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心配かけてごめんね 戦火を超えて、産む


◇ミンスタ領 本陣


秋の風が、薄いとばりを揺らしていた。

やけに静かな午後だった。


「ゼンシ様、配達人が来ています」

ゴロクが手紙を受けとりゼンシに渡した。


その報せを聞いたとき、部屋にいた誰もが深く気を払った。


ゼンシは机の前に座ったまま、ゆっくりと手紙を受け取った。


封を切り、中を読んだ瞬間――


空気が、ぴんと張り詰めた。


「どうされました」

ゴロクの声が緊張でうわずる。


「・・・まさか、あのゲンブが動くとは」

ゼンシは手紙を握ったまま、しばらく立ち尽くしていた。


ーーカイ領が動いた・・・いや、動かされたのか。やはり国王の命か。


しばし沈黙の後、ゼンシはため息をついた後に立ち上がった。


「考えるまでもない」


その瞳は悔しさに歪んでいた。


「ミンスタ領に戻る。すぐに出陣の準備をしろ」


突然の宣言に家臣達の動揺が広がった。


「カイ領がシュドリー城に攻撃にむかっている。・・・おそらく、国王からの依頼のはず」

ゼンシの青い瞳に怒りが湧き上がってきた。


「カイ領・・・!ゲンブ殿が攻撃に・・・!」

ゴロクの顔色が変わった。


北西にあるカイ領の領主 ゲンブは歴戦の名将だった。

ゲンブが率いる軍団は強軍で有名で、ゼンシが最も警戒していた


ゼンシが投げ捨てた手紙を読んだゴロクは息を飲んだ。


「ジュン殿の領地も攻撃されているのですか」


「そうだ。応戦をせずにジュンには悪いことをした。これからむかう」

ゼンシは着替えをしながら淡々と答えた。


「承知しました」

ゴロクが返事をすると、ゼンシはすでに支度を終え、部屋を出ようとしていた。


「キヨ」

名前を呼ばれて、ハゲネズミのキヨは顔を上げた。


「お前は、ここに残って土塁を完成させろ。グユウを領外に出さぬように見張れ」

ゼンシは命じた。


「はい!キヨにお任せください」

何度も頭を下げるキヨに、ゼンシは目を細めた。


ゼンシは待たされるのが嫌いだ。

バタバタと家臣達がゼンシの後を追う。


白い愛馬にまたがったゼンシは、ミンスタ領にむけて馬を走らせた。


道中、山の上に立つレーク城を見上げた。


弱小のはずのワスト領。


この2年間、何度も争っては決着がつかないまま取り逃していた。


さらに武器製造や堀、戦費までも稼ぐようになっていた。


その裏では、実の妹が糸を操っている。


「次こそは必ず滅ぼす」

ゼンシは自分自身に誓うように宣言をした。


「グユウを殺して、シリを取り戻す」

そう言い捨て、ワスト領を後にした。


◇◇


ミンスタ領の兵達が東の方向に去っていく。


シリは動く兵達を、レーク城の二階から見つめていた。


小さくなる軍勢を見つめながら、シリは静かに息を吐いた。


ーーもう少しだけ、嵐が遠のく。ならば――。


「どうやら・・・この子は産むことができそうだわ」

シリはお腹に手を当ててつぶやいた。


ーー春になるまで、ゼンシは来ないだろう。


「はい」

エマは、短い返事をした後に床に座りこんで、溢れる涙をエプロンで拭った。


シリは床に座り、痩せたエマをそっと抱きしめた。


「心配かけてごめんね」


震えるエマの肩を抱きながら、シリの目線は窓の外にむけた。


ーー産むことはできる。その先は・・・。


数ヶ月先の未来は予測不可能だった。


次回ーー

あの青い瞳を、俺は一生忘れないだろう。

迷いも恐れもなく、戦を語る妃――。

その姿を見た瞬間、俺は“領主”として敗れた気がした。

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