抗的だった。


図書室に行きたかったのだろう、とグユウは気づいていた。


そんなシリの表情を見て、グユウは薄く微笑んだような気がした。


だが、それ以上は言わず、そっとシリを抱きしめた。


「・・・寒いだろ」

グユウはシリを後ろから抱きしめて、屈むようにシリのまぶたにくちづけた。


はぁ、と吐き出した息が白く上がった。

本当に寒い夜だった。


グユウは、そっとシリを横たわらせ、熱い身体が覆い被さってきた。

薄い唇が唇を覆う。

わずかな隙間から漏れる吐息が白く立ち上がった。


グユウの硬い筋張った長い指が、優しく喉をたどり、顎に触れ、頬を触った。

シリのことを大事にしている。愛おしい。

寡黙なグユウは一言も話さないけれど、その手つきと、唇と、瞳は言葉以上に雄弁だった。


冷えてかたくなったシリの身体を少しずつ温めて、触れて、溶かしていく。

寒い日なのに、合わせる肌は熱くなる。




「全く・・・」

あくる日、エマは寝室で嘆きの言葉を吐き出した。


早朝からグユウは鍛錬に行っていた。


シリの支度をするために寝室に行ったエマは、

乱れたシーツと脱ぎ散らかされた衣類を見てため息をついたのだ。


「グユウ様はいい加減にしないと」

エマは呆れ果てたように文句を言う。


「エマ、良いのよ」

シリはガウンを羽織りながら弁護するように言う。


グユウと行うことは、幸福で嬉しいことで、とても快いものだった。


「良いわけではありません。あと数ヶ月でお子が産まれるのに!!」

納得できないエマは乱暴に衣装室の扉を開けた。


恒例のエマの小言を聞き流しながら、シリはぼんやりと思った。


ーーグユウと肌を合わせるは、あと何回になるのだろうか。


敵が攻めてくるその時までに、あと何発、石が投げられるだろうか。


どちらも限りある時間。


だからこそ――愛おしくて、苦しい。


お互い言葉にしなかったけれど、それはわかった。


グユウも同じ想いを抱いているのだろう。


飛ばしてしまった回です。更新しました。


次回ーー

「冬の間に備えるのです」

シリの言葉が、沈んだホールに灯をともす。

停戦――けれど、それは休息ではなく、次なる戦の準備だった。


義母マコの館で戦術書を抱え、

夜ごと古文書に向かうシリの胸には、ただひとつの想いがある。


――この冬が、運命を変える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ