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あの血は希望 あの子が欲しい

「国王とゼンシが決裂した」

届いた手紙を見ながらグユウがつぶやいた。


「ようやく・・・か。大きな争いが始まるぞ」

トナカが返事をした。

国王は、ゼンシ征伐のために国中の領に兵を集めることを指示していた。


冬に近づいていく脆い日差しを浴びながら、グユウとトナカは馬場に佇んでいた。


11月だった。


「これから冬が来る。国王の争いには参加できない」

トナカはため息をついた。


シズル領は雪が多い土地だった。

そんな中、兵を出陣させるのは自殺行為だった。


「うちもだ・・・」

グユウも深いため息をつく。


冬が近づくのはもちろん、

レーク城周辺は、東、西、南側の土地をミンスタ領の土塁に包囲され、

監視され続けている。


出陣はできない。

もし、出陣をしたらミンスタ領の兵達はレーク城を攻撃するだろう。


今までトナカと大事な話をする時は、ロク湖の辺りで話していた。


今はそれができない。


ロク湖周辺は、キヨの兵が張り付いているからだ。


「トナカ、応戦に来てくれて助かった。感謝している」

グユウはトナカに頭を下げた。


シズル領が応戦に来なければ、ワスト領は滅びる可能性があった。


応戦をしてくれた上に、残された北側の領地を守るために、

兵達を動員して、門と土塁を作ってくれた。


「グユウ、顔を上げろ。当然のことだ」

グユウに頭を下げられた時、トナカは慌てて首を振った。


ーー本心だった。


恩返しのつもりもあった。だが、それ以上に——。


ーーシリのそばにいると、何かが変わる。


そう思う部分がある。


堀の構造も、燻製の技術も、投石の発想も。


ただの妃ではない。


ーーあの人は国を動かせる。


それを、シズルにも・・・


その思いが口をついて出た。


「・・・今回の応戦、シズル領にとって収穫があった」

トナカは元気よく話した。


不思議そうな顔をしたグユウに、トナカはニヤッと笑う。


「シリ様のご指導を頂いた」


その発言にグユウは目元を緩めた。


「春になったら、堀を作る。賃金を払って、ちゃんと領民を使って」


自分でも声に力がこもっているのがわかった。


恥ずかしいほど真剣だった。——いや、それでいい。


「あぁ」


「冬の間に魚の燻製作りも始めるぞ・・・シズル領を豊かにしてみせる」

静かな決意をトナカは口にした。


魚の燻製作りは、シリから勧められたことだった。


「あぁ」


しばらく沈黙が続いた後に、トナカが切り出した。


ーー言うなら、今しかない。


「グユウ、夢物語を話してもいいか」


「なんだ」


一拍、息を整える。拳が汗ばんでいるのがわかった。


「もし・・・もしもだ。ゼンシを敗れて・・・平和な世になったら」

トナカの瞳は真剣な眼差しだった。


「あぁ」

不思議そうな顔でグユウはトナカを見下ろした。


「俺の息子とユウを結婚させたい」

トナカの顔は緊張のため硬くなっていた。


ーー言ってしまった。


グユウの目が驚きに細められる。


「カガミは・・・8歳のはず」


カガミ・・・トナカと妃の一人息子だ。

グユウも何度か面識はある。


「違う10歳だ」

トナカは訂正する。


トナカは思わず訂正してしまった自分が情けなく思った。


ーー早すぎるのはわかっている。だけど、あの子は。



本人や妻がいない間に、領主同士で子供の結婚話を進めることは普通のことだった。


トナカも、シリも、グユウも領主同士が決めた結婚で結ばれた。


「オレには娘が2人いる」

グユウの薄い唇から疑問と戸惑いの音色がこぼれた。


ユウの他にウイもいる。


年子の姉妹がいるのに、

トナカは『ワスト領の姫』ではなく、具体的に『ユウ』と名指しで指名をした。


グユウがその疑問を口に出すと、


「誰が見てもわかる。ユウは特別な子だ」

トナカがつぶやいた。


ユウにはグユウの血は一滴も入っていない。

ゼンシとシリの子供だ。


・・・シリもゼンシも非凡な2人だ。

その2人の子供であるユウが際立つのは仕方がないこと。



グユウはユウの本当の父親について、口に出さないと決めていた。


黙ってトナカの話を聞いた。


「ユウはまだ3歳だろ?あの歳であの存在感はすごい。

カガミがユウの夫に相応しいか・・・少し不安だ」

トナカは顔を少ししかめた。


グユウはトナカの瞳を理解したように見つめ、うなづく。


ーー美しく聡明な妻に自分が相応しいか・・・


グユウが常に感じている劣等感だ。


「シリは特別な何かがある。うまく言葉にはできないが人を惹きつける何かがある。

その血を一番色濃く受け継いでいるのはユウだ」


トナカは真剣な顔でグユウを見上げた。


ーーカガミの隣に、ユウがいれば・・・

いつか、あの子と並んで歩けるような男に育てたい。


そして、ユウがシズル領に来てくれたなら——

シズル領は、もっと温かく、強くなれる気がする。


だから 


「俺は・・・シズル領はその血が欲しい」

トナカは熱っぽくグユウに話した。


言ってから、グユウの顔を見た。


彼の目に、一瞬、自分と同じ影が走った気がした。


劣等感。尊敬。戸惑い。


2人の間に、冷たい秋の風が吹いた。


少しの沈黙の後に、グユウはトナカの瞳を見てうなづいた。


「トナカ、約束しよう。争いがない世の中が訪れたら・・・2人を結婚させよう」


◇◇


「世話になった」


翌朝、トナカはレーク城のホールでシリとグユウに挨拶をした。


雪が降る前にシズル領に帰らなくてはいけない。


「来てくれてありがとうございました。

トナカさんのお陰で・・・この子を産むことができそうです」

お腹に手を当てて、シリは微笑んだ。


トナカは、シリの顔を見つめた。


目の前の美しい后は、戦場の偵察、北側の領地の監督の他に、戦費を稼ぐために働き、

兵の食事や看護の指揮をとっていた。


グユウの口から発表されるまで、妊娠していることに気づかなかった。


この戦況の中、様々な葛藤があった事が透けてみえた。


シリの背景を考えると、トナカは胸が苦しくなった。


「シリ」

突然、トナカはシリを抱きしめた。


「世話になった。少しは休め。元気な子を産んでくれ」

シリの顔を見上げながら心から伝えた。


「トナカさん・・・本当にありがとう」

シリもトナカの顔を見下ろしながら、その瞳は涙で揺らめいていた。


トナカはシリの顔を見上げながら、


「シリ、目線が痛い」

トナカが、ひきつった笑いをしながら身体を離した。


強い視線を辿ると、そこにはグユウが腕を組んで立っていた。

無言だったが、顔にははっきりと“不機嫌”が浮かんでいる。


顎に力が入り、唇はきつく結ばれ、眉間にはいつもより深い皺。


目だけが妙に鋭く光っていて、

それがなおさら“言葉にしない怒り”を強調していた。


「グユウ、本当に表情が豊かになった」

トナカは吹き出しそうになりながら茶化す。


「その顔、俺の馬にも向けてただろ」


「うるさい」

グユウは目をそらしたが、耳の先がうっすらと赤くなっていた。


「グユウは無関心なふりをしながら好色で嫉妬深い」

トナカは、シリとグユウにだけ聞こえるようにささやいた。


「・・・オレはそんな事ない」

グユウは心外そうに答えるが、目元はわずかに揺れている。


「トナカさん 当たっています」

シリはくすくすと笑う。


彼女はその顔を見慣れているのだ。

グユウの“黙った嫉妬”を、誰よりもよく知っている。


「楽しい時間だったな」

そんな2人をトナカは優しく微笑んだ。


シリとグユウは同時にうなづいた後に、3人は抱き合った。


「トナカ・・・また逢おう」

グユウは絞り出すような声で伝えた。



遠くを見やったシリの瞳は、わずかに曇っていた。


ロク湖の周囲には、今もなおミンスタ領の兵が張りつき、こちらの動きに目を光らせている。


「今はまだ、包囲されているに等しいわ」


シリは小さくつぶやいた。


グユウが黙ってうなずいた。

トナカもまた、視線を落とす。


ーーこちらから打って出る力があれば、牽制にもなる・・・。


「トナカさん、冬の間に投石の仕掛けを考えます。春になったら・・・また来てください」

シリがささやく。


「それは絶対に行く!!」

トナカは声を弾ませた。


「また逢おう」

馬に跨った後にトナカは2人に微笑み、レーク城を発った。


トナカを率いる長いシズル領の行列が、北の果てにゆっくり消えていくまで、

シリとグユウはじっと見守っていた。


ーー春になったら、この世はどうなっているのだろうか。


国王とゼンシは対戦するけれど、シズル領もワスト領も参戦はできない。


先が見えない中、取り付けた約束は心の支えになった。


「トナカさんに、また逢えるように頑張りましょう」

シリはグユウの手を握った。


「ああ」

グユウも応えるように、シリの手を強く握り返した。


ふたりの手のひらが重なっただけなのに、

春の温もりが、もうそこにあるような気がした。

次回ーー


「投石を強化したいの」

妊婦の身でありながら、戦略の炎を宿すシリ。

限りある命と時間の中で、彼女は戦と愛のどちらも諦めなかった――。


明日の17時20分 あと何回できるだろうか


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