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雪の城と、希望の軟膏

本格的な冬が訪れ、レーク城は白銀の静けさに包まれていた。


「この軟膏を売らなくては・・・」


シリはぽつりとつぶやき、

湯気の立ちのぼる容器に息をひそめながら、薬草を混ぜた軟膏を丁寧に注いでいく。


暖かな室内とは裏腹に、その胸の奥には冷たい不安が根を張っていた。


数日前に商人ソウに手渡した軟膏。


その返事はいまだ届かない。


ーーこの軟膏が売れなければ、ワスト領の財政は厳しいままだ。


焦りを振り払うように、シリは作業に没頭した。


外では雪がしんしんと降り積もり、静けさが城全体を包んでいた。

そんなある日、晴れ間を縫うように、グユウと家臣たちは裏山へ狩りに出かけた。


昼を過ぎた頃、ソリには何十頭もの鹿が積み上げられていた。

城門の外へと駆け出したシンとユウは、雪を蹴立てて喜びの声をあげる。


「矢の調子は良好です」

チャーリーが誇らしげに報告し、シリは小さく頷いた。


「チャーリーとオリバーは六頭も仕留めたそうだ」

オーエンがそう言って、オリバーの頭を撫でる。


「オーエンは?」

「・・・一頭だけです」

唇を尖らせて、面白くなさそうにつぶやいた。


剥がれた鹿の皮は、靴や手袋、武具などに再利用される。


城下町の職人たちへと次々に手渡されていった。


「夕食は皆でシカ肉を食べましょうか」

そう提案するシリに、グユウは微笑みを返す。


「あぁ」

その優しい眼差しに、シリも思わず笑みをこぼした。


「お肉が食べれるの?」


シンが期待に満ちた瞳で、両親を交互に見上げる。


夜になり、テーブルにはローストされたシカ肉が香ばしく並んだ。

ジューシーで柔らかな肉に、シンもユウも夢中になってかぶりつく。


笑い声が重なり、家臣や侍女たちも交えて、食堂は温かな空気に包まれていった。


「・・・皆で食べる夕食は、やっぱり楽しいな」

グユウがふと漏らした言葉に、シリはそっとうなずいた。


「ええ。食事は誰かと一緒に食べると、ずっと美味しく感じますよね」


「シリが来てからだ・・・こうして賑やかな食卓が戻ったのは」

グユウは静かに語りながら、笑顔で杯を傾けた。


余った肉は塩漬けにし、煙で燻して保存食として蓄えられた。


――そして、それから一月が経ったある日。


書斎の扉を勢いよく開けたシリの声が響いた。


「シズル領が軟膏を希望しているわ!」


手紙を手に目を輝かせながら、グユウのもとへ駆け寄る。


それは、トナカの妻から届いたものだった。


「戦で怪我をした兵士たちがリクエストしたみたい」


頬を紅潮させるシリに、グユウもうなずいた。


「ソウからも追加注文が来ている。リャク領からも続々と注文が殺到中だ」


ジムもすぐに書類の束を手に、明るい声で続けた。


「城下町でも軟膏の売れ行きは好調と聞いています。

領民のあいだで、グユウ様とシリ様への信頼は大変厚いです」


ずっと続いていた財政難に、ようやく小さな光が差し込み始めていた。


暖炉の火がぱちぱちと音を立てるなか、シリは手にした手紙を見つめながら、そっと胸に手を当てた。


あの日、ただひたすらに作り続けた軟膏が、人を癒やし、領を救う手立てになった――


それが、何よりも嬉しかった。



けれど同時に、シリは知っていた。


この成功が、やがて領を大きな岐路へ導くことを。


ーー妃として、さらなる決断を迫られる日が近い。


明日の17時20分 なんで自分を好いてくれるのだろう


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