知と愛、城にあり 必ず勝つ
「どういう事だ。説明しろ」
ゼンシの声は氷のように冷たかった。
グユウを挑発するために城下町に火を放った。
家々は焼けたが、領民が1人もいないとは。
ゴロクは背中の汗が滑り落ちたことを感じた。
「ワスト領が事前に領民に避難指示を出したと思われます」
ゼンシの顔が歪んだ。
その勢いのまま伝えたいことがある。
「ゼンシ様、これをご覧ください」
ゴロクは弓矢を差し出した。
弓矢を手にしたゼンシの顔色が変わった。
「これは・・・」
「はい。矢尻は木製ですが・・・我が領の矢尻に似ています」
「これはどうした」
この矢尻はゼンシが考えたものだった。
身体に突き刺さると、抜く時に痛みが強くなるように考えた形だった。
「ワスト領の兵が放った弓矢です」
ゴロクが静かに話した。
静かな会場はざわめきはじめた。
「わずかですが違いがあります。
我々の弓矢よりも、矢尻の形状が鋭く、抜く時に患部だけではなく、周辺の肉を広範囲にえぐるようになっています。ダメージは・・・木製とはいえ、こちらの方が大きい」
ゴロクが説明する。
「これを考えたのは・・・」
ゴロクが言い淀むと、
「シリだ。シリ以外いるはずもない」
ゼンシは悔しそうにつぶやいた。
「それと、この弾」
ゴロクが鉄砲玉を取り出す。
黒くて、わずかにゴツゴツした弾が床に転がった。
「職人が作ったとは思えない。荒い形状です。
おそらく、弓矢と同じく弾も領内で製造しているはずです」
ゴロクの説明にゼンシの表情は石のように硬くなった。
「あいつらは・・・資産がないはずだ」
元々、小領のワスト領。
キヨが南側の領土を征圧したので、税収が減っているはずだ。
ゼンシの問いにキヨが平伏する勢いで前に飛び出した。
「おっしゃる通り、ワスト領の税収は減りました。
しかし・・・昨年から新たに特産品を作りました。軟膏と布です」
キヨが懐から陶器の入れ物を取り出す。
「この軟膏は領民に人気です。シリ様が作られたと喜んで使っています。
他の領にも販売されており・・・売れております」
ゼンシは陶器の入れ物を一瞥した。
「それならば・・・それを製造している建物を焼き払え。ワスト領の税収を断つ」
ゼンシの青い瞳は炎のように苛立っていた。
「それが・・・それが・・・」
キヨは小さな身体をますます小さく縮めた。
「何だ。言ってみろ」
「武器製造も・・・軟膏も・・・布も全てレーク城で製造されています。
原材料もレーク城で手に入るようです」
レーク城は攻撃されにくい城だ。
そこで特産品を製造しているのでは、ゼンシといえども手が出ない。
「城で作っているのか!!」
ゼンシは呆然となった。
ーー自分の行動が全て読まれている。
それに対して、様々な対策がされていた。
野外戦にならないように、領民を避難させ、
強固な堀を作り、
武器を製造し、
戦費を捻出し、
それを焼失させないように城内で製造。
ゼンシの脳裏にシリの顔が浮かび、拳は握りしめて白くなった。
ーー前から聡いと思っていたが、ここまでするとは思わなかった。
ゼンシの苛立ちは頂点に達した。
近くにある燭台を手にして投げようとした瞬間、
下手の方から若く張りがある笑い声が聞こえた。
視線を動かすと、ゼンシの長男 タダシが腹を抱えて笑っていた。
ゼンシは燭台を下に下ろした。
「タダシ、このような状況で笑うことはあるのか」
その声は苛立ちと疑問が含まれていた。
「シリ姉なら、やりかねない」
父親に似た美しい金髪、青い瞳をした少年は笑いすぎて出た涙を拭いた。
「タダシは・・・シリが何をしていたのか知っているのか」
ゼンシから見たシリは、勝ち気で頭の回転が早く、馬を乗りこなす美しい女だった。
領主として多忙なゼンシは、シリの性格を掴んでいたが詳しくは知らない。
「父上、我々、兄弟3人はシリ姉の膝の元で英才教育を受けました」
タダシは淡々と説明をした。
タダシには1歳違いの弟が2人いた。
母を早くに亡くしたタダシにとって、7歳違いのシリは姉のような母のような存在だった。
「シリがお前達に乗馬を教えた事は知っている」
ゼンシが静かに答えた。
「それだけではないです。我々は絵本の読み聞かせの様に、
シリ姉から戦術や武器の扱い方や方法を学んだ」
タダシは昔を懐かしむような目で苦笑いをした。
「時間があればシリ姉は図書室に行き、戦術の本を読み、
父上達の会議を立ち聞きしていた。その内容をわかりやすく我々に教えてくれた」
タダシの説明にゼンシ、そして家臣達は呆然とした表情をしながら聞いていた。
「例えば、棒切れを使って陣形を作る遊びをしたり、
地図に見立てた紙に、攻めやすい道と守りやすい場所を書き込ませたりしていました。
我々は遊びだと思っていましたが、今思えば、あれが基礎でした」
タダシの目は遠くを見つめている。
「シリが・・・そんな事を・・・」
ゼンシの発言は、乾いて床に落ちた。
「シリ姉の性格を考えると・・・取り扱える男はいないと思っていました。
ワスト領の領主や家臣は、シリ姉を大事にしているようです」
タダシは少し悔しそうな表情をした。
「・・・どうやら、手強い妃のようですね。
このまま・・・見逃したらワスト領は強領になってしまう」
ビルがレーク城の方向を見ながら口を添えた。
ため息をついてゼンシは瞳を閉じた。
再び開いたゼンシの瞳は、負けない、曲げない、強い意志が宿っていた。
「ワスト領は、このまま籠城を続けても勝ち目はない」
静かに・・・そして、強い口調で話した。
籠城戦は城に篭っているだけでは勝てない。
味方からの援軍が来なければ、いずれ敗退する。
「シリも策を立てているようだが・・・最後にはワシが必ず勝つ。明日からもレーク城を攻めるぞ」
ゼンシの声、表情、視線は人を惹きつけるものがあった。
「承知しました!!」
家臣達は背筋を伸ばして返事をした。
◇◇
午前3時、夜明け前のレーク城は争いの準備で慌ただしい。
目を覚ましたグユウは、隣で寝ているシリを起こさないように
そっとベットから抜け出そうとした。
「グユウさん、もうちょっとだけ」
ベットを抜け出そうとするグユウの手首が捕まれた。
ベットに横たわったシリは、不安そうな顔でグユウの顔を見上げていた。
「どうした」
グユウは少し驚いたようだった。
切れ長の目が僅かに丸くなった。
「すみません。わがままを言いました」
シリは慌ててグユウの手首を離した。
ーー大事な争いが今日もある。
引き留めるなんて・・・
シリのワガママにグユウは、付き合ってくれる気になったらしい。
再びするりとベットに入り込んでくる。
「グユウさん・・・気にせず鍛錬に行ってください」
争いがある日でも、グユウは日課の鍛錬を行っていた。
「いいんだ」
そう言い、グユウは後ろからぎゅうとシリを抱きしめる。
「すみません」
シリは体勢を変え、グユウに向き合った。
「・・・身体の調子はどうだ」
グユウは優しい目でシリを見つめる。
「大丈夫です。昨日は・・・心配をかけました」
「シリが謝ることではない」
グユウはシリの頬に唇を落とした。
思わずシリは頬が赤くなる。
「シリ・・・頼りないけれど・・・争いはオレが指揮をとる」
グユウはシリの顔を見つめながら話した。
「グユウさん・・・私はそんなつもりでないです」
戦況の様子を見たかっただけだ。
「わかっている。けれど、何もかも1人でやろうとするな。
一日中戦場にいなくてもいい。オレに頑張らせてくれ」
グユウはシリの乱れた髪を撫でつけた。
「はい」
「至らぬことがあったら教えてくれ」
グユウは少し微笑んだ。
「・・・はい」
シリはグユウの胸の中で何回もうなずいた。
戦場に偵察に行き、争いの方法に口を出す女。
その挙げ句、戦場に長時間滞在して体調を崩した。
それを責めもせず、咎めることもせず、自分に至らぬことがあったら教えてくれと話す領主。
ーーこんな人・・・どこにもいない。
シリは改めて思った。
優しいだけではない。
状況を見極めて、シリのやりたいようにやらせてくれる。
ーーこの人のそばにいたい。
「グユウさん・・・今日も頑張りましょう」
その瞳は、負けない、曲げない、強い意志を宿っていた。
グユウは何度もその瞳に心を奪われていた。
「あぁ」
少しだけ目を柔らげて答えた。
今日も争いが始まる。
その時、遠くから微かに甲冑の音と兵士たちの足音が聞こえてきた。
レーク城の朝が、本格的に動き出していた。
白い悪魔(雪)が予報通り降ってきました。
皆さまもお気をつけて。
ーー次回
稲妻が空を裂いた瞬間、ユウの手に光る刃。
「お願い、弟を殺さないで」――幼い声が、母の心を貫いた。
シリは涙の中で決意する。もう、命を諦めない。
明日の17時20分 子供を産んで




