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無垢なる契り


鳥のさえずりが聞こえる。


久しぶりに朝まで目が覚めず眠れた。

シリは瞼を上げた。

見覚えがない部屋の天井が見える。

寝室にはシリ以外誰もいない。


隣を見ると、グユウはどこかへ行ったようだ。



ーーあ・・・そういえば昨夜。


シリは昨夜の事を思い出した。


泣いて騒いだ・・・。

思い出すと頬に血がのぼる。


怖くて、草臥れて、散々泣いた。

みっともない姿をグユウに見せた。


「大人気なかった・・・」

シリは小さく呟き、枕元で握った拳に爪を立てた


約束通り、グユウはシリに何もしなかったらしい。

着衣の乱れも身体の違和感もない。

彼の誠実さに、少しだけ心が救われる。


ベッドから降りて窓の外を覗いてみた。


陽が登り、外は淡い光で満ちていた。


昨夜は暗くて見えなかった窓の外がはっきりと見える。


レーク城は低く険しい山の上に建っている城で、

西側の窓の彼方にはロク湖が見え、小さな島がぽっかりと浮かぶ。


ロク湖の手前に小高い丘があり、その周辺に小さな小麦畑が点々と見える。


勾配があるので、小さな小麦畑しか作れない土地のようだ。


窓のすぐ下は騎士たちの稽古場になっている。


朝の空気のなか、若者たちが熱心に鍛錬しているのが見える。


その中にーーグユウの姿があった。




挙式の翌日に鍛錬に励む領主。

恵まれた体格を生かし見事な剣さばきだった。


凛々しく、堂々としていた。


家臣たちがグユウの周りに集まる。

遠目から見ても、家臣たちはグユウを信じ慕っている様子が伝わる。


兄とはまるで違うタイプの領主だ。



ゼンシは力で従わせ、好悪で人を裁く男だった

圧倒的な戦力、財力、冴えた閃き、強烈すぎる個性、そして途方もない狂気で家臣達を動かしていた。


グユウは、どのように家臣たちの結束を深めているのだろう。

グユウさんと家臣のこと、兄に報告をしないと。


シリは自分が行う任務について考えていた。


鍛錬が終わった後に、汗をかいたグユウは上着を脱いだ。

シリの胸の動悸が一つとんだ。


鍛え上げられた身体が露わになる。

細身かと思っていたが、想像以上に筋肉質だった。


ーー素敵・・・。


ぼぅと見惚れていると、


「おはようございます」

後ろからと声をかけられ飛び上がるほど驚いた。


振り返るとエマがいた。


「エマ・・・おはよう」


「シリ様。昨夜はよく眠れたようですが・・・」

エマは言葉を選びながらも、探るような目を向けてきた。


「・・・最後までされてないですよね?」


その一言に、シリはうつむいたまま、無言でうなずいた。


ーー無理もない。

口を慎めと言われたのにグユウを前に暴言や泣き言を言った。


エマが確認したのは意地悪な気持ちではない。

政略結婚をするのなら、子供を産む行為は大事なこと。


後ほど、見張り役のジムと初夜のことについてお互い報告をしないといけないからだ。


ミンスタ領の姫として育ったシリもその辺は承知をしている。


「今夜こそ・・・」




明日は城をあげて結婚のお祝いする披露宴。


そのため、レーク城は披露宴の準備に向けて慌ただしい。

朝食の時間になり食堂に行くことになった。


ワスト領では夫婦そろって食堂で朝食を食べるらしい。


ミンスタ領では、自室で1人朝ごはんを食べていた。

行事でもない限り、誰かと食事をするのは新鮮な事だった。



食堂にグユウが入ってきた。

平服のグユウは白い麻のシャツに黒いズボンだった。

シンプルな服装だけど素敵だ。


一方、シリも飾り気がない白いドレスに真紅の帯を締めていた。


行事がない日は領主といえども平服になる。


食堂のテーブル越しに視線がぶつかる。


「おはようございます」

シリは昨夜のことがあり、恥ずかしくて俯きがちになったが声をかけてみた。


「あぁ」

グユウはいつも通り無表情だけど返事をしてくれた。


初夜の無礼を謝りたいけれど、侍女がいる中で会話も憚れる。


淡々と食事をするグユウの表情を見て、

シリの心は様々な感情が渦巻く。


ーー本当に、何事もなかったような態度。

それが優しさに思える反面、自分の愚かさが浮き彫りになるようで苦しい。

嫌われてしまったのではないか。

呆れられているのではないか。


・・・でも、綺麗な食べ方。


フォークを持つ手に力が入らず、食事はほとんど喉を通らなかった。




食後、侍女に城内を案内される。


シリが育ったシュドリー城は広く、家族に会うにも取り次ぎが必要だった。

兄・ゼンシに会うには、事前に面会を申し込まねばならなかった。

城の中にいても、家族に会う機会は稀だった。


一方、レーク城は山の上に建てられているぶん、城内は比較的狭い。

必然的に、家臣や侍女、そしてグユウやその両親とも顔を合わせやすい。


歩くたび、木の廊下がギシギシと鳴る。

掃除は行き届いているが、古びた感触は隠せない。


窓辺に立つと、隙間風が頬を撫でる。

冬はさぞ冷えることだろう。


——そのとき、どこかから赤ん坊の泣き声が聞こえた。


シリは思わず立ち止まる。


「この泣き声・・・」


「グユウ様のご長男 シン様です」

言いにくそうに侍女が伝えた。


グユウの息子だ。

会ってみたい。

「シン様に会いたい」

シリは伝えた。


次回ーー


初めて抱いた義子シンに、シリは胸を締めつけられる。

母の座を奪った自分と、この子は同じ孤独を抱えていた――。

そして迎える披露宴の席で、彼女は一歩を踏み出す。

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