表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/227

殺したいほど憎い人が、あなたに似ていた

「今年もキレイね」

シリが微笑みながらりんごの花々を見つめた。


シリとグユウは、満開のりんごの木の下にいた。


りんごの木がぎっしりと枝をさしかわして立ち並んでいた。

香り高い雪のような花が連なる。


美しい景色の中、グユウは浮かない表情をしていた。


キヨに南、南東、そして西の砦を落とされてしまったからだ。


「オレは領主として未熟だ・・・」

グユウは深いため息をついた。


西の砦はレーク城の近くの砦だ。


領土が奪われ、領民からの税収が減り、じわじわと追い詰められている。


もちろん、この状況を止めるべく、ワスト領とキヨは

何度か小競り合いをしている。


「キヨは嫌いですが・・・ああいう領土の取り方があるのですね」

シリが悔しそうに話した。


「武力を使わず人の心を掴む。キヨ殿の素晴らしい才能だ」

グユウの白い頬に長いまつ毛の影が見えた。


「グユウさん、私達も素晴らしい堀を作ってます。諦めずに頑張りましょう」

シリが励ますように声をかけた。


ワスト領の城の麓には、シリが考案した堀が着々と作られていた。


りんごの花びらがくるくると舞いながら降ってくる。


「昨年の今頃は・・・戦費がなかったです。今は・・・違いますね」

真っ白なりんごの花を背景にシリが微笑む。


昨年の今頃は財政難だった。

わずか1年でワスト領は収入が大きく増えた。


収入が増えたのは、城内で作っている軟膏と布の生産だった。


春の到来と共に、再びカイ領が大量に軟膏を注文してくれた。


「ゲンブ様は他の領主にも軟膏を勧めてくれている」

グユウの表情は少し柔らかくなった。


「影響力がある領主だわ。一度お逢いしてみたい」


「そうだな」


「軟膏だけではないわ。布も売れて良かったわ」


「あぁ」


昨年の夏にアオソを摘み、冬の間に布にしたアオソ布は、

商人 ソウの手に渡りミヤビで販売した。


これは大きな収入になった。


「軟膏や布がなかったらワスト領は窮地に陥っていた。シリのお陰だ」

グユウは感謝を込めてシリの頬に触れた。


陽の光がつややかなシリの髪にきらめき、瞳は星のように輝いているように見えた。


グユウは惚れ惚れとシリを見つめた。


その視線を感じシリは、顔が赤らむのが自分でもわかった。


「・・・シリに相応しい領主になりたい」

グユウは胸に秘めていた想いを口にした。


「グユウさん、どうして?」


「オレと結婚したことで・・・シリは働きづめだ。もっと楽をさせたい。

もっと豊かな暮らしをさせたい・・・いつも思っている」

グユウは悲しげに話した。


「グユウさんと結婚して私は幸せです」

シリは一つ二つ納得させる動作とともに言った。


「・・・私も思っていることがあります」

シリは真面目な顔でグユウに近づく。


「なんだ。言ってみろ」

シリが近づくと誘うような甘い匂いがする。


シリは何か言おうとしてためらう。


思ったことを何でも口にするシリが躊躇している。


「どうした」

グユウが再び聞くので、勇気を出して口にした。


「ユウのことですが・・・」


「ユウがどうした」


「ユウの父親は・・・」


ーーグユウではない。

ゼンシだ。


そう言おうとした瞬間、


「シリ。それはわかっている。言葉にしなくていい」

グユウは静かに話した。


「でも・・・」


「おまえが命を懸けて産んだ子なら、それだけで・・・もう、十分だ」


グユウは何か言いたげなシリの瞳を見つめた。


「シリが産めばオレの子だ」

グユウは静かに話す。


二人の間に静かな沈黙が流れた。


「グユウさんは平気なのですか? 憎い相手じゃないですか」

シリの声は緊張で震えた。


「シリを苦しめたゼンシが憎い」

グユウは憎々しい口調で吐き捨てた。


穏やかなグユウが、強い感情を露わにするのは本当に珍しい。


「グユウさん・・・」


「殺したいほど憎いのに・・・憎みきれない」

グユウは長いため息を吐く。


「どうして?」

こんな時もシリは質問をしてしまう。


「シリと・・・似ているからだ」

グユウはあえて名前を口にしなかった。


けれど、口にしなくてもわかる。


ーーシリとゼンシは似ている。


惚れ抜いている妻と、殺したいと思っている義兄。

この2人が似ていることは何とも皮肉な事だった。


グユウの性格としては、愛情を言葉や顔に表すことができなかった。


しかし、外に表さないだけに、いっそう深く強く、

目の前のほっそりとした青色の瞳の妻を大事に想っていた。


そして、その想いは瞳に反映していた。


「ゼンシがいなければシリに出逢うこともなかった」

グユウは激情を逃すようにふっと息を吐いて、シリを愛おしげに見つめた。



結婚してからの4年間は平穏な時が少なかった。

シリが初めて産んだ子は殺したいほど憎い男が父親だった。


2人目の子供が産まれた時に争いが始まり、

何度も別れを選択する機会があった。


こうして、じわじわと領土が削られている今も、聡明で美しいシリがそばにいる。



「オレは・・・この4年間、ずっと幸せだ」


微笑むグユウに、シリは小さく震えながら抱きついた。


りんごの花びらがふたりの間に舞い落ち、シリの髪にそっと絡む。


グユウはその髪をそっと手で払うと、唇を落とした。


かすかに甘い春の匂いが鼻先をくすぐる。


「シリ・・・聞いてくれるか」

その名を呼ぶ声は、胸の奥からこぼれたようだった。


喜びの涙で潤んだシリがグユウを見上げる。


「大きな収入が入った・・・。何か・・・欲しいものがあれば言ってくれ」


「欲しいもの・・・」

シリの瞳が躊躇で揺れる。


「あるだろう」


「あります・・・でも・・・お金がかかりますよ?」

遠慮がちにシリが話す。


「もちろん、全てを叶えることはできないが・・・可能な限り努力をする」

グユウは熱心に話した。


軟膏も布もシリが力を尽くしたお陰だ。

可能な限り叶えたい。


「それでは・・・北の砦を大きくしたいです」


「北の砦・・・?」

予想外なシリの発言にグユウの瞳は大きくなる。


「はい。北の砦はレーク城に一番近い砦です。砦の家臣は結束が強い。

もし・・・争いがあれば・・・城下町の領民を北の砦に避難させたいです」


呆然としているグユウにシリは言葉を進めた。



「たくさんの領民が避難しても良いように食料や身体を休めるスペース、

煮炊きできるような環境を整えたい」


城下町に何かがあれば領民達は、避難所としてレーク城に逃げ込むことが多かった。


争いがあればレーク城が戦場になる。

そんな予想をシリはしていた。


領民達を争いに巻き込まれないように配慮したのだろう。


「・・・それが望みか」


「はい」

澄んだ瞳でシリはグユウを見つめた。


その目は春の空のように澄んでいて、揺るがなかった。


風がふわりと吹き抜け、ふたりの足元に白い花びらが集まる。


「・・・すごい妻だ」


グユウがつぶやくと、どこかくすぐったそうにシリが微笑んだ。



ドレスや宝石をリクエストするのかと思った。


腕の間で、シリが身体をよじると、グユウと目があった。


風がふと吹き、花びらが一枚、シリの肩に舞い落ちる。


グユウはそれを見つめながら、そっと息をのむ。


目がそらせない。


しばらく、静かに見つめ合う。


シリの視線が、目元からゆっくりと唇へ落ちた。


花の香りと、春の匂いがふたりの間に満ちていく——。


どちらからともなく、そっと唇を重ねた。


「シリ・・・わかった。北の砦を大きくしよう」



評価をくれた読者様がいました。

ありがとうございます。お陰で除雪頑張れます。

嬉しい出来事でした^ ^


次回ーー

シリのもとに届いた贈り物は――紺の乗馬服。

裾には、小さなりんごの花の刺繍がひとつ。


「あなたに似合うと思った」


満開の春が終わり、季節は夏へ。

愛は深まり、そして戦の影が、静かに近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ