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財政難 争いができない

「争いをする体力がない・・・とはどういう事ですか?」

レーク城の書斎に、シリの強い声が響いた。


「この7ヶ月の間に、3回の争いがあった。戦費や物資、人員を大きく消耗した。

ワスト領の財政は・・・わずかになってしまった。争いをする金銭的な体力が、もうないんだ」


グユウは、静かに、だがはっきりと言った。


その言葉に、シリはゆっくりと席に腰を下ろした。


ーー争いはお金がかかる。


裕福なミンスタ領で育ったシリにとって、それは当たり前のことではなかった。

戦の支度も、兵の派遣も、財の余裕があってこそ。

莫大な戦費が必要だなどと、考えたこともなかったのだ。


「シズル領も我々と同じような状況だと思う」

グユウの言葉に、重臣たちは無言で頷く。


ーーないものは出せない。


「差し迫った争いがなければ、再び戦費が貯まるまで、できるかぎり争いは避けたい」


グユウの言葉は、誰に向けたというより、自分自身への言い聞かせのようだった。


「幸いなことに、ゼンシは今、他領との争いにかかりきりだ。その隙に、少しでも蓄えねば・・・」


グユウは視線を宙にさまよわせ、苦悩を隠せなかった。


「ワスト領の収入は・・・どうなのですか?」

シリが質問をした。


なかなか聞けない質問だった。


嫁いで2年半、生家に比べて豊かな暮らしぶりではなかった。


ーーそれは何となく気づいていたけれど、

争いに出れないほど困っていたとは・・・。


「領民からの税収、街道の通行料、そしてロク湖の水路です」

ジムが手短に答える。


「この3つの収入があれば基本的に困らない。ただ、争いをするとなると話が違う。争いは金銭がかかる」

グユウが口を添えた。



ミンスタ領の領地は広く、温暖な土地なので農作物が豊富で人口が多い。

人が多く住む所は税収が多い。


さらにミンスタ領は港を2つ持っており、

商才があるゼンシは、他の領地の港を2つ押さえていた。

地の利を活かした商業や貿易で莫大な収入が得ていた。


一方、ワスト領の領地は狭く、冬は雪が多く厳しい気候だった。


王都 ミヤビに行ける街道があるのが救いだった。

そこの通行料が大きい。


しかし、人口が少ないので税収が少ない。


「・・・収入を増やして、領を豊かにする事を考えなくては…」

シリはグユウを見つめた。


「あぁ。そうだ」

グユウは静かに話した。


「しかも・・・すぐにお金になるような事を考えないと・・・」

シリが頭を悩ます。


争いが始まったら、すぐに戦えるようにしないと、領が滅びる。


育てるものでは間に合わない。

今すぐ資金になる手立てが必要なのだ。


ワスト領には鉱山もなければ、海もない。

痩せた土地に、雪が間もなく積もる。


「街道の料金を値上げしたことで、ワスト領の税収は増えました。再び、値上げするのは・・・」

ロイが口を出す。


「りんごは他の領に出荷するほど実っていない。植えた苗木が実るまで5〜6年はかかるでしょう」

チャーリーが話す。


「ジム、お金になる特産品って何?」

シリが質問をする。


「まずは小麦です」


「そうね。ワスト領は・・・山間部が多いから小麦の収穫量は望めないわ」


「続いて・・・馬と刀ですね」

これもワスト領には無縁の話だ。


「あとは毛皮、鹿の皮」


「毛皮!それはできそうね。この山の奥は熊や鹿もいるはずよ」

シリがうなづく。


「そうですね。狩りは秋にするので、その時に争いがなければ良いのですが…」

ジムが話す。


狩りは秋から冬にする。

秋は争いで男性陣が不在の場合も多し、冬は天候次第で行けない場合もある。


安定した収穫が望めない。


再び、沈黙が流れる。


「ジム、他にはないの?」


「・・・そうですね。他の領は塩やワインも多いですね。その他、紙、金銀、あとは布ですね」


「布・・・」


「ええ。布は貴重品です」


その瞬間、シリは立ち上がった。


「少し席を外します。すぐ戻ります」



「走ると危な・・・」


グユウが止めるより早く、シリの姿は書斎から消えた。

重臣たちは苦笑いを交わした。


数分後、息を弾ませながら戻ってきたシリは、乾いた草と、黄味がかった糸の束を持っていた。


「シリ、これは・・・?」

グユウが不思議そうな顔をして、シリの手元を見つめる。


「これはアオソと言われる草です」

シリは息を整えながら説明をした。


「アオソ?」

ジムが驚いた顔をした。


「雑草にしか見えないが・・・」

サムが訝しげに草を見る。


「レーク城の裏に山のように生えています。毎年草抜きに困っていた、あの草です」


重臣たちは顔を見合わせ、曖昧にうなずいた。


「この茎を水に漬けて皮を剥ぐと、糸が取れるんです」


シリは、手にした糸を見せた。


「北の領では、この糸から織った布が、献上品として扱われています」


!!!!!


皆が立ち上がった。


「それが、あの草からできるのか?」


グユウが、目を見開く。


「確かに・・・アオソ織りは高級品です。見たことはないが、話には聞いている」


ジムが感嘆の声を漏らした。


「兄も好んで着ていました。夏でも涼しく、汗でべたつかないと。夏の衣はアオソに限ると」


「どうして、それがアオソだと?」


ロイが驚いて訊ねる。


「ええ、私も最初は気づかなかったんです。血止めの薬草を摘んでいたとき、エマが見つけたんです。

この夏、数十本を抜いて試してみました。茎を水に沈め、皮を剥ぐと、繊維が現れたんです。

これは、間違いなくアオソです」


シリはグユウに糸を手渡した。


重臣たちがそれを手に取り、まじまじと見つめる。


「身近なものが、お金になるとは・・・シリ、よく見つけた」


「エマがいてくれたからです。アオソは寒冷地の植物。ミンスタ領では見かけませんでした」


シリが微笑む。


「ただ、問題もあります。アオソの収穫は来年の夏。本格的にお金になるには、もう少し時間がかかります」

シリが話す。


「それでも、アオソは未来のワスト領を救うものになるでしょう」

ジムが朗らかに話した。


しかし、差し迫った状況なので、すぐにお金になるものが欲しい。


その場に、遠慮がちに手を挙げる者がいた。


「あの・・・」

これまで、何も言わなかったカツイが恐る恐る手を上げた。


オーエンは露骨に面白くない顔をした。


「カツイ、どうした?」

グユウが優しく問いた。


「すぐにお金になるものと言ったら・・・シリ様が作った軟膏があるのではないですか」

自信なさげにカツイが話した。


「軟膏・・・」

書斎が静かになった。


「はい・・・リネン室に原材料は豊富にあるようですし、あの軟膏は確かに効能があります。

シリ様が嫁いでから、私は何度も戦場で手当をしました」


「・・・確かにシズル領も欲しがっていた」

グユウが思い出したように口にする。


「リャク領もですよ。この前、怪我をした重臣に塗ったら喜んでいました」


カツイは戦場で剣を振るうより、傷の手当で活躍していた。


「これは・・・売れると思います」


カツイの声が、確信を帯びて書斎に響いた。


次回ーー


「豊かにしてやれない」と苦悩する夫に、シリは微笑む。


「私の望みは……あなたと過ごす時間です」


ささやかな願いは、豪奢な宝石よりも胸に響いた。

雪が降り始めた夜、ふたりの間にあるのは、ただ温かな幸せだった。


――だが、冬は束の間。

春が来れば、再び戦が始まる。



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