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りんごの花の下で、恋はまだ始まらない

「疲れたわ」

結婚4日目の朝、シリはつぶやく。


「儀式が続きましたものね」

エマは慰めるように話す。


ようやく日常生活に戻りホッとしていた。


ーー当分、ドレスは着たくない。


昨夜も、グユウとは交わらなかった。


グユウは23歳。


そのぐらいの歳の青年が女性と同じベットで寝ても、

何も感じないのだろうか。


シリの目から見ても、グユウは淡々としており、性欲のカケラも見当たらない。


シリは軽くため息をつきながら、朝食のために食堂へと向かった。


ワスト領の料理は口に合っていて、食事が毎日の楽しみだった。

特にロク湖で採れる魚料理は絶品だ。


この日の朝食に並んでいたのは、茶色く小さな果実の砂糖煮。

甘酸っぱく、独特の歯触りがたまらない。



「これは何の果物?」

シリの問いにグユウは答えた。


「りんごだ」


「りんご、聞いたことがない名前です」

「・・・小さくて赤い果物だ」


「それはどのように育つのですか」

シリの質問は止まらない。


「木だ。春に花が咲いて秋に実がつく」

「こんな美味しい果物、ミンスタ領では味わえないです」


「そうか」

「どんな所で育っているのですか」


「シリ様!」

矢継ぎ早に質問するシリにエマが鋭く短い注意をした。


あぁ。また質問をしてしまった。


反省すると同時に口を閉じる。



家臣のジムが口を添えた。


「ちょうど、今頃りんごの花が咲いていますね」


「りんごの花?」

「ええ。白くて綺麗な花です」

ジムが微笑みながら答える。


「見てみたい・・・」

シリがつぶやく。


シリのつぶやきに、ジムが苦笑を含ませて答えた。


「ただ、花が咲く場所は山道で、馬車は通れません。馬なら行けますが……」


「馬なら行けるの?」


「ええ。馬なら行けますが・・・」


「じゃあ。行けます。りんごの花を見てみたい」


「シリ様。先ほど話したように馬に乗れないと行けない場所なのです」

ジムが説明をする。


「乗馬は得意です」


シリの発言に食堂は凍りつく。


この時代、女性が馬に乗るのは珍しい時代だった。


どうしても乗る場合は、横向きに座って乗馬をする。


女性が馬に跨るのは、恥ずかしいこととの認識だった。


シリの後ろに立ったエマは冷汗が止まらなかった。


シリが乗馬好きなのは百も承知だ。


けれど、嫁いだら馬は乗らないものだと思い込んでいた。


ーー私の認識が甘かった。


シリ様が乗馬すると知ったらグユウ様は呆れるかしら。


実際、グユウは驚いた表情をしていた。


「グユウさん。りんごの花を見せてください。鞍も鎧もありますから」

シリが無邪気に話す。


「鞍も鎧もあるのか?」

グユウの声は動揺が隠せない。


「ええ。兄上がプレゼントしてくれたのです」


シリの乗馬の腕前をゼンシは高く評価していた。

一般の戦士でも、もらえないような鞍をシリのために作ったのだ。


「ゼンシ様が女性に鞍を?」

今度はジムが驚く。


グユウとジムは目を合わせて頷いた。


「わかった。これから行こう」

グユウが言った。




ジムは馬場に行き、シリの支度が終わるのを待っていた。


家臣のカツイが囁き声で質問をした。


「シリ様が乗馬できるって本当ですか?」

「本当らしい。乗馬ができるらしいが・・・」

「女性が馬に乗るって聞いたことがないです」

カツイは再び囁く。



「ミンスタ領は馬がたくさんいる。乗馬をする女性もいるのでしょう」

ジムは答えた。


馬は財力がないと揃えることもできないし気軽に乗ることもできない。

豊かなミンスタ領ならではの話だ。



「カツイ、シリ様に怪我がないように我々も見張ろう」

「承知しました」


シリが馬場に到着した。




その場にいたグユウ、ジム、カツイはシリの服装に口を開けてしまった。


シリは長い金髪はキリリと一つに縛り、男装をしていた。


女性の服装に興味がないジムでもわかる。


上は婦人服だけど下は乗馬用のキュロットを履いている。


隣にいるエマはハラハラした顔でスカートを握りしめている。


シリの瞳は星のように煌めいていた。


「その格好・・・」

グユウは思わず呟く。


「いつもこの服装で乗馬をしていました」


「ミンスタ領では女性も馬に乗るのか」


「いいえ。乗馬をしていたのは私だけです」


「・・・そうか」


鞍は黒地に金の花模様があしらわれていた。

ゼンシが用意したにしては、装飾的すぎる――そう思ったが、乗りこなす姿を見れば納得がいった。


シリは軽やかに馬に乗り、颯爽と駆け出す。

その姿は、風そのものだった。


平坦な道になるとシリは、馬に鞭を打ちスピードを早めた。


乗馬経験が豊富なグユウとジムは、何とかついて行くことができる。


けれど、カツイはとてもじゃないけれど追いつかない。


遠くなるシリの背中を見つめながら、ジムは思った。


ーーさすがゼンシ様の妹。うまい



シリは久しぶりの乗馬を楽しんでいた。


風が頬を撫で、空気が肺を満たす。

髪が風になびく。自由が胸を満たした。


シリにとって、乗馬は二ヶ月ぶりだった。

挙式前に怪我を避けるため、周囲から止められていた。


もちろん、今日だってエマは乗馬に反対した。


乗馬をしたらグユウ様に嫌われると説明していた。


ーーそもそもグユウさんには好かれていない・・・。


道が狭くなったのでスピードを落とす。

シリの後ろにはグユウがいる。


「グユウ様、乗馬がお上手ですね」

「それほどでもない」


グユウは指を指した。


「あの道の曲がり角にりんごの木がある」


道の曲がり角に着くと、りんごの木がぎっしりと枝をさしかわして立ち並んでいた。

香り高い雪のような花が連なる。



「きれい!!」

シリが目を輝かす。


慌てて馬を停め、りんごの木の下を眺める。


「ミンスタ領にはこんな花はないわ!」

上をむいて絶賛した。


シリはりんごの木の下に座った。


エマがいたら「地面に座るなんて!」と絶叫するだろうな


ここにはエマはいない。

ジムとカツイは、少し遠く離れた所で馬の世話をしていた。



「グユウさん。座りませんか?」

シリは隣の草地をポンポンと叩いた。



無表情のままグユウは頷いて、シリの隣に座る。

見上げると、りんごの花と花の間に薄い青色の空が見える。


「馬の扱いが上手だな」

グユウがポツリと呟く。


「ありがとうございます。ワスト領の馬が良いのですよ」


「いや。乗り手が良いのだ」


その一言で、会話が止まる。


シリはふと呟いた。


「私は男に産まれた方が良かったと思うんです。兄からもそう言われました」


「縫い物やお化粧よりも馬や戦術の方が面白いんです。

エマからそれでは殿方に愛されないって注意されるんです。仕方ないんですけどね」

最後は自傷気味に笑う。



「いや・・・」

隣のグユウは呟き口を閉ざした。



「いや・・・の次は何ですか?」

シリはグユウの目を見て問いかけた。



グユウは露骨にシリから顔をそらす。


避けられる理由が分からず、シリは苛立ちを覚えた。



「そんな風に顔をそむけるなんて。私の格好が変だからですか」



「いや。その・・・すまない。意味は特に・・・」



「何か思うことがあるなら教えてください。理由もわからないまま謝られても困ります」


「いや・・・本当に。・・・わかった」


グユウは言葉に詰まりながら再びシリにむきあった。


「そんなことはない」


「何がですか?」


「そんなことはない。馬に乗る姿も、美しい」


「え・・・?」

その言葉は、不意打ちだった。


ーー美しい?


馬に乗っている姿が美しい?


シリにとって美しいという言葉は、聞き慣れたセリフだった。


社交辞令で挨拶のようなものだった。


ところが、端正な顔をしたグユウが不器用に「美しい」と話すと胸に響くものがあった。


着飾ったドレス姿ではなく、男装のシリを褒めてくれた。


シリの顔がみるみる赤くなるのがわかる。


苛立ちが嘘のように消え、じっと見つめるグユウの視線に耐えられないものを感じて目を伏せてしまった。


続きを読みたいと思って頂いたらブックマークをお願いします。

励みになります。


次回ーー

「グユウさんの目って、黒くて綺麗ですね」

爪先立ちで近づいた瞬間、触れ合った唇。

ぎこちないけれど真剣な口づけが、シリの心を変えていく。



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