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刺繍の贈り物と、ほどける月夜

「グユウさん、とても似合うわ」

シリの澄んだ声が寝室に響く。


グユウはアオソで作られたシャツに初めて袖を通した。


黄みを帯びた薄い茶色のシャツは、彼の白い肌、漆黒の髪と瞳によく映える。


腕まくりをした逞しい腕には血管が浮かび上がり、シリは思わず頬を染めた。


「すごく着心地が良いのだな」

シャリッとした布の感触に、グユウは感心したように腕を動かす。


「ええ。アオソの布は夏に最適な生地のようですよ」


「・・・重臣たちにもシャツをあつらえたい」

グユウがつぶやく。


「良い考えですね。特産品が良い物だと肌で感じるでしょう。

仕立て屋に頼んで採寸して作ってもらいましょう」

シリが微笑んだ。



開け放った寝室の窓からは、カエルの甘い声と虫の音色が溶け合い、

えも言われぬ美しい夜の音が流れ込んでいた。


「実物のカエルは気持ち悪いけれど、カエルの声は良いわ・・・」

シリが幸せそうにため息をついた。


シリが窓辺のソファーにもたれながら、ふわりと笑った。


その横に座るグユウの手が、そっと小さな包みを差し出す。


「これを」


「私に・・・?」


グユウの瞳は凪のように感情を隠していた。


不安なときにそうなるのを、シリは知っている。


包みを開けると、濃紺のしっかりとした布地が現れた。


「・・・乗馬服だわ!」


シリが目を輝かせて声を上げる。


キュロットの形だ。


「嬉しいです。ありがとうございます」


その瞳を見て、グユウは心底ほっとしたように息をついた。


女性の贈答品に男服なんて聞いたことがなかった。


城下町の仕立て屋が男だったのが幸いだった。

しどろもどろにグユウが要望を伝えると、察しが良い仕立て屋は、その気持ちを汲んでくれた。


「その・・・ドレスよりも喜ぶと思った」

どこか恥ずかしそうにグユウが口をつぐむ。


そのキュロットの裾には、小さなりんごの花の刺繍が施されていた。


「すごい・・・。キュロットに、りんごの花の刺繍・・・」


指で刺繍をなぞりながら、シリはゆっくりと呟いた。


「こんな贈り物をいただけるのは、国中で私だけです。本当にありがとうございます」


シリが微笑むと、グユウは眩しそうに彼女を見つめ、そのまま少し強引に抱きしめた。


少し汗ばんだ首筋から、ほんのり甘い香りが立ちのぼる。


「あの・・・ちょっと」


戸惑ったようにシリが身を硬くする。


「急に困ります・・・」


困惑を押し隠すような小さな声。


その耳元に唇を寄せて名を呼ぶと、シリはくすぐったそうに身をよじった。


その動きに誘われるように、グユウは彼女をそっと抱き込み、無我夢中で唇を重ねた。



ほの明るい月明かりの元、ベットに横たわるシリは眠ったように深い呼吸を繰り返していた。


その頬を撫で、乱れた髪を梳き、額に唇を落とす。


グユウは身をよじるシリを抱き寄せ、首筋に顔を埋め、足を絡める。


やがて、シリの瞳がゆっくりと開いた。


ぼうっとグユウを見つめ、焦点がゆっくりと戻ってくる。


「私・・・」

思うように口が動かないのか、弱々しい声が唇から漏れる。


「・・・無理をさせた」

そっとシリの髪を撫でながら、グユウは呟いた


◇◇


翌朝、シリはロク湖に浮かぶチク島へ行くため乗馬服を着てみた。


この時代、キュロットを着る女性はいなかった。

世間一般の常識から見ると、シリの服装は女性らしくなかった。


けれど、絨毯を敷きつめた古い階段を降り、

ホールに立ったシリの姿は、とても女性らしく魅力的だった。


長い金髪をキリリと一つに縛り、ほっそりしたシリに紺色の乗馬服は似合っていた。


ドレスが似合う女性はたくさんいるが、乗馬服が似合う女性はいない。


見守る家臣達は、言葉にならないため息をついた。


次回ーー

国王とゼンシの蜜月が終わろうとしていた。

その頃、シリは体調を崩し、「船酔い」と笑う。

だが、その頬には――かすかな熱が宿っていた。

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