どうして、自分を好いてくれるのだろう
「キヨがワスト領にいると思うだけで、不快だわ」
シリは、鋭い声音で言い放った。
キヨの穏やかな笑顔が、逆に腹立たしい。
こちらの怒りをすべて受け流すような、曖昧な物言いが脳裏をよぎる。
「キヨ殿は、武力を使わず、人柄で砦を手に入れた。それを責めるのは・・・難しい」
グユウは、ため息まじりに応じた。
冷静な口調が、シリの苛立ちに火をつける。
「そこが腹が立つのよ!
あの者はきっと、“私は何もしていません。ただ一緒に酒を飲んだだけです”って、しらを切るつもりよ!」
感情を抑えきれず、言葉に力がこもる。
――満開のりんごの花が、二人の頭上で白く揺れていた。
昨年は戦があり、花を眺める余裕などなかった。
こうして静かな春を迎えるのは、二年ぶりだ。
「・・・南東の砦が落ちてしまったのは、オレが未熟だからだ」
グユウは切なげに目を伏せた。
砦を二つも失えば、税収は減り、戦略の上でも不利になる。
だが取り返そうとすれば、こちらからミンスタ領へ攻め入ったとみなされる口実を与える。
グユウの憂いに満ちた表情を見て、シリの怒りは薄れた。
「グユウさんは未熟ではないです」
そう言って、シリは彼の手を取った。
真剣な眼差しで、まっすぐに彼を見つめる。
「領主としてオレは・・・」
グユウは、目を伏せた。
彼女の視線が、まぶしすぎた。
「失った税収の代わりに、アオソがあります。軟膏とアオソで戦費を稼ぎましょう。諦めずに、頑張りましょう」
その言葉に応えるかのように、春の風が吹いた。
白い花びらが空に舞い上がる。
花吹雪の中、金の髪が揺れ、凛とした瞳のシリが立っていた。
その姿は、あまりに美しく、言葉を失うほどだった。
結婚して3年が経った。
グユウは何度も思った事がある。
ーーどうして彼女は、自分を好いてくれるのだろう。
美しく、聡明で、強いシリが――
こんな自分に、手を伸ばしてくれる。
それは夢のような現実だった。
ーー自分は彼女に釣り合っているのだろうか。
グユウは何度も問いてはため息をついた。
ーーせめて・・・その気持ちを言葉にしなくては・・・。
「・・・シリが嫁がなかったら、ワスト領はもう滅びていただろう」
それが、ようやく出てきた言葉だった。
何度も、彼女は領の危機を救ってくれた。
しかし、シリは静かに、そして少し悲しそうに微笑んだ。
「私が嫁がなかったら・・・ワスト領は争っていなかったはず」
その笑みは、諦めにも似ていた。
グユウは彼女の細い身体を掴み、強く抱きしめる。
あふれる想いを、眼差しに込めて彼女を見つめた。
頬を紅く染めながら、シリが顔を上げる。
「グユウさん・・・頑張りましょう」
その声は春風のようにやわらかく、そして、戦いの季節に向かう決意のように強かった。
次回ーー
六月、レーク城に穏やかな夏が訪れた。
シリは畑に立ち、子どもたちと共にジャガイモを掘る。
だがその夕焼けの向こうに――新たな戦の影が、静かに迫っていた。




