表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/227

それでも、産むと決めた

「それでは・・・子を流さないことにされたのですね」

エマの声が驚きと喜びで少しかすれた。


「ええ。この子を産むわ」

シリの眼差しは穏やかだけど決意に満ちていた。


「そうですか」

エマは心底ホッとした。


妊娠がわかって以来、エマは誰にも言えない苦しい気持ちを抱えていた。


ーーこの戦況で妊娠は喜べない。


けれど、愛おしいシリが、苦しい選択をする事に胸が張り裂けそうになっていた。


決めた事とはいえ、シリの辛そうな顔を見るのは辛かった。


「エマ」

シリはエマの手をそっと握った。


痩せて筋張った手は、シリのため・・・そして、ワスト領のために頑張っている手だった。


「・・・これからも心配をかけると思うの。いつも、ありがとう」


「・・・薬も薬草も必要ないですね」

エマは微笑みながら、シリの手を強く握った。



シリは何も話さなかったけれど、エマは感じ取っていた。


ーーシリがグユウと共に命を散らす覚悟でいることを。


その件については、あえて問わなかった。


争いが続いている今は、明日が確実にあるのか誰もわからなかった。


先が見えない未来の事を考えても不安が募るだけ。


今は、ただただシリ様が思う道を突き進むことを見守ろう。


エマはそう決めていた。



その日の11時過ぎに、シリはジムと戦場に行ってしまった。


帽子をかぶることと、昼食には戻ることをエマは約束させた。


エマは2階にある西に部屋に行き、アオソの繊維を糸にする作業を行っていた。


アオソ糸の作業は、エマがするべきことではなかった。


けれど、忙しく手を動かしていた方が気が紛れる。


黙々と作業をするエマの横に誰かが立った。


顔を上げるとユウの乳母 ヨシノだった。


「エマ・・・少しお話をしてもよいですか」

思いつめた表情をしているヨシノの顔を見て、エマはうなずいた。


2人は西側の窓辺に立っていた。


そこから見える、丘はミンスタ領の陣だった。


多くの兵が集まり動いている。


ヨシノは、隠し小部屋に誰もいないか何度も確認した。


「ユウ様のそばにいると、なぜだか・・・怖くなるのです」

ヨシノはエマに打ち明けた。


「まるで・・・先が見通せているような目をしているのです。大人のような言葉で、人の心の奥を突いてくる時があって・・・」


エマは黙ってヨシノの話に耳を傾けていた。


「ユウ様は・・・他のお子様にはない特別な何かを持っている気がします。このまま、お仕えしていくうちに途方もない事が待ち構えているような気がして・・・怖くなります」


「その話をなぜ・・・私に?」

エマはヨシノの顔を見つめ問いた。


「エマなら・・・わかってくれると思っています。

他の乳母に話しても・・・わかってくれません」


エマは黙ってうなづいた。


シリ・・・そして口には出さないが、ユウの父親であるゼンシも特別な何かがある。


人を惹きつける何かが・・・


それは生まれ持ったものであって、意図的に身につくものではない。


そこにいるだけで独特の雰囲気を醸し出し、一度、目が合えば吸い込まれそうになる瞳。


断固たる決意と信念、人を惹きつける話し方、微笑み、激しい気性・・・。


それは、まだ3歳の幼いユウにも受け継がれていた。


そういう特別な何かを持っている人物は、穏やかな道を歩まないことをエマは肌で感じていた。


強い光がある一方、影が濃くなる。


「途方もない事は・・・私も何度も感じています。

お仕えする姫が穏やかな道を歩んでほしいと願っていますが・・・今もそれは叶ってないです」

エマは苦笑いをして答えた。


シリが結婚して4年、その間、エマはずっとハラハラし通しだった。


ーーどうして、穏やかに過ごせないのだろうか。


それと同時に、『ミンスタ領に戻れば良いのに』


何度も思った。


穏やかではなくても、シリが幸せになってくれれば良い。


そう思えるようになったのは最近だった。


「ヨシノはユウ様がお好きですか?」

「はい」


ヨシノは真面目な顔でうなづいた。


「・・・それなら、ユウ様の歩む道を信じて付き添うしかないです」

エマが澄んだ目でヨシノを見つめた。


「・・・はい。そうですね」


エマとヨシノは、言葉にならない想いを瞳で共有した。


この日、エマが伝えた言葉を何度もヨシノは思い出すことになる。


◇◇


「兵の数が少ないわ」

戦場まで足を運んだシリは疑問に顔をしかめた。


「台風の後ですし・・・鉄砲が使えないからですかね・・・」

ジムがつぶやく。


2人はいつもの場所で争いを見守っていた。


強固な堀があるので、争いはワスト領が有利だった。


「・・・兄は、このまま不利な争いを続けるとは思えないわ」

ミンスタ領にはゼンシだけではなく、

ゴロク、キヨ、その他に優秀な戦士が集まっていた。


いつまでも、ここの堀ある麓にしがみつくとは思えない。


「・・・ジム、グユウさんと話ができないかしら」

シリは戦場で動かないように注意されていた。

夫とはいえ、気軽にグユウがいる本陣には行けない。


「シリ、どうした」

グユウがシリの元に来てくれた。


「兄は別の方法で侵入を考えているかもしれないわ」

シリはオーエンが持ってきた地図を広げた。


「私が兄なら・・・今の堀は半数の人数で攻めて、

残りの兵は、他から侵入できないか城の周辺を探るわ」

シリが真面目な顔で話した。


「見張り役はいるぞ?」

形の良い顎を触りながらグユウは答えた。


レーク城の見晴らしが良い場所で見張り役の兵がいる。


何か異変があったら知らされるはずだ。


「あの見張り台では死角が多いです。

レーク城は険しい山の上なので、崖の端から真下を覗いた方が良いです。

私が兄なら・・・崖に沿って移動するように命じるはずです」

シリが真剣な眼差しで訴えた。


「・・・すぐに確認をとる」

グユウは兵に指示をした。


「・・・特に義父上の館がある麓は怪しいわ。

険しいとはいえ、直線距離は近い。ここから兵を攻めるかもしれない」


シリの推測は当たっていた。


兵達に各地を偵察させると、ミンスタ領の兵が点在していた。


「います!あちこちの麓に!崖に張り付くようにミンスタ領の兵が立っています!」

カツイが息を弾ませながら走って報告した。


「やっぱり」

シリは唇を噛んだ。


ワスト領の兵は少ない。

今は堀の周辺に兵を集めて争っている。


この兵が各地に分散されると、堀の守りが弱くなる懸念もある。


レーク城は広大な山の上に建っているが、その広大な面積を守る兵が足りてないのが現状だ。


「兵が・・・足りないわ」

シリは天を仰いだ。


ーー指揮を執るべき立場の私が、逃げたくなるなんて・・・。


でも、もしこの子に何かあったらと考えると、足がすくむの。


背筋を伸ばして立っている自分が、いちばん怖かった。


「北から兵が近づいてる!」

サムの報告に一同、緊張が走る。


「ミンスタ領の援軍か・・・?」

青ざめたオーエンが北側をにらむ。


カツイが点のような集団を見つめた。


昔から見張り役をする事が多かったカツイは、よく見える目が自慢だった。


「白地に三つの黒い花柄の旗、シズル領です」


カツイの報告にグユウは安心したようにため息をついた。


「あの時と同じだ」

グユウの目に光が宿る。


「トナカが応戦に来てくれた。必ず来てくれると信じていた」


グユウが嬉しそうにつぶやいた。




次回ーー


嵐の夜、束の間の安らぎが訪れた。

嫉妬も、不安も、今だけは火のように温かい。

だが翌朝、シリの胸騒ぎは――現実へと変わっていく。


こちらの天気も途方もない雪になりそうです。

皆さま、良い週末を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ