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初夜 あなたなら良いですよ


その日の夜、シリは落ち着かなかった。

「このパジャマは変?大丈夫?」

鏡の前で身じたくを整えながら、何度も同じ質問を繰り返す。


「大丈夫ですよ」

エマは何度も辛抱強く答えた。


「珍しいですね。普段は滅多に鏡を見ないのに」

シリの長い髪をエマは丁寧にブラシで流してくれる。


「シリ様、何か良いことでもありました?」

エマがニヤニヤ顔で質問をする。


「何もないわ」

シリは真っ赤な顔で返答する。



結婚して4日目。


月が少しずつ満ちてきている。


銀色に輝く月は周りの雲を真珠色にして、下ではロク湖がにぶい光が放っていた。


シリは窓際に立っていた。


なんとなく恥ずかしくてベットのそばに近寄れない。


グユウが寝室に入ってきた。

相変わらず無表情だった。


ーーこんなに私が緊張しているのに、この人は何にも感じてない。


それが少し悔しい。


「グユウさん、一緒に月を見ませんか」

グユウはこくりとうなずき、シリの隣に立った。


「今日は楽しかったです」

「そうか」

グユウの返事は短く、そっけない。


けれど、言葉の端にどこか柔らかさがあった。


しばらく、間が空いた後に突然グユウが言い出した。


「オレといても楽しくないだろ」


「どういうことです?」

シリはグユウを見上げた。


グユウは視線を少しだけシリの方にむけた。


「オレは話すのが得意ではない」

「知っています」


「・・・オレといても楽しくないだろう」


「楽しいかどうかは私が決めることです」


その言葉にグユウは身体と顔をシリにむきあった。

結婚してから初めてである。


遠慮がちにグユウはシリを見下ろす。

シリは真っ直ぐな目でグユウを見つめた。


グユウの瞳の色は真っ黒で、月明かりの中で見つめていると吸い込まれそうになる。


「どうした?」

グユウが声をかける。


「グユウさんの目って黒くてキレイですね」

シリがかすれた声でつぶやく。


ーーその美しい黒い瞳を、もう少し近くで見てみたい。


シリの白く細い指がグユウの袖を控えめに摘み、自分の方に引く。


「おい」

薄い唇が慌てたように声を出した。


爪先立ちになったシリと、袖を引っ張られ前のめりになったグユウ。

2人の唇は触れ合った。



その後はどうしたか。


シリはハッキリと覚えていない。

気がついたらベッドの上にいた。


グユウは無表情を崩さなかったが、

瞳は熱心で、それでいて内気な訴えるような何かがあった。


シリはその瞳から目を離せなかった。


「・・・怖いか?」


「怖くないです」

即座に答えた。


本当に、怖くなかった。


「無理しなくていい」

「大丈夫です」


遠慮がちなグユウの手が首筋から下へ這っていく。

思わず身体が硬くなる。


「イヤなら拒絶をしてもいい」


「それは相手にもよります」


「オレでは・・・」

少し自信がなさそうにグユウが言い淀む。


その言葉に、シリはゆっくりと瞬きをした。

声は穏やかだったが、どこか自信のなさを滲ませていた。


「グユウさんなら良いですよ」

その笑顔は、これまでに見せたどの表情よりも柔らかかった。


不器用でぶつけるような口づけ。

けれど、熱があった。

迷いがあった。

真剣さがあった。


彼の手は鍛錬で少し硬く、でも扱う動きはとても丁寧だった。


まるで宝物を扱うように。


シリの心と身体は少しずつ溶かされていく。


でも、グユウの表情はほとんど変わらなかった。


無表情のまま、ただ静かに彼女に触れる。


その落ち着きが、どこか悔しくなる。


苛立ちを口に出す前に、グユウの指先が肩にふれ、背にふれ、

そのたびに胸がぎゅっと締めつけられるような感覚に変わる。


「シリ、大丈夫だ」

グユウは何度も繰り返す。


ーー何が大丈夫なの?


疑問に思い、まぶたを持ち上げてみると視線が交わった。


不意に、グユウの顔が――ほんの少し、笑っているように見えた。


ーーそんな顔、するんだ。


そのわずかな変化に、思わず口をつぐんでしまう。


「シリ、力を抜いてくれ」

彼の声は、まるで遠くでささやく風のようだった。


今まで傷として残っていた記憶を、彼の手が、言葉が、少しずつぬぐっていく。


恐れていたものが、ゆっくりと別のものへと変わっていく。


ーーそう、これは――温もりだ。


エマやジムが見たら、きっと喜ぶだろうな。

そんな場違いなことを思いながら、シリはそっと目を閉じた。



ーーーーーーー


まぶたの隙間から、やわらかな光が差し込む。


シリはふと目を開けた。

グユウの腕の中にいる。


ーー私・・・昨夜・・・。


思い出した瞬間、頬が熱くなる。

全身がじんわりと恥ずかしさで包まれた。


そっと上を見上げると、グユウの顔がすぐ近くにあった。


相変わらず無表情だ。


「・・・おはようございます」

声をかけ、シリは頬を染める。


「あぁ」

グユウの返事は短かったけれど、その視線は優しい。


「今日は鍛錬をしないのですか?」

シリはモゾモゾと身体を動かす。


服を着てない事に気づき、動揺した。


「そろそろ行く」


「普段はもっと早い時間に鍛錬をしていましたよね」

こんな状況なのに質問をしてしまう。


結婚以来、シリが目覚めた時にグユウがいるのは初めてだ。


「鬱憤を晴らすために鍛錬していた」

グユウは恥ずかしそうに目線を落とす。


「鬱憤ですか・・・?」


「オレも男だ」


シリを優しく手放した後に、グユウはベットから離れていった。


しばらくしてから、エマが入ってきた。


「シリ様、おはようございます。身体の調子はいかがですか」


その瞬間、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなって、

シリは声にならない挨拶を一言だけ返し、すぐに布団に潜り込んだ。



次回ーー番外編


「初夜って、こんなに長引くもの・・・?」

隠し部屋から見守るエマの心労と、少しずつ近づく二人の距離。

四夜目の夜、ついに“未完成婚”の記録が塗り替えられる!


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