表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/227

戦うなんて言わないでくれ――グユウの心の内

シリの手が、キッパリと宙を切った。


「それは絶対に嫌。グユウさんとジムも同席して」


その声を聞いたとき、胸の奥がじんわりと熱くなった。


いつも、シリは戦うように、毅然としている。


オレのような男にも、寄りかからず、自分の足で立っている。


ホールへ向かう道すがら、静かに息を整える。

シリの横顔は相変わらず美しい、だがその奥には、緊張が張り詰めていた。



部屋に入ると、キヨが嬉々とした顔で椅子に座っていた。

まるで恋人を待つ少年のように、期待に満ちた目だった。


だが、その目がオレとシリを認めた瞬間、キヨの顔がわずかに歪んだ。


――その落胆は隠しようもなかった。


期待していたのは、シリ一人。

そして落胆したのは、オレが隣にいたから。


その一瞬の表情に、交渉の場に立つ使者の顔はなかった。

そこにいたのは、ただの男だった。


欲しいものを手に入れられない男の、打ちひしがれた顔。

それでも無理に笑みを戻し、芝居を続けようとするところが、また不気味だった。


キヨが顔を上げる。あの目つき。

言葉の端々に滲む執着に、背筋がこわばる。


シリに向けられるその視線は、敬意とは異なる。

まるで、手に入らないものを前にした子供のような、あるいは・・・獲物を狙う捕食者のような。


キヨの目が、シリの全身をなめるように這っていた。

その視線は、言葉こそ丁寧でも、礼儀を忘れた獣のようだった。


瞳、唇、首元、そして――

グユウは、次に視線が向かう先を見なくても分かった。


まるで目だけで愛撫しているようなその目つきに、胸の奥がざわついた。

苛立ちというより、怒りに近いものが静かに体内で膨らんでいく。


それでも、顔には出さない。

だが、剣に手を添えたくなる衝動を抑えるのに、少しだけ時間がかかった。



「シリ様・・・お久しぶりでございます。今日もお美しい・・・」


その口ぶりに、オレの胸にわずかに怒気が宿る。

シリの表情は鋭く、キヨの言葉をまったく受け入れていない。


だが、それがかえってキヨを喜ばせているように見えた。


ーー歪んでいる。


シリの毅然とした態度は見事だった。


ゼンシの名前が出た時も、タダシの名が告げられたときも、心が揺れてもなお、崩れない。


オレがその場にいなければ、キヨの言葉は、彼女をもっと傷つけたかもしれない。


ただそれだけの理由で、ここに立っている価値があった。



「私の覚悟は決まっています」


その声に、グユウは確かに心を揺らされた。

一瞬、胸が冷たくなる。


――まさか、ダメだ。やめてくれ。


オレとともに、戦い、滅びることをしなくてもいい。


ーーそんなのは、駄目だ。


そう思っても、言葉にできなかった。


シリの決意はあまりに強く、美しく、圧倒的で。


ただ、飲み込まれるように見つめるしかなかった。


キヨの顔が悔しげに歪む。


シリの答えが、彼にとって決定的な拒絶になったのだろう。


会議は終えた。


立ち上がるシリの背に、キヨの声が追う。


「また伺います」



キヨが門を出たあと、シリは静かに寝室へと歩き出した。

その背を見つめながら、グユウは足を止めて、一呼吸置いた。


ーー逃げてほしい。


その一言が言えないのは、未練じゃない。


欲でもない。


ただ、惜しいと思ってしまうのだ。


この人が命を落とすことが、惜しい。

強く、賢く、美しく、優しい人を、自分の戦で巻き込むことが。


そう思うと、いつも言葉が喉につかえてしまう。


けれど今夜は・・・


戦の直前のこの夜だけは、せめて・・・何か、言わなければならない気がした。


寝室の扉に手をかけて、静かに中へ入る。

追加で書いたスピンオフです。よかったらご覧ください。

次回ーー

次回ーー


戦の前夜、シリは「あなたの妻です」と言い切った。

グユウはその覚悟を受け止め、ただ「そばにいてくれるか」と問う。

そして翌朝――ゼンシがついに、レーク城を攻める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ