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赤い痕と、目を逸らす理由

夜が更けても、吹雪は止む気配がなく、風はむしろ激しさを増していた。

窓にぶつかる雪の音が、部屋の静けさを断ち切るように響く。


「これはね、シンが考えたんですよ」

シリは暖炉の前のソファーで、スライスしたりんごを焼きながら微笑んだ。

少し萎びた果肉を串から外し、グユウにそっと渡す。


「りんごを焼く・・・」

グユウが不思議そうな顔をして口にした。


「美味しいな」

ゆっくりと噛むと、甘さと酸っぱさが口の中に広がる。


穏やかな声に、シリも小さく笑った。


暖炉の火影がレーク城の寝室の壁に踊っている。


「シンはパリパリに乾燥させた方が好きですが、私は、しんなりした方が好みです」

シリは微笑みながら話した。


横殴りに窓を叩く雪の音が激しく鳴っていた。


「また風が強くなってきた。夜明け前には荒れるだろう」

グユウが暖炉の前に座り手を暖めながら話した。


「グユウさんがそばにいるなら・・・どんな吹雪でも平気です」

シリが肩を預けると、グユウはその肩をそっと抱いた。


「今も・・・あの吹雪の中にいたら・・・と思うとゾッとする」


「ええ・・・」

少し潤んだ瞳でシリがグユウを見つめる。

その視線に応えるように、グユウが顔を近づけ、そっと唇を重ねた。


「唇が冷たい」

唇が離れた後にグユウがつぶやく。


「・・・今日は寒いですから」

シリが掠れた声で応じる。


「触れてもいいか」

グユウはシリを抱きしめた後に耳元でささやいた。


シリが動じる気配を腕の中から伝わったので、そのまま強く抱きしめた。




激しく強い風が凍てついた風が、ガタガタ震える窓ガラスに鋭く雪を打ちつける。


シリはベットの中で、グユウの腕に抱かれながら息を弾ませていた。


「心配かけた」

グユウが額に汗を滲ませてシリの頬に触れた。


「ええ・・・」

シリは、ぼうっとグユウの顔を見上げた。


グユウの顔が近づいてシリの口を塞いだ後に、ようやく解放された。


目を開けると、黒い瞳から熱っぽい眼差しを感じた。


「グユウさん・・・こんな時に・・・少しは加減をして・・・」


「すまない」

そう言いながらグユウは、シリの身体中に唇を落とす。


「謝るなら止めればいいのに」

呆れたように、シリは力のない腕でグユウの胸を叩いた。


「このくらい良いだろう」

グユウはシリの首筋に唇を落とす。


「もぅ くすぐったい」

怒っているような口調だけど、シリは楽しげだ。


「布団から出ると冷えるぞ」

グユウは、シリを自分の腕の中に閉じ込めるようにして抱きしめた。


ーー暖かくて気持ちが良い。


うなる風音とグユウの心音を聞きながら、シリは瞳を閉じるとすぐに眠りに落ちた。



あくる朝、吹雪は昨日より激しくなっていた。


薄暗いホールで、侍女、女中、厨房の皆は、

帰れない兵や家臣達の朝食を出すために忙しく動いていた。


重臣達は客間で朝食をとることになっていた。


一足先に客間に入ったオーエンは、意外な光景に目を見張った。

妃シリが、茶葉の缶を両手に持ち、真剣な表情で首をかしげていたのだ。


「オーエン おはよう」

花のような微笑みに、オーエンは一瞬まぶしさに目を細めた。


今朝のシリは水色の淡いドレスを着ていた。

熟れた小麦のような色をした輝く髪を、豊かに編み冠のように頭に巻き付けていた。


「おはようございます」

オーエンは眩しそうに目を細めた。


「妃がお茶を入れなくても・・・」


「たまには私が淹れたお茶を飲んでみて」


ーーいや、その匙の持ち方でわかる。絶対に普段やってない。


ティーポットはすぐそばにあるのに、茶葉だけ準備して困っているシリに、

オーエンは苦笑いを浮かべてそれを差し出す。


「ここにありますよ」


「人数が多いと、茶葉の量がわからなくなるの」

決まり悪そうにシリはティーポットを受け取った。


ふと、うつむいた彼女のうなじが目に入った。

そこから背中へと伸びる白い肌に、いくつもの赤い痕が——


ーーこれは・・・そういう奴だよな。


「シリ様・・・」

今度はオーエンが決まり悪そうな表情をする。


「どうしたの?」

顔を上げたシリが、心配そうにこちらを見ている。


ーーやめろ、そんな無垢な目で見つめるな・・・


「お茶は俺が・・・私が淹れます。あの・・・髪の毛を治したほうが良いと思います」


「なぜ?そんなに私の髪の毛が変なの?」

シリは真面目な顔をする。


「ええ」

オーエンは頑なに、シリから目を逸らしたまま答えた。


今朝、エマが忙しかったので、シリは自分で髪の毛を結った。


シリは慌てて、客間の暖炉の上にある鏡を覗いた。

いつもと変わらない自分の顔が見えた。


「どこが変なの?」


ぐっと顔を近づけられ、オーエンは完全に動揺した。


ーーちかい。近い。顔が。息が。


なんで、こんなことを指摘するのが俺なんだ。


「その・・・首筋に・・・」


「首筋・・・?」

こんなに歯切れが悪いオーエンは初めてだ。


「虫刺されの跡が沢山あります」

真っ赤な顔でオーエンは、シリに伝えた。


「こんな寒い時に虫なんていないわよ」

わかりやすいヒントを与えたのに、真顔で答えるシリにほとほと呆れた。


ーー伝わらない・・・戦法に関しては、あんなに聡いのに!


虫じゃない!察してくれ!!


「グユウ様がつけたと思います」

オーエンは半分、やけくそになって答えた。


ーー言ってしまった。


シリの顔は瞬く間に赤くなった。

ようやく気づいたみたいだ。


シリの首筋から背中にかけて、赤い鬱血跡が多数あった。


「髪の毛は・・・下ろしたほうが良いと思います。

もうすぐ、他の重臣も来ます。お茶は俺のほうが淹れるのが上手です」


「オーエン、すぐに戻るわ」

シリはスカートを持ち上げて走り出した。


白いふくらはぎが丸見えだ。


「朝から・・・本当に・・・勘弁してくれ」

オーエンは1人つぶやいて、ピンチヒッターでお茶を淹れた。



次回ーー

冬の朝。

金色の髪を下ろした妃が、静かにお茶を差し出す。

クリームの香りが漂う中、戦の話題が始まると、

シリの瞳はまるで別人のように鋭く光った。


「堀をT字に掘るのです」

羊皮紙に走る赤い線――

新しい戦法が、レーク城で産声をあげた。

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