聡明な妃と、それを受け止める男
「ゲンブ様から手紙が届いている」
封を切ったグユウが、手紙を読みながら静かに言った。
「国王の命令に従い、ゼンシを討つと書いてある」
客間にいた重臣たちが、驚きと安堵の入り混じった空気に包まれる。
ゼンシの軍勢が撤退したとされる今、ようやく外の風が城にも届いたのだ。
けれど、トナカはそれよりも別のものに目を奪われていた。
戦況報告の場に、堂々と席を並べる妃――シリ。
それだけでも異例だが、さらに彼女が主導して戦略を語り始めるとは。
シズル領では、いや他のどの領でもあり得ない光景だった。
シズル領から連れてきた重臣たちも、驚きのあまり口を開けている。
◇
「試したいことがあります」
シリの声に、全員の視線が集まる。
グユウがうなずいた。
「言ってみろ」
「北門に二つ、仕掛けを施したいのです」
シリが指を二本、静かに掲げる。
「一つ目は、北門そのものを斜めに設置します。
真正面から突破されにくくするためです」
「斜めに?」と、オーエンが眉をひそめる。
「はい。今のようにまっすぐ門があると、敵兵は一直線に突撃できます。
でも、門を斜めにすれば、兵は一度“折れて”進まねばならず、足並みが乱れます」
シリは、手元の羊皮紙にさっと線を引いた。
まっすぐな土塁に対して、門の入口だけがわずかに斜めにずれている。
「さらに、門幅を狭くします。通常の半分ほどに」
「敵が一気に押し寄せられないようにするためか」グユウが頷く。
「その通りです。狭く、斜めの構造は侵入速度を遅らせます。
そして、門の正面には兵を配置せず、門の左右、つまり側面から弓で狙い撃てるようにします」
「なるほど・・・側面の方が死角が多いからな」
弓の名手チャーリーがうなずいた。
その図はまるで、門に入ろうとする敵を袋小路の中で迎え撃つ構えに見えた。
◇
「二つ目は、門の内側に土塁の“壁”をつくることです」
「壁?」とカツイが目を丸くした。
「はい。門を抜けた敵が、すぐに奥へ進めないよう、視界を遮る土の壁を配置します。
しかも、直線ではなく、ジグザグに折れた形で数か所に」
羊皮紙には、門の内側にコの字型に配置された土壁が描かれていた。
まるで、簡易的な迷路のようだった。
「敵は直進できず、左右どちらかに進むしかない。
その“選ばせる”時間こそが、攻撃の好機です」
「・・・確かに、それなら弓兵や投石でも狙いやすいな」
ロイが身を乗り出す。
「しかも、土塁の上から、射手を配置すれば――」
「侵入してきた敵を、背中からも狙える」
トナカの口から、自然に言葉がこぼれた。
自分で言ってから、その発想が本当に妃の口から出たことが、あらためて信じられなくなった。
ーー女で、これほどに戦を知っているとは・・・
「この仕掛けには、大きな費用はかかりません。
土塁の工事は進めていたものですし、門の向きを変えるだけです」
「どのくらいずらす?」
グユウが当然のように尋ねる。
「おおよそ、130センチ。兵一人が抜けにくくなる絶妙な幅です」
2人のやり取りは、まるで建築家と職人の会話のように正確だった。
トナカは、言葉を失っていた。
図面を見て理解できる。
効果も理にかなっている。
そして、彼女はそれを“笑顔で”語っているのだ。
怖い。
だが、それ以上に――
ーー美しい。
彼はふと、そんな言葉を思った。
「明日から、領民に命じて北側の門と土塁の政策に取り組みたい。皆はどう思う?」
グユウは静かに問うた。
「やりましょう!!」
重臣達が声を揃えた。
先ほどまで意気消沈していた重臣達の士気が上がった。
トナカは、その空気感を肌で感じていた。
ーーすごい。
純粋に思った。
予算不足、兵の不足、周辺を包囲されている。
負ける理由は、いくらでもあげることができる。
そんな状況の中、目の前にいる美しい女性は諦めなかった。
勝気な青い瞳は、迷うことなく前と先を見つめていた。
ーーシリが男だったら・・・素晴らしい領主になっただろう。
トナカは心の中で思った。
「グユウさん。仕掛けはまだあります。
門と壁の工事が終わったら・・・また話を聞いてくれますか?」
シリが、乞うような声で問いかける。
だが、その瞳は決して弱くない。
「ああ。いくらでも聞こう」
グユウの形の良い眉はほんの少し下がり、切れ長の黒い瞳の目尻が下がる。
その瞬間、トナカは確信した。
ーーグユウには、変なプライドや見栄がない。だからこそ・・・シリを信じられるのだ。
自分にできるだろうか?
妃と肩を並べ、家臣たちの前で誇りを持って戦を語らせることが――
重臣達の前で妃が争いについて意見を伝え、それを認める。
同じ領主だからわかる。
なかなか出来ることではない。
俺にはできるだろうか・・・。
トナカは自分に問いかけると言葉が詰まった。
わずか2年半の間に、ワスト領が戦費を稼ぎ、
強領 ミンスタ領に抵抗し続ける事ができた理由がわかった気がする。
俺も変わらないと・・・。
トナカはため息をついた後に顔を上げた。
「シリ、俺もその話を聞きたい。あとで…教えてくれ」
そう言えたのは、
彼女の青い瞳が、誰よりも遠くを見つめていたからだった。
次回ーー
ゼンシ撤退、そして――新たな命の報せ。
静かな宴に、久しぶりの笑顔が灯る。
しかし、喜びの影で、誰も知らぬ決意が芽生えていた。
小説にチャレンジして4ヶ月。ついに文字数が30万文字を超えました。驚きです。なんでも、やってみるものですね。
明日の17時20分 もう話しても良いだろ?




