雨の終わり、愛のはじまり
「驚いたな」
眠っているユウとウイの顔を見つめながら、グユウはつぶやいた。
その言葉は、今日のユウの言動のことを指していた。
口下手なグユウの言いたい事を、シリは把握していた。
「普段、感情を露わにする子ではないわ。あんな気性が激しい一面を持っていたのね」
泣き疲れて眠っているユウの乱れた髪を撫でながら、
シリはつぶやいた。
「シリに似ているのだろう」
グユウは少しだけ微笑んだような気がした。
その後、乳母のヨシノが事情を説明してくれた。
⚫︎隠し小部屋でユウとシンが、2人の話を聞いてしまったこと
⚫︎子供達に質問をされ答えてしまったこと
「申し訳ありません。過ぎた振る舞いをしました」
ヨシノは泣きながら二人に謝った。
「ヨシノ 顔をあげてくれ」
グユウの声は優しかった。
「けれど・・・」
ヨシノは顔を上げることができなかった。
子供達から聞いた内容は、口を閉ざさなくてはいけない内容だった。
妊娠はもちろん、子を流す事は伝えてはいけない事だった。
「ユウ様の目が・・・子どもとは思えないほど・・・
まっすぐで、揺るぎない目をしていたのです」
ヨシノは涙を流しながら説明をした。
「ヨシノの仕事ぶりに私達は感謝しているの」
澄んだシリの声が聞こえた。
涙に濡れた目で顔を上げると、シリが悲しげに微笑んでいた。
「原因は私よ。私のせいで子供達を追い詰めたわ…」
シリの発言にヨシノは必死に首を振る。
「それは違う。シリをそこまで追い詰めたオレの責任でもある」
グユウが悲しげにつぶやいた。
自分の過失を責めない領主夫婦に、ヨシノは頭が上がらなかった。
◇
雨と風の勢いが少し落ち着いてきた。
寝室の窓からは真っ黒で何も見えない。
「台風が去ったのね」
シリの声は残念そうな響きがあった。
「雨風が好きなのか?」
グユウが不思議そうな顔をする。
「ええ・・・今だけは好きです。雨風があれば・・・争いがありません」
シリは伏し目がちに答える。
シリの言葉に、グユウは何も答えられずにいた。
黙ってソファーに座ると、シリもその隣に座った。
妊娠をしてから体調不良が続き、さらに争いが始まった。
夫婦でゆっくり話すのは本当に久しぶりだった。
「シリ・・・」
グユウは隣に座るシリをぎゅうと抱きしめた。
突然の抱擁に驚くシリに、グユウがささやいた。
「ありがとう」
相変わらず口下手なグユウだった。
グユウは子供を産んでほしいとシリにお願いをした。
それに応えたシリに対しての言葉なのだろう。
「グユウさん・・・相変わらず言葉足らずですよ」
シリは微笑みながら、グユウの背中に手をまわした。
「オレは・・・シリが望むことは何でも叶えてあげたい。
子を流すことも・・・シリが望むなら、決めた事なら・・・そう思っていた。
けれど、今回は抑えが効かなかった」
グユウの腕に力がこもった。
グユウの告白にシリは泣きそうになった。
いや・・・違う。泣いていた。
「すまない。負担がかかるのはシリの方なのに」
シリは頭をふった。
「・・・私も産みたいと思っていました。グユウさんとの子ですもの」
シリは泣きながらグユウの瞳を見つめた。
「シリ・・・ありがとう」
グユウは微笑みながらシリを見つめた。
ーーまた見れた・・・グユウさんの微笑み。
滅多に表情を崩さないグユウが微笑んでいる。
元々、見た目は良いのに・・・笑うと一層素敵になる。
その顔を見ただけで、シリの頬は赤くなり、動悸が止まらなくなる。
グユウはシリの顔を見た後に、さっと身体を離してソファーから立ち上がった。
「雨がやめば・・・争いが始まる。もう寝よう」
光の速さでベットに潜り込んで寝ようとした。
ーーあぁ。触れたいのだ。
シリはその様子を見て察した。
領主は、第2、第3夫人と複数の妻を持つのは当たり前だった。
グユウは妾を作らない領主だった。
それは、この時代とても珍しいことだった。
グユウはシリの身体に対して、予想の斜め上の心配をする。
その件で、二人は何度かすれ違い喧嘩をした。
それ以降、シリは節目ごとに体調について口に出すようになった。
「グユウさん・・・もう大丈夫です」
控えめにシリが声をかけた。
今度はシリが言葉足らずだった。
しかし、断片的なシリの会話をグユウは理解したようだ。
カバっとベットから飛び起きた。
「大丈夫なのか・・・」
シリの顔をじっと見つめる。
「はい。優しくしてもらえたら・・・」
恥ずかしくなり、言葉尻は小さくなっていく。
グユウの口元は嬉しさで緩んでいた。
「こんな事、言わせないでください!!」
シリは、顔を赤らめて反論した。
「シリ・・・」
グユウはそっと呼びかけながら、シリの顔に頬を寄せた。
規則正しいシリの呼吸に耳を傾けると、シリが小さな声で何かを言った。
頬を緩ませたグユウは、シリに体重をかけないように覆い被さって、シリを腕の中に閉じ込めた。
夜のグユウは、いつもより少しだけ口数が増える。
名前を何度も呼び、嬉しい言葉を耳元でささやいてくれる。
グユウの動きに翻弄され、シリは記憶がなくなる。
次に視界をとらえたのはグユウの顔だった。
熱っぽい眼差しで見つめられたと思ったら、口づけをしてきた。
「グユウさん・・・優しくしてほしいと話したじゃないですか」
シリはグユウの胸に顔をすり寄せるようにして、ぐったりしていた。
「・・・すまない」
居心地悪そうに、グユウの指がシリの髪を撫でる。
「久しぶりだったから・・・抑えが効かなかった」
真面目に謝るグユウの顔が面白くて、シリはふっと笑ってしまった。
2人が睦み合っている間に雨は止んだ。
ーー争いが、また始まる。
けれど今夜だけは、この温もりに包まれていたい。
隣ではグユウの規則正しい寝息が聞こえた。
ーー自分たちの未来はまるで見えない。
宿った子供は産まないまま、自分もこの世を去るかもしれない。
明日がどうなっても、
最後の瞬間まで、この人の隣にいたい。
そう願いながら、シリは静かに目を閉じた。
ついに130回目の更新になりました。
ここまで付き合って読んでくれている皆様に感謝。
ブックマークと評価をしてくれた方がいます。
お陰様で元気に除雪できます。ありがとうございます。
次回ーー
命を選んだ母と、それを見守る者たち。
雨が止み、再び戦が動き出す。
崖の下に潜む影を見つめながら、シリは悟る――兄ゼンシは、まだ終わっていない。
明日の17時20分 途方もないことが起こりそう




