吊り橋と忍び寄る春
レーク城に春が来た。
「吊り橋が渡れるか、確認をしたいの」
シリはグユウにお願いをした。
雪が溶けるのを待ちきれず、シリとグユウ、重臣達はレーク城の奥深くの森へ行った。
レーク城と義父母マサキの館のあいだには、深い谷が横たわっている。
両家を繋ぐ道は、一本の細い橋のみ。
もしその橋が落とされれば、両者は完全に分断されてしまう。
それがどれほど危ういことか。
昨年、その危機を察したシリは、家臣オーエンと共に「第二の橋」を構想した。
冬の間に縄を結い、材料を集め、ついに簡易的な吊り橋が完成した。
道具は揃った。
「実際に、その吊り橋で崖を渡れるか試してみないと・・・」
シリの声には、どこか不安が混じっていた。
成功すれば命を繋ぎ、失敗すれば谷底に消える。
試すには勇気が要った。
細い紐をつけた矢が対岸へ放たれ、杭に絡ませた縄が次々に張られていく。
設計通りに吊り橋が組み上がっていく様子に、誰もが息を呑んだ。
「高いところは・・・苦手なんです・・・」
重臣のカツイが尻込みしながら情けない声を漏らす。
「男なら弱音を吐くな」
対岸のオーエンが苛立った声で叫んだ。
「男でも苦手なものは苦手です」
カツイは半泣きで訴える。
「俺が渡る」
カツイの半泣きに我慢できない様子で、オーエンが吊り橋に足をかけた。
谷に渡る一本の命綱を、静かに進む。
見守る者たちは、誰もが息を詰めていた。
谷の向こうに、やがて彼の姿が到達したとき――
「よし。良いな」
グユウが、安堵と満足の入り混じった声を洩らした。
「この強度でしたら・・・同時に渡るのは2名が限界でしょう」
オーエンが冷静に補足する。
「使う機会がないことを祈るわ」
シリが弱々しくつぶやいた。
シリの発言にカツイは首が折れそうなほど、深くうなづいた。
「対岸に5セットずつ配置しましょう」
ジムが手際よくまとめる。
◇◇
季節は動き出し、春の兆しと共に、領の情勢も変わっていく。
休戦のあいだ眠っていた各地の争いが、再び音を立てて目を覚まし始めた。
「大きな争いにむけて戦費を貯めよう」
グユウは家臣達に伝えた。
大きな争いとは、ゼンシが攻撃してくる事を指していた。
ワスト領は、過去七ヶ月のあいだに三度も大軍を動員し、戦費も人手も限界に近づいていた。
一方、ミンスタ領は包囲されながらも軍を休めることなく動かし続けている。
その持久力の差は歴然だった。
ゼンシは、早くワスト領を滅ぼしたいのだろう。
だが強敵に囲まれ、今は手が回らないのが本音だ。
その隙を突いて、グユウは戦を控え、戦費を蓄える選択をした。
――というより、争えるほどの余裕がもうなかった。
幸い、レーク城で製作している軟膏の売れ行きは良い。
シリと侍女たち、そして雇われた領民が力を合わせて薬草を採集し、命をつなぐ軟膏を作り続けている。
「今年はもっと収穫を・・・」
未来のため、シリは決意を新たにしていた。
だが、静かな春はじわじわと不穏な影を帯びてゆく。
先の争いで、ワスト領は南にある砦のひとつを失った。
その砦には今――ミンスタ領の重臣、キヨが居座っていた。
キヨは冬の間に近隣の砦へ頻繁に顔を出し、ワスト領ではなくミンスタ領につくよう説得して回った。
さらには周辺の地主を招いて酒を酌み交わし、ときには作業まで共にする。
領民出身で人懐っこいキヨは、誰の心にも自然と入り込んだ。
気づけば、南の砦だけでなく、南東の砦も彼の掌中に落ちていた。
春が近づくと、キヨはシズル領の砦へも足を運び、さらなる懐柔に乗り出した。
ワスト領とシズル領――
両者は、静かに、だが確実に内側から崩れ始めていた。
キヨはワスト領とシズル領を内部から崩し始めていた。
小説にチャレンジして3ヶ月が経ちました。
ストーリーは最初から決めていましたが、まさか20万文字を超えるのは想定外でした。
これからもコツコツと継続します。
次回ーー
春、りんごの花が咲く中。
砦を奪ったキヨへの怒りと、領を守ろうとする決意がシリの胸に燃える。
グユウは彼女を抱きしめ、再び戦いの春を迎える覚悟を固めた。




