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妹の戦略

早朝3時 

レーク城内は争い前の雰囲気に満ちていた。


「行ってくる」

軍服を着たグユウは、淡々とした顔でシリを見下ろした。


「ご武運を」

シリが微笑む。


シリの装いは質素なものだった。


飾り気がない黒色のドレスに赤い帯、金色の髪がろうそくの灯りの中で輝いている。

グユウはその姿に見惚れ、シリの細い指をそっと握った。

シリの手先はひんやりとしていた。


ーー昨夜のシリの覚悟。


その決断を思うと胸が苦しくなる。

グユウが胸を痛めても、シリはその覚悟を翻すことはないだろう。


強いシリの瞳を顔面に感じながら、シリの指を強く握った。


ーーこの争い、負けるわけにはいかない。


「行ってくる」

グユウは、もう一度、自分に言い聞かせるように話した。


午前5時 


レーク城前に多くのミンスタ領の兵が集まっている。

兵の波をかき分けて、ゼンシがゆっくりと白い愛馬に跨って登場した。


余裕に満ちたゼンシの表情は、

目の前にそびえ立つ堀を見て一変した。


「これは・・・!」


事前にスパイから情報を得ていた。


『妙な堀がある』と。


山の傾斜に沿って、四角く区切った堀が5段。


「ゼンシ様・・・」

古参の家臣 ゴロクがゼンシの表情を窺う。


「この堀は・・・」

ゼンシが珍しく呆然としている。


「はい・・・」

事情を知るゴロクも驚きを隠せない。


四角に区切られた堀、8年前、ゼンシが考えた堀だった。


ミンスタ領の地質、そして城の周辺に土地がなかったので断念した堀だった。


城を守るのに最強の堀だと思っていたので、形にできずに悔しかった。


その堀が思い描いていたものより、

はるかに立派に雄大になって目の前に立ちはだかっている。


「この堀は誰が・・・」

ゼンシは目を細めてつぶやき・・・次の瞬間、悔しそうに吐き出した。


「アレが考えたに違いない」

ゼンシは拳を握りしめた。


午前8時


シリは2階の西側の部屋でアオソの繊維を取り出していた。


外からは兵の声や銃声が聞こえる。


「ダメだわ」

ため息をついて椅子から立ち上がった。


「シリ様、帽子を忘れずにかぶってくださいね」

エマはアオソから目を離さず作業を続けた。


部屋から飛び出したシリは、ホールに佇むジムを見つけた。


「ジム。争いの様子を見たいわ」

シリは歩みながら声をかけた。


シリの要望に、ジムは目尻のシワを深めて苦笑いをした。


「本来、私の立場では止めなくてはいけません・・・」


シリはジムが誘惑と戦っているのがわかった。


なので、黙って見つめていた。


「私も見たいので・・・安全を考慮して・・・行きましょうか」


「ええ」

シリは目を輝かせた。


そして、帽子をかぶるのを忘れて城から抜け出した。


元・戦士のジムにとって、城の敷地内の立地は完璧に頭に入っている。


「ここなら安全です」

争いの様子が見える土塁を案内した。


土塁から少し離れた場所にグユウが座っていた。

隣にはオーエンがピッタリと寄り添っている。


近くにいたカツイがシリとジムの存在に気がつき、

グユウに知らせた。


グユウは少し驚いた顔をしたけれど、ジムが隣にいることを確認し、少しだけ目元を緩めた。

オーエンは明らかに苦笑いをしている。


争いの最中に、二人がこんな表情をしているのは余裕の表れだとシリは察した。


土塁から争いの様子を見ると、

ミンスタ領の兵達は堀に苦戦をしていた。


レーク城に侵入するには、大軍はこの堀を通過する必要がある。


重い武具を身につけた兵達は、深い堀に入ると抜け出すことに苦戦していた。


そこに弓矢、鉄砲、投石が直撃する。


強領のミンスタ領に対して、小領ワスト領が奮闘している。


「よし!!」

敵が倒れるたびにシリはガッツポーズをする。


けれど。


ーー嬉しい・・・でも、これは人の命を奪って得た勝利なのよね・・・。


争いは避けた方が良いに決まっている。


けれど・・・守るためにも聖人ではいられない。



「争いを見て・・・喜んでいる」

オーエンが呆れたように呟く。


一般の女性なら目を覆いたくなるような光景だろう。


「シリが考えた堀だ。偵察に来ると思っていた」

グユウの目元は緩んでいた。


午後13時


巨大な堀にミンスタ領の兵は足止めをされて、一向に先に進まない。


ゼンシは、苛立ちは止まらず家臣達に命じた。


「城下町に火をつけろ」

ゼンシが命じた。


「承知しました」

ゴロクが返事をする。


「2年前に城下町に火をつけたらグユウが城から飛び出した」

ゼンシは薄く笑う。


罪なき領民の家を燃やされ、怒り心頭になったグユウは、城から飛び出し、平地で合戦を行った。


結果はもちろん、ミンスタ領の勝利だった。


「平地で争えば我々の勝ちです」

ゴロクがうなづく。


「一刻も早く、グユウを城から出して殺すぞ」

ゼンシの目は怒りに燃えていた。


多くの兵が忌々しい堀で失った。


「ワスト領に長居をするつもりもない。一刻も早く蹴りをつける」

ゼンシの瞳は怒りに満ちていた。


「昼過ぎに城下町に火をつけるように命じます」

ゴロクが請け負った。


ミンスタ領の兵は、休息後に二手に別れることになった。


城攻めと城下町の焼き討ちに兵が分散される。


ゴロクは近くの石に座り、ワスト領の弓矢をじっと眺めていた。


「ものすごい堀だな」

ビルがゴロクに声をかけた。


ゴロクは返事をしなかった。


「ワスト領の領主・・・グユウ殿は戦上手だな。こんな堀を作るなんて・・・」



「堀に兵がはまっている間に上から攻撃される。

ようやく抜け出しても、あり地獄みたいに次の堀にはまる。

堀の枠は狭くて歩きにくい。迷路のような構造にしている」

ゴロクが淡々と話す。


「こんな戦上手の領主がいるのに・・・なぜワスト領は小領なのだ?」

ビルの冷たい緑色の瞳は堀をじっと見つめていた。


「この堀は・・・グユウ殿が考えたものではない」

ゴロクがつぶやいた。


「じゃあ・・・誰だ?」

ビルは怪訝な顔をする。


「ゼンシ様だ」

ゴロクの答えにビルは驚く。


「そんな訳ないだろう。ゼンシ様が考えた堀がワスト領に・・・」

そこまで話して、あっという顔をした。


「まさか妹・・・? 女だろ?」

ビルの瞳が驚きで揺れた。


ゴロクは黙ってうなづいた。


「ただの女ではない。ゼンシ様が考えた堀よりも遥かに良いものを築いた」


ビルはゴロクの回答に何も言えずに佇んだ。


「この争い・・・ゼンシ様とシリ様の争いになる」

ゴロクがつぶやいた。


ブックマークをつけてくれた人達がいました。

ありがとうございます。あと数日で寒波が訪れますが元気満々です。


次回ーー

城下町に火の手が上がる。

だが、領民たちはすでに避難していた――すべてはシリの読み通り。

兄ゼンシの怒号が響く中、妹シリは静かに次の一手を考えていた。


明日の17時20分 街を放火

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