表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/227

生んではいけない子

気がついたらベットに寝かされていた。


目を開けると、不安そうな顔で見つめているグユウとエマの顔が見えた。


「私・・・」

シリは力のない声を出す。


「倒れたんです」

エマは安心したせいか泣き出した。


シリは寝ながら目を動かす。


医務室のベットで寝ているらしい。


慌ててベットから起きあがろうとしたけれど、再びめまいを感じて、シリの頭は枕につけた。


「シリ。どうした」

グユウはシリの顔をじっと見つめる。


医師もエマも体調不良の原因を伝えない。


シリに命じられたからだった。


ーーもう隠しきれない・・・。


シリは唇をギュッと噛んだ。

つわりの反応が表に出てしまう自分の身体が恨めしかった。


「エマ、部屋から出てもらえる?」

シリが頼んだ。


エマは真っ赤な目で部屋から出ていった。


「忙しい時にすみません」

シリは謝罪の言葉を口にした。


ーー明日にはゼンシが攻めてくるかもしれない。

こんな大変な時に倒れてしまった。


「シリ・・・どうした?」

グユウは薄々と状況を把握していた。


3年前に似たようなことがあったからだ。


シリはベットから起き上がった。


「無理するな」

グユウが声をかける。


「大丈夫です」

シリの声に少し強さが戻った。



シリは一度、目を閉じて深く息を吸い込んだ。

息を整える間に、震えそうになる唇を噛みしめる。

そして、あえて目を合わせずに言った。


「グユウさん、お腹に・・・子がいます。妊娠しました」



驚いたようなグユウの雰囲気が伝わる。


グユウが何かを言いかけようとした瞬間、シリが先に話す。


「この子は流します」

シリの眼差しは本気だった。


「シリ・・・何を言っている。本気か」

グユウの顔は真っ青になった。


「ええ。グユウさんもわかっていますよね。この戦況を」

シリはゆっくりと答える。


確かにそうだ。

城の目の前に陣を張られた。

ミンスタ領の大軍が攻めてくる。

ワスト領は風前の灯火だ。

強固なレーク城とはいえ、いつ敵が侵入してくるかわからない。


「この状況では妊娠していられません」


「シリ・・・オレは・・・」

グユウは何かを言いたくて仕方がない顔をしている。


「この子は生んではいけない子です。もし・・・男の子だったら殺されます」

シリの言葉尻は震えていた。


平和だった頃、シリは男の子を欲しがっていた。

ウイを宿した時は有頂天になっていた。


それが今では・・・。


ーー生まれてくるのは女の子かもしれない。


そんな甘いことは迂闊に言えなかった。


「医師に頼んでいます。子を流す薬を」

シリは淡々と説明をした。


「シリ、オレは・・・」


ーー産んでほしい。


その先のセリフをグユウは言えなかった。


シリが例の強い眼差しでグユウを見つめた。


ーーまた、あの瞳だ。


負けない、曲げない、強い意志を帯びた瞳。


グユウは決意したシリの強さと頑固さを知っている。


思うことを何でも口にして、頑なだったグユウとの距離を縮めたシリ。


命の危険があるから、逃げるように手配をしたのに、

“グユウと一緒に過ごす“と決断したシリ。


ゼンシにむかってナイフを突きつけたシリ。


皆の反対を押し切り、丸腰で敵地に乗り込んで離婚協議をしたシリ。


シリの意思を変えることは到底無理だ。


グユウはベットの腰をかけ、シリの手にそっと触れた。

剣技で硬い手の平をシリの滑らかな・・・少し荒れた手の甲を撫でる。


「シリ・・・お前は強い」

グユウはシリの青い瞳を見つめる。


その青い瞳は揺るぎない決意に秘めていた。


「大事なことは1人で決めないでくれ」


ぴくりとシリの手が震えた。


「そんなにオレは・・・頼りないか」

グユウは辛そうに視線を落とした。


「そんなことないです」

シリはかすれた声で必死にグユウを見つめる。


「忙しい時に・・・こんな事になって・・・負担をかけたくないと思ったのです」

途切れ、途切れにシリは伝える。

一気に話すと涙が出そうになるからだ。


「お腹の子は・・・シリだけではなくオレの子でもある」

グユウは静かに話した。


シリが顔を上げると、深い黒色をした瞳が見えた。

その瞳は・・・労りと悲しさで揺れていた。


「決めたことはいえ怖いだろう。すまない」


その言葉にシリの瞳が苦しそうに揺らいでいく。


「・・・ごめんなさい」


抑えていた声が震え、堰を切ったように涙がこぼれた。

感情を閉じ込めていた心の蓋が、ついに壊れた。


「・・・シリを幸せしたいと思っているのに、どうしてこんな選択をさせてしまうのだろう・・・」

グユウは自分を呪うように、低くつぶやいた。


グユウは黙って拳を握り締めていた。

どこにもぶつけられない怒りが、その手のひらの中に渦を巻いていた。

ほんのわずかに震える肩を、シリは見逃さなかった。


グユウの言葉にシリは頭を振る。


ーーグユウは優しい。

いつもシリの意志を尊重してくれるし、寡黙で無表情だけど大事にしてもらっている。


ーー本当は産みたい。


グユウとの子供を産みたい。


けれど・・・この子が生まれたら…殺されるかもしれない。


シリは子供のように声を出して泣いた。


シリの涙を見るたびに、胸の奥を針で刺されたような痛みが走る。


何度も守ると誓ってきたのに、結局、彼女はいつも一人で決断してしまう。


ーーその孤独すら、守れなかったのだ。


グユウは何も言わずに、シリを抱きしめていた。



シリとグユウは気が付かなかったが、

医務室の隠し小部屋で、息をひそめて話を聞いている者達がいた。


父親に似た黒い瞳と母親に似た青い瞳を持つ子供、シンとユウだった。


二人は城内でかくれんぼをしていた。


身を隠すのに隠し小部屋ほど良いものはない。


困った顔をしながら、二人を探すシュリの顔を見るのも楽しい。


そして、様々な大人の姿を見るのは楽しかった。


侍女達の噂話をたくさん聞いた。

仕事中の父の顔を見るのも好きだった。

女中達がお茶の支度をしている姿を眺めるのも素敵だ。


今日は、誰もいないはずの医務室に身を潜めていた。


しばらくすると慌ただしい足音が聞こえた。


耳を澄ますと、母が倒れて運ばれたことを知った。


「ははう・・・」

シンが言いかけようとしたら、ユウの手が唇を塞いだ。


ーーこんな所に隠れている事を知られたら叱られる。


父と母は深刻な顔をして話をしていた。


普段は気丈な母が泣いている。


大人だから・・・泣かないと思っていた。


父は泣いてないけれど、見たことがないほど辛い顔をしている。


二人は黙って顔を見合わせた。


シンが出ようと合図をした。


隠し小部屋から出た二人は無言で廊下を歩いた。


両親に何か…悲しいことがあったみたいだ。


乳母のヨシノが2人を見つけて声をかけた。


「どこにいたのですか?シュリが探していましたよ」

優しい声だった。


「ヨシノ、お腹に子供は入るの?」

シンは真面目な顔で質問した。


「ええ。そうですよ。どの人もお母さんのお腹にいたんですよ」

ヨシノは微笑んだ。


シンとユウは顔を合わせた。


ーー母のお腹に子供がいることは・・・何となくわかった。


「ヨシノ、子を流すって、何?」


シンの不安げな声に、ヨシノの心が一瞬、凍りついた。


どう答えるべきか——。


ーーなんでそんな言葉を・・・どこで聞いたの・・・


言葉を選ばなければ、幼い心を傷つけてしまう。


けれど、曖昧に濁せば、この子たちは納得しない。


特にユウには、嘘やごまかしは通じない。



ーー私は、母親でも医師でもない。ただの乳母なのに。


心の中で助けを求めるようにシリの顔を思い浮かべたが、言葉は待ってくれなかった。


「父上と母上が話していたの」

ユウが澄んだ声で話した。


「ヨシノ、生んではいけない子って何?」

ユウは独特な眼差しでヨシノを見つめた。


ヨシノは、ユウの瞳から目を離すことができなかった。


幼い頃から、このユウの眼差しにゾクッとしたものだった。


全てを見透かすような強い眼差し。


子供騙しの曖昧な返答をしたら、見透かされるような気がして、

立ちすくんでしまった。


困惑しているヨシノを、見つめながらユウが一歩近づく。


「ヨシノ、教えてほしいの」



次回ーー


青いトマトをかじりながら、シリは迫る戦を見つめていた。

ゼンシの軍がついにワスト領へ侵入し、レーク城の目前に陣を張る。

そして使者キヨが現れ、戦と愛の狭間で揺れる選択を迫る――。



続きが気になった人はブックマークをお願いします。

明日の17時20分 備えはしたわ。あとは戦うだけ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ