あなたと共に、最期まで
「シリ・・・本当に良いのか」
キヨと別れ、寝室に入るなりグユウが遠慮がちに声をかけた。
生家と争ってから、2人は何度もこの話題を繰り返している。
「グユウさん・・・何故言ってくれないのですか」
シリは強い眼差しで、グユウを見つめる。
「何を・・・」
「私はあなたの妻です。オレのそばにいてくれと言ってください」
シリはグユウに迫る。
「シリ・・・それはできない」
グユウは苦しそうな顔をする。
「どうして?」
「それは・・・シリのことを守りたい。
オレのそばで命を散らすのは・・・惜しい。勿体無いと思っている」
グユウは苦しそうに話す。
「グユウさん。大事な事はひとりで決めるな・・・と昨日仰っていましたね」
「あぁ」
「グユウさん・・・私はあなたと最後まで一緒にいます」
シリはグユウの瞳を見つめた。
言い終えた瞬間、軽く息を吐いた。
緊張のせいか、少しだけ胸が苦しい。
けれど、顔には出さない。
「シリ・・それは・・・」
城の目の前に、陣を張られた時からグユウは覚悟をしていた。
ーー終わりの時が迫っていることを。
それにシリを付き合わせるつもりは毛頭ない。
「良いでしょうか」
シリが迫ると、グユウは辛そうな顔をする。
「聞かなくても決めていますが・・・良いと言ってほしいです」
「シリ・・・。オレは未熟な領主だ。明日から争いが始まる。
妊娠しているシリに・・・悲しい選択をさせてしまう男だ。
オレはお前に相応しい男ではない」
「相応しいか、相応しくないかは私が決めます」
シリがグユウを見つめた。
グユウは初めてシリと結ばれた夜のことを思い出した。
『オレと一緒にいても楽しくないだろう』
グユウが突き放すように話した事がある。
それに対して、シリが答えた言葉は・・・
『楽しいか、楽しくないかは私が決めることです』
ーーあの時とまるで一緒だ。
結婚して4年。
色々あって共に過ごし、色々あって子供もいるのに、この自信のなさ!
我ながら情けなくなるが、そんな自分をシリは好んでくれている。
覚悟を決めたシリに何を言っても敵わない。
「シリ・・・オレのそばにいてくれるか・・・?」
グユウは、自信がなく問うような瞳でシリを見下ろした。
「はい」
シリは嬉しそうに微笑んだ。
輝くような笑顔がまぶしく感じ、目を細めた。
「オレは・・・国中で一番の幸せ者だ」
ぎこちなくシリの腰に手をまわす。
「その意気です」
見下ろすグユウの瞳を見て、シリは満足げにうなづいた。
「・・・もちろん、この争いで死ぬつもりはないです。備えは万全にしました。
ただ・・・私の覚悟を知って欲しいだけ」
シリが熱っぽくグユウを見つめ返す。
ーーきっと、一生敵わない。
微笑むシリを見つめて、グユウはふっと息を吐いて目元を緩めた。
グユウのわずかな顔の表情の変化を、シリは見逃さなかった。
シリは手を伸ばして、グユウの前髪をかきあげる。
手を伸ばして、グユウの前髪をかきあげたとき、ほんのわずかに指先が震えた。
それでも、シリは微笑みながら、戸惑うグユウの額にそっと唇を落とした。
柔らかくて優しい唇は、まぶたに、鼻に、頬に落ちていく。
グユウはふと、シリの肩の上がり具合に気づいた。
息が少し上がっているようだ。
ーー今のシリの体調を考えると抱けない。
けれど・・・
「口づけをしてもいいか」
グユウは静かに聞いた。
シリは声も出せずに少しだけうなづいて、唇に落ちていくそれを受け止めた。
軽く触れ合った唇は薄くて少し乾いていた。
唇を離した後、シリは笑った。
ーーおかしいことは何もないけれど。
明日、争いが始まってしまうけれど。
ひたすら笑った。
困ったような顔をしていたグユウも、少しだけ迷った後にぎこちなく目尻を下げた。
◇◇
「ゼンシ様・・・申し訳ありません。シリ様の救出は・・・できませんでした」
キヨは顔を上げられない。
キヨの報告に、ミンスタ領の家臣達の空気は冷たくなった。
シリの救出失敗は、ゼンシの機嫌を著しく損ねる。
「アレは何と話した。言ってみよ」
ゼンシの青い瞳は沸々と怒りが湧いているように見えた。
その声は瞳と裏腹に氷のように冷たい。
「あのときのシリ様は・・・まるで別人のようでした。
迷いも恐れもなく、ただ・・・ただ、強かった」
キヨは途切れ途切れに言葉を伝える。
「お話ししたところ、『私はグユウ殿の妻なので、この城を出るつもりはない』と・・・
静かに、でも、決して覆せないほどの決意を持って、そう仰いました」
真夏とはいえ、キヨの身体は汗だくだ。
ゼンシは恐ろしい形相でキヨを睨む。
次の一言を伝えるのに、キヨは勇気をふりしぼった。
「シリ様は・・・グユウ殿に殉じる覚悟です」
その瞬間、ゼンシは手に持ったカップをキヨに投げつけた。
「それは本当か!!」
キヨの肩にカップは当たり、ガチャンと壊れた音がした。
「はい。シリ様のお覚悟・・・凄まじいです」
キヨが必死の顔でゼンシに伝える。
「アレは頑固だ」
紅茶にまみれたキヨを見て、ゼンシはため息をつく。
「ゼンシ様・・・。シリ様の意思は揺らぎませんが・・・
今後、グユウ殿に揺さぶりをかけます」
キヨが提案をした。
「グユウに・・・そうか。そのほうが・・・」
ゼンシの脳裏に義理の弟 グユウの顔を浮かんだ。
ーー自分と同じように・・・それ以上にシリを大事に想っているグユウ。
寡黙だか誠実な男だ。
グユウはシリを死なせようとは思わないだろう。
「キヨ。その策で行け。励め」
ゼンシはそう言い放った。
一連のゼンシの言動にビルはため息をつく。
ーー何をこんなに時間をかけているのだろう。
普段のゼンシは宿敵を次々撃破し、領土統一に邁進している。
刃向かうものは根絶やしの猛烈さだ。
ゼンシは目的のために伯母、弟、妻の兄、家臣たちを殺した。
そのゼンシが妹一人のために、何を躊躇しているのだろうか。
「ゼンシ様、レーク城を攻めるには・・・焼き討ちはいかがでしょうか」
リャク領のように城を囲むように火を放つ方法を提案した。
「それはならん。レーク城にアレがいる」
ゼンシは答える。
ゼンシだけではなく、他の家臣達も口々に反対をする。
ーーまた妹か・・・。
ビルはうんざりしたような顔をした。
「レーク城は広大な山城なので・・・兵は囲みきれない」
ゴロクが口を挟む。
レーク城に辿り着くには、細長い道を辿る必要がある。
大軍で押し寄せても攻めにくい城だ。
「まずは・・・明日は城攻めをして弱らせる。
それから城下町を燃やし、ワスト領の兵を城外に誘き寄せる。そこから野外戦だ」
ゼンシの瞳に鋭い光が滲んだ。
ビルはため息をついた。
領土のためなら家族さえ手にかけてきたこの男が、たった一人の妹だけには甘い。
ーーいや、違う。
妹一人を失う覚悟すら、持てぬ男だ――その弱さを、ゼンシ自身が一番恐れているのだ。
良い週末をお過ごしください。
次回ーー
夜明け前、グユウは「行ってくる」とだけ告げた。
そして、ついに始まった決戦――。
兄ゼンシと妹シリ、二人の知略が堀を挟んでぶつかり合う
明日の17時20分 この争い 兄と妹の争い
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