束の間でも、幸せ
軟膏の製造が始まると、レーク城の冬が静かに、しかし確かに動き出した。
炉の火がごうごうと燃え上がり、窓辺には青みがかったつららが鈍く光る。
氷に閉ざされていた空気がほぐれ、女たちの手が薬草を刻み、練り、陶器に詰めていく。
男たちは矢尻や弓矢と向き合い、無言で手を動かしていた。
「この軟膏を販売するとは・・・人生、何があるかわかりませんね」
あまりの変化に、エマは椅子に腰を下ろしたまま、天井を仰いだ。
「エマの知識のお陰よ。薬草に詳しい乳母がいて私は幸せだわ」
興奮してシリは伝えた。
「昔は・・・薬草湯を嫌っていたじゃないですか」
エマは驚いたり、喜んだ後は少し皮肉っぽくなる。
子供達を寝かしつけることも、冬の楽しみだった。
もうすぐ2歳になるユウは、グユウが戦場から帰ってから、
川が崩壊したかのように喋り出した。
とにかくよく喋る。驚くほどに。
グユウもシリも、あまりの言葉の奔流に戸惑うばかりだった。
1歳年上のシン、乳兄弟のシュリも、ユウの口には敵わない。
「ユウ様 お静かに」
乳母のヨシノに注意されるほどだった。
ユウは頭をぴんとそびやかし、人の目をまっすぐに見返す癖があった。
その瞳にはどこか、舞台に立つ者のような自信と光が宿っている。
「あの子は高慢になるのでないのかしら」
時折シリが心配そうに口にすると、エマはため息まじりに言った。
「シリ様の幼い頃にそっくりですよ」
寝かしつけの時間になると、ユウは「父上、ここにきて」と床を叩いて場所を指定する。
シリに瓜二つの瞳と顔で見上げられると、グユウは逆らえるはずもない。
困ったような笑みを浮かべながら、嬉しそうにその場に膝をついた。
しばらくしてからシリとグユウは、
いかにも愛らしくお互いを擦り寄っている小さな寝顔を見ていた。
ユウはしっかりとした小さな口の端を吸い込んで眠っていたが、
ウイのほうは微笑を浮かべたまま眠っていた。
「この子達にどんな人生が待っているのでしょうね」
シリはささやいた。
グユウは無言で子供たちを見つめていた。
「子供達には争いがない平和な世界で生きてほしい」
祈るように、シリは言葉を重ねた。
けれど——
その願いは、叶わなかった。
セン家の娘たちを待ち受けていたのは、母シリ以上に苛烈な運命だった。
それはまた、別の話である。
雪の降るあいだ、争いはひととき止む。
静けさの中で、シリは子どもたちの寝顔に目を落とした。
束の間の幸せ。
彼女は知っていた。
手にしたぬくもりが、永遠ではないことを。
——それでも、守りたいと思った。
次回ーー
軟膏の成功に湧くレーク城。
しかし、ゼンシの影は静かに迫っていた。
妃シリが選ぶのは、守りか、それとも攻めか。
そして、彼女の決断は夫グユウの戦いにも影響を及ぼしていく――




