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夫には秘密にして・・・


レーク城が守備を固める一方、キヨは砦の周辺の土木作業を始めた。


そこに堀や土塁を作っていくのだろう。


これ以上、領土を取られることに危機感を抱いたワスト領は、

日々、小競り合いを続けていた。


だがある日——。


レーク城の目の前に、キヨの軍が陣を張った。



シリが「ここの景色が一番好き」と呟いた、ロク湖手前の丘に、

鮮やかな黄色の旗が翻っていた。


馬場からは、木々の間から兵の動きが見えた。


それを見て、ヒュッと短く息をのんだシリは、その場にへたりと座り込んだ。


レーク城の山裾と陣の山裾の間には300メートルほどの平地があるだけだ。

陣はほんの目と鼻の先にある。


端と端に立てば、お互いの姿形が見えるだろう。


この状況は、喉元に刃を突きつけられたようなものだった。


ーーワスト領の終わりが近い。


その現実を突きつけられたような気がした。


エマが慌てて座り込んだシリを支えた。


今までジワリジワリと、ワスト領を追い詰めていたキヨが迫ってきている。


「ここを取られてはならないわ」

まるで何度も言えば、取られずにすむかのようにシリは必死に繰り返した。


けれども、どうしたら陣を取られずにすむか。


シリにはわからなかった。


「兄が・・・いよいよ兄が攻めてくるわ」

真っ青な顔でシリはつぶやく。


「シリ様・・・」

エマが確信をこめて質問をする。


最近のシリは体調が悪かった。

疲れた様子で椅子に座り、横になる日も多く、

食欲がない。


「妊娠していませんか」

エマはシリの顔をじっと見つめた。


「・・・ウイを出産してから月のものは来てないわ」

シリは青白い顔をして答えた。


そのウイは2歳になった。


争いに次ぐ争いの中、シリは子供を欲しいと思う気持ちが薄れていた。


妃の大きな仕事は子作りだった。


それすら、忘れかけている状況だった。


「・・・とは言え、子を授かることはされてますよね」

エマは眉毛ひとつ変えずに質問してきた。


シリは黙ってうなずいた。


「グユウ様は重臣会議をしているはず」

エマはテキパキと話し始めた。


「今のうちに医者に診せましょう」


シリは黙って従った。



診察の結果は明確だった。


「おめでとうございます。妊娠しております」


医師の静かな報告に、シリの顔から一層色が消えた。


——ひょっとして、とは思っていた。けれど、まさか。


シリが黙っている中、医師は話し続ける。


「月のものがないので・・・正確ではないでしょうが・・・ご出産は春頃だと思われます」


シリは手をギュッと白くなるほど握りしめた。


「この子は・・・産みません」

静かに言葉を落とした。


医師もエマも驚いて顔を上げた。


「子を流す薬はありますか」

シリは落ち着いているように見えた。


「今は・・・手元にありません」

医師はソワソワと落ち着かない。


無理もない。

妃から堕胎の薬を求められている。


「それは・・・いつ頃入手できます?」


「ミヤビから取り寄せるので・・・およそ半月ほど」

医師はしどろもどろに答える。


「わかりました。薬が入り次第、連絡をください」


「この件は内密にお願いします」

エマが血相を変えてお願いをした。


医師が立ち去った後に、エマはシリにすがりついた。


「シリ様、どうして」


ーーどうして、子供を流すのか。


それを聞いたとしても答えはわかっていた。

この戦況では無邪気に祝福の言葉は言えない。

それでも、愛おしいシリが苦しい選択をする事に胸が張り裂けそうになる。


「この子を産んだとしても、いずれ殺されるわ。戦の中で。

だったら・・・せめて・・・私の責任で、私の手で」


その言葉の重みに、エマは返す言葉を失った。


「シリ様・・・」

エマの声は震えていた。


「この件は内密にして。グユウさんにも」

シリは鋭い目でエマに頼んだ。


こんな時、シリは何を言っても無駄だった。


決意をしたのだ。


外野が何を言っても、決められたことをやり抜くだろう。


「わかりました」

エマは何か言いたげだったが唇を噛み締めた。


◇◇


その日の夕刻。


シリは馬場に立ち、チク島と・・・その前の丘にあるキヨの陣を見つめた。


ーーこんな時に・・・どうしよう。


湖から穏やかな風が吹き、シリの顔と髪を優しく撫でる。


産まないと決めたはずなのに。


無意識にお腹に手を当ててしまう。


「ここにいたのか」

後ろから声をかけられた。


驚いて振り向くとグユウが立っていた。


「グユウさん・・・」


少し影を帯びたグユウの顔を見ると泣そうになる。


シリの憂いを帯びた表情を見て、グユウは切なさそうな表情をした。


「シリ・・・こんな状況になってすまない」

優しくシリの肩を引き寄せる。


ーー辛いのは陣の事でははないの。別のことで辛いの。


シリは、そう言いたくて仕方がなかった。


でも、それは言えない。


グユウは優しい人だ。


シリの選択を知ったら、自分の責任にして責めるだろう。


もうすぐ争いが始まる。


領主は様々な決断を下していく。


ーーグユウの心をこれ以上乱してはいけない。


シリはグユウの胸に顔を擦り寄せた。


「グユウさん ずっとそばにいます」

それを伝えるのが精一杯だった。


「あぁ」

グユウも色々伝えたいことがあったけれど言葉にできない。

その代わり、シリをそっと抱きしめた。


◇◇


ミンスタ領 シュドリー城


「キヨがレーク城の目の前に陣をとった!」

ゼンシが興奮して羊皮紙を握りしめた。


そばにいた重臣達は驚きでざわめいた。


「キヨ、でかした!戦闘の準備が整い次第、出陣をするぞ」

興奮が泉のように湧いてくる。

ゼンシは声高く指示をした。


争いにむけて高揚している中、冷静に意見を述べる家臣がいた。


「ワスト領は小領です。それよりも、カイ領に不穏な動きが——」


「ビル、うるさい。今度こそシリを取り戻す」


釣り上がったゼンシの目に、狂気すら宿っていた。


「・・・承知」


側近のビルは静かに頭を下げたが、その胸にはため息が渦巻いていた。


ーーあの妹になると、ゼンシ様は見境がなくなる。


少し呆れたような表情を必死で隠した。


「ゴロク、この争いにタダシを連れていく」

ゼンシが命じた。


「承知しました。タダシ様は初陣でございますね」

ゴロクは頭を下げた。


タダシ、ゼンシの長男だった。


「あぁ。17歳、初陣を飾るのに相応しい年頃だ」

ゼンシは目を細めた。


ゼンシの子供は二十人以上いた。


タダシはゼンシの長男だった。


ゼンシの後継候補は三人の男の子に絞られていたが、

タダシが一番有能で、後継として教育をしっかりと施されていた。


ゴロクから初陣の報告を聞いても、タダシの表情は冴えなかった。


「シリ姉のところに攻めに行くのか」

モザ家の特徴である、黄金色の髪の毛に青い瞳を持つ少年はつぶやいた。


その声には、名誉も興奮もなかった。


彼にとって、シリは姉であり、母のような存在でもあった。

七歳年上の彼女に、絵本を読んでもらったことも、

乗馬の手ほどきを受けたことも、昨日のことのように思い出せた。


責めるのがシリが暮らす城だ。


だからこそ、誇らしいはずの初陣が、これほどまでに重くのしかかる。


「・・・それでも、争いは始まるんだな」


誰に聞かせるでもなく、タダシは呟いた。

そして、その手で剣を磨きはじめた。



雪疲れに見舞われています…


次回ーー


争いの前夜、ワスト領に冷たい雨が降る。

妊娠を隠したまま働き続けるシリは、森で倒れてしまう。

駆けつけたのは、オーエン――そして、グユウだった。


続きが気になった方はブックマークをお願いします。

明日の17時20分 隠し通せるはずもない

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