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聡明な妃と、それを受け止める男

「ゲンブ様から手紙が届いている」


封を切ったグユウが、手紙を読みながら静かに言った。


「国王の命令に従い、ゼンシを討つと書いてある」


客間にいた重臣たちが、驚きと安堵の入り混じった空気に包まれる。

ゼンシの軍勢が撤退したとされる今、ようやく外の風が城にも届いたのだ。


けれど、トナカはそれよりも別のものに目を奪われていた。


戦況報告の場に、堂々と席を並べる妃――シリ。

それだけでも異例だが、さらに彼女が主導して戦略を語り始めるとは。


シズル領では、いや他のどの領でもあり得ない光景だった。


シズル領から連れてきた重臣たちも、驚きのあまり口を開けている。



「試したいことがあります」


シリの声に、全員の視線が集まる。

グユウがうなずいた。


「言ってみろ」


「北門に二つ、仕掛けを施したいのです」


シリが指を二本、静かに掲げる。


「一つ目は、北門そのものを斜めに設置します。

真正面から突破されにくくするためです」


「斜めに?」と、オーエンが眉をひそめる。


「はい。今のようにまっすぐ門があると、敵兵は一直線に突撃できます。

でも、門を斜めにすれば、兵は一度“折れて”進まねばならず、足並みが乱れます」


シリは、手元の羊皮紙にさっと線を引いた。

まっすぐな土塁に対して、門の入口だけがわずかに斜めにずれている。


「さらに、門幅を狭くします。通常の半分ほどに」

「敵が一気に押し寄せられないようにするためか」グユウが頷く。


「その通りです。狭く、斜めの構造は侵入速度を遅らせます。

そして、門の正面には兵を配置せず、門の左右、つまり側面から弓で狙い撃てるようにします」


「なるほど・・・側面の方が死角が多いからな」

弓の名手チャーリーがうなずいた。


その図はまるで、門に入ろうとする敵を袋小路の中で迎え撃つ構えに見えた。



「二つ目は、門の内側に土塁の“壁”をつくることです」


「壁?」とカツイが目を丸くした。


「はい。門を抜けた敵が、すぐに奥へ進めないよう、視界を遮る土の壁を配置します。

しかも、直線ではなく、ジグザグに折れた形で数か所に」


羊皮紙には、門の内側にコの字型に配置された土壁が描かれていた。

まるで、簡易的な迷路のようだった。


「敵は直進できず、左右どちらかに進むしかない。

その“選ばせる”時間こそが、攻撃の好機です」


「・・・確かに、それなら弓兵や投石でも狙いやすいな」

ロイが身を乗り出す。


「しかも、土塁の上から、射手を配置すれば――」


「侵入してきた敵を、背中からも狙える」

トナカの口から、自然に言葉がこぼれた。


自分で言ってから、その発想が本当に妃の口から出たことが、あらためて信じられなくなった。


ーー女で、これほどに戦を知っているとは・・・



「この仕掛けには、大きな費用はかかりません。

土塁の工事は進めていたものですし、門の向きを変えるだけです」


「どのくらいずらす?」

グユウが当然のように尋ねる。


「おおよそ、130センチ。兵一人が抜けにくくなる絶妙な幅です」


2人のやり取りは、まるで建築家と職人の会話のように正確だった。


トナカは、言葉を失っていた。


図面を見て理解できる。

効果も理にかなっている。


そして、彼女はそれを“笑顔で”語っているのだ。


怖い。


だが、それ以上に――


ーー美しい。


彼はふと、そんな言葉を思った。


「明日から、領民に命じて北側の門と土塁の政策に取り組みたい。皆はどう思う?」

グユウは静かに問うた。


「やりましょう!!」

重臣達が声を揃えた。


先ほどまで意気消沈していた重臣達の士気が上がった。


トナカは、その空気感を肌で感じていた。


ーーすごい。


純粋に思った。


予算不足、兵の不足、周辺を包囲されている。


負ける理由は、いくらでもあげることができる。


そんな状況の中、目の前にいる美しい女性は諦めなかった。


勝気な青い瞳は、迷うことなく前と先を見つめていた。


ーーシリが男だったら・・・素晴らしい領主になっただろう。


トナカは心の中で思った。




「グユウさん。仕掛けはまだあります。

門と壁の工事が終わったら・・・また話を聞いてくれますか?」


シリが、乞うような声で問いかける。

だが、その瞳は決して弱くない。


「ああ。いくらでも聞こう」

グユウの形の良い眉はほんの少し下がり、切れ長の黒い瞳の目尻が下がる。


その瞬間、トナカは確信した。


ーーグユウには、変なプライドや見栄がない。だからこそ・・・シリを信じられるのだ。


自分にできるだろうか?


妃と肩を並べ、家臣たちの前で誇りを持って戦を語らせることが――


重臣達の前で妃が争いについて意見を伝え、それを認める。


同じ領主だからわかる。


なかなか出来ることではない。


俺にはできるだろうか・・・。


トナカは自分に問いかけると言葉が詰まった。


わずか2年半の間に、ワスト領が戦費を稼ぎ、

強領 ミンスタ領に抵抗し続ける事ができた理由がわかった気がする。


俺も変わらないと・・・。


トナカはため息をついた後に顔を上げた。


「シリ、俺もその話を聞きたい。あとで…教えてくれ」


そう言えたのは、

彼女の青い瞳が、誰よりも遠くを見つめていたからだった。


次回ーー



ゼンシ撤退、そして――新たな命の報せ。

静かな宴に、久しぶりの笑顔が灯る。

しかし、喜びの影で、誰も知らぬ決意が芽生えていた。



小説にチャレンジして4ヶ月。ついに文字数が30万文字を超えました。驚きです。なんでも、やってみるものですね。

明日の17時20分 もう話しても良いだろ?

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