彼女にふさわしい男になる
「カツイ お願いします」
シリは、大きなカゴを背負って乗馬したカツイに声をかけた。
今の時期、養父母の館の奥にある森にはブラックベリーが実っている。
収穫に行きたいけれど、
妊娠中のシリは馬に乗ることができない。
「任せてください」
カツイはフニャリと独特の笑みを浮かべた。
「シズル領の兵達にもチキンパイを提供したい」
シリの提案でカツイの背後には、
弓矢とカゴを携えたオリバーを含む少年兵がたくさん控えていた。
戦況が戦況なので、シリ妊娠は伏せられたままだった。
もちろん、いつまでも秘密にするわけにはいかない。
落ち着いたら報告をする予定だったけれど、
この戦況では落ち着く目処が立たない。
カツイは詮索をしない重臣だったので気が楽だった。
カツイ達を見送った後、シリはお腹を触ってみた。
ユイやウイの時よりも、お腹が大きくなるのが早い気がする。
季節は秋になってきた。
ミンスタ領は南、西、東に連なる土塁を作り上げていた。
その土塁を見るたびに、少しずつ追い詰められているような気持ちになる。
ワスト領は北側の領地と城を守るために戦っている。
北側の領地を取られると街道が使えなくなるので、そこだけは手放せない。
領地が減ったので税収が大きく減った。
その分を軟膏と布で補わないといけない。
乗馬ができなくなった分、シリは軟膏とアオソ作りに励むようになった。
「シリは随分と働くな」
トナカが感心したようにつぶやいた。
「少しは休んでもらいたいが・・・」
グユウの表情は不安で陰る。
「そんな提案、聞くはずもない・・・か」
トナカは苦笑いをした。
シリを思うように操ることなどできやしない。
グユウは黙ってうなづいた。
「今のレーク城はすごい。
武器を製造したり、軟膏やアオソ布を製造して戦費を賄っている」
「それはオレが指示をしたものではない。留守の間にシリが全部行っていた」
グユウは淡々と話す。
「俺の妻達は、こんな状況でも刺繍をしたりお茶会を開いたりしている。
争いよりも、ドレスや帽子に関心がある」
トナカは、俯きながら話す。
「そうか」
「気楽で良いけれど、争いが始まると波長が合わなくなる」
トナカは少し遠い目をしながら話す。
グユウは少し驚いた表情をした。
以前、トナカが妻に求める条件3つを聞いたことがある。
『気持ちが良くて、優しくて、癒しだ』
笑いながら話していた。
そのトナカが、こんな事を話すなんて・・・意外だった。
「シリのような女性は世の中を変えていく」
トナカは少しだけ悔しそうな口調で話した。
シリの人を惹きつける力が、強くて、きらめいて・・・そして嫉妬をする。
「・・・オレには過ぎた妻だ」
グユウは結婚してから何百回も想っている事を口に出した。
「自信を持て」
トナカはグユウの顔を見つめる。
「シリのような女性を扱えるのはグユウだけだ。引け目に感じることは何もない」
トナカは真面目な顔で話した。
トナカは真面目な顔で話した。
グユウは、ほんのわずかに笑った。
それでも、心の奥底には——
『やはり、オレには過ぎた妻だ』
そう思わずにはいられなかった。
ーー自分は彼女に相応しい男ではない。
けれど、だからこそ。
――彼女に、ふさわしい男になる。
そう、心の中で誓っていた。
雪に埋もれた三連休です…
次回ーー
焦土に咲く一輪の花のように、
シリは生きようと決めた。
この命を産むことが、たとえ最後の戦いになっても――。




