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孤立の始まり この美しき城を守るために


ミンスタ領 本陣


「ここに来て1ヶ月。いまだに進展がない」

ゼンシは不機嫌な顔でつぶやく。


夜は更け、外は激しい雨が降っていた。


「予想以上に強固な城です。強固な上に、あの堀・・・大軍で押し寄せても攻撃しにくい」

重臣のゴロクが話した。


「シリめ」

ゼンシは面白くなさそうな顔で紅茶を飲み干した。


「ゼンシ様、ワスト領よりも周辺の領をつぶしていきましょう」

重臣のビルがにじり寄った。


「確かに。シズル領まで応戦に来ている」

ゼンシはつぶやき、雨で霞むレーク城を睨みつけた。


大量の兵を維持していくには食糧などの備蓄も必要だ。

これ以上、ワスト領に滞在しても利点がない。


「全ての敵を片付けてから、再びワスト領を攻めれば良いのです」

ビルが力強く発言した。


「ゼンシ様、提案があります」

重臣のハゲネズミのキヨが後方から声をあげた。


「なんだ。言ってみろ」


「レーク城周辺を囲むように土塁と砦を作りましょう」


土塁とは土で築いた堤防のことを指す。


「土塁を作ってどうする」

疑問があるとゼンシは少し顎を上げる癖がある。



「グユウ殿をワスト領内に閉じ込めて、出陣をさせないようにするのです。

他の領との関係を断ち、孤立させる。

その間に我々は他の領をつぶしていきましょう」

熱意を込めてキヨが説明する。


「籠城は味方が援軍に来ないと助からない・・・」

ゼンシはつぶやいた後に薄笑いを浮かべた。


「はい。時間をかけても私は確実にレーク城を落とします」

キヨはゼンシを見つめながら誓った。


ゼンシは満足そうにキヨを眺めた後に宣言をした。


「明日から防塁を築き、包囲体制を構築する」


◇◇


あくる日、雨は上がり土はぬかるんでいた。


「何で俺たちがこんな事を・・・」

ミンスタ領の兵達は、嘆きながら土塁を作るためにスコップを握っていた。


土塁や堀を作るのは領民が主だった。


ところが、今回の土木作業は兵達が行なっていた。


「文句を言うな。敵地に土塁を作っているのだぞ」

見回りにきたキヨが注意する。


「ここの土地は硬い。石ころだらけだ」

キヨの弟、エルは土を掘るたびに大量の石が出てくるので、うんざりした表情をする。


レーク城は切り立った山の上に立つ難攻の城なので、山道は細く険しい。


狭い山道を歩いて攻撃をするので、

大軍で押し寄せても、攻撃する兵は少数で、残りの兵は待機していることが多い。


ここに目をつけたキヨは、待機している兵達に土塁を作ることを提案した。


「兄者、俺はスコップを持つのではなく銃を持ちたい」

エルの身体は泥まみれになり、不満をこぼした。


そんなエルの不満はキヨの耳には入らない。


キヨはレーク城を見上げながら、ブツブツ独り言をつぶやいていた。


耳を澄ませると、目に見えぬシリに誓っているようだ。


「きっとお救いする」

「待っててください」 

「このキヨが!!」


あの美しい笑顔、凛とした眼差しが、キヨの瞼の裏に焼きついている。


ーー気色悪い。


独り言を聞いたエルは大きなため息をつき、呆れたようにつぶやいた。


「兄者もシリ様に執着している」


◇◇


同じ時間帯に、シリとエマはアオソの収穫をしていた。


雨は上がり陽が差してきて、葉末の雫が宝石のようにきらめいていた。


深い森の中へ入っても、堀がある方から銃弾や兵達の声が聞こえる。


人間というものは不思議なもので、1ヶ月以上も身近で争いがあると、

この状況に慣れてしまった。


今のシリにとって、銃弾や兵達の声は日常の音になっている。


シリは黙々とアオソを採っていた。

そう遠くない方向・・・東の方から多数の人のざわめきが聞こえる。


疑問に思い、エマを引き連れ東の崖をのぞいてみた。



「一体何を・・・」

つぶやいた後にエマは呆然と立ち尽くす。


レーク城の東側でミンスタ領の兵達が土を掘っていたのだ。


この状況に、シリの髪の毛が逆立った。


「すぐに・・・グユウさんに知らせなくては」

シリは真っ青な顔でグユウの元へ急いだ。


「シリ様!走ってはいけません!!」

エマが鋭い声で注意した。


シリは慌ててお腹に手を当てた。



シリがグユウの元に辿り着くと、

トナカを始め、他の重臣達が深刻そうな顔をして集まっていた。


「ミンスタ領の兵が東の土地に土を掘っているわ」

シリが喘ぐように報告をした。


「あぁ・・・南側だけではなく西側の土地もそうだ」

グユウは険しい顔をしていた。


レーク城は南と東、西に堀と山道を抱き、北にだけ開けた街道が通っていた。


残る土地は北側だけだ。


「すぐに食い止めたいが・・・」

トナカの言葉は途切れる。


兵の数は圧倒的にミンスタ領の方が多かった。


ミンスタ領は、兵の半分を堀攻め、そして残りの兵達は土塁作りに励んでいた。


ワスト領、シズル領の兵だけでは、

掘りに向かって攻めてくる兵達を食い止めるので精一杯だった。


そこが手薄になると城に攻め込まれる。


「何が目的だ」

サムがつぶやく。


「孤立よ」

シリが忌々しげに言葉を吐き出した。


「兄は・・・短期戦ではなく長期戦に切り替えたわ。

レーク城を取り囲むように土塁と堀を作って、ワスト領を孤立させるのが目的よ」

その青い瞳の奥は、苛立ちと悔しさで燃えているようだった。


・・・あの瞳だ、とトナカは息を呑んだ。


かつて幾千の兵を沈黙させたゼンシのそれと、まったく同じ光を宿していた。


冷えた怒りと、断固たる決意。その両方を湛えた目。


いや、違う。


あの男よりも深く、鋭い。


シリは怒りを制御している。


制御された激情は、時として剣よりも恐ろしい――。


その姿に、思わずひれ伏したくなる衝動がトナカの胸を走った。


「四六時中、ワスト領を見張って、他の領へ出陣させないようにするのよ。

そして・・・いずれ」

その先の言葉をシリは言えなかった。


ーーいずれ、レーク城を攻め落とす。


言葉にしなくても皆がわかっていた。


ほんの1ヶ月前のシリなら、寝室へとんで行って泣くところだった。


シリは目を閉じて、感情を制御しようとした。



南、西、東に兵を出兵させると、堀の守備が弱くなりレーク城が攻められてしまう。


ーー今、やるべきことを行い、領民の命と兵達を守らなくてはいけない。


再び目を開くと、怒りの渦は消え去り、

静かで決意に満ちた瞳になっていた。


「グユウさん」

澄んだ声でグユウに声をかけた。


「どうした」

この状況なのにグユウの声は落ち着いている。


「ともかく、北側だけは取られないようにしないと」

シリの発言にグユウはうなづいた。


「北側を取られると完全に孤立する」


「ええ、北側の街道は死守したいわ。

そこまで封鎖をされたら軟膏や布が売れなくなるわ」

シリはグユウを見つめた。


領土を取られ、収入が入らなくなると、争いはもちろん、領そのものが存続ができない。


それだけは避けたかった。


「それでは、兵を堀と北側に集めよう」

グユウは淡々と指示を出した。


「こちらも北側の境界線に土塁と堀を作るわ!」

シリの目に光が灯る。


「至急、領民達に手配をさせましょう」

ジムがまとめた。


争いが始まる何年も前から、ミンスタ領には勝てないとわかっていた。


ーー何も対策をしなければ、あっという間に敗退だ。


領は滅び、グユウや重臣は殺される。


領民たちにも被害が広がる。


これまでの2年間、様々な対策をして今日まで生き延びた。



シリは重臣達、レーク城、水をたたえたロク湖、そしてグユウを見つめた。


その目は、レーク城が世界中で美しい場所と心得なければ気のすまぬ目だった。


最後の瞬間まで、諦めずにもがこう。


シリは心の中で誓った。

雪で家が埋まりました。雪国の休日は除雪、除雪、そして合間に小説書きです。忍耐力が育まれる…

続きが気になった人はブックマークをお願いします。


ーー次回


秋の実りは、束の間の安らぎをもたらした。

だが、土塁は日ごとに高くなり、包囲の輪は狭まっていく。

シリの腹が膨らむほどに、戦の影もまた膨らんでいった――。


明日の17時20分 「必ず滅ぼす」

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