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ちちうえの帰還


「国王が停戦命令を出したわ」

手紙を読んだシリは青ざめた顔でつぶやいた。


「停戦命令」

ジムとエマは口を揃えて叫んだ。


「ええ。この手紙によると兄が国王に停戦命令を出すように頼んだみたい」

シリは唇を噛み締めた。


ジムも手紙を読む。


「文面によれば、ゼンシ様はもう争いを起こさないと書いてありますが・・・」


「そんな訳あるはずないわ」

シリの瞳が怒りで青く燃えた。


「目的を達成するために兄は平気で嘘をつく。春になったら、すぐに争いを始めるわよ」

込み上がる怒りで頬に赤みが増してきた。


争いは表面上和議という形になった。

シリ、そしてグユウもその和議は仮初という事を知っていた。


「シリ様、リャク領はすぐ隣です。昼過ぎには兵達が帰ってきますよ」

エマは焦ったように伝えた。


そうだった。


リャク領はすぐ隣の領だった。


「グユウ様に・・・チキンパイを食べさせたいと話していたじゃないですか。

厨房に頼んで兵達のお昼ごはんを作らないと」

エマはテキパキと話す。


あと数時間で兵達が帰ってくる。


怒っている場合ではない。


シリは怒りを鎮めるために大きく息を吐いた。


「エマ、厨房にお願いして」

エマは飛ぶように厨房へ駆けた。


「私はオリバーと一緒に鳥を獲りに行ってきます」

ジムは微笑んで立ち上がった。


「チキンパイは、たいそう美味しいですからね」


「ジム、ありがとう」

シリは微笑んだ。


3ヶ月ぶりにグユウが帰ってくる。


◇◇


帰路につく兵たちの顔には、冴えがなかった。


勝敗としては、引き分け。

だが、消耗は激しく、勝機は何度も目前で逃した。


「・・・三度目だ」

グユウが誰にも聞こえぬようにつぶやく。



この7ヶ月の間に、3回も目前でゼンシを殺し損なっている。


5月、戦わず逃げられた。

7月、目前で逃した。

そして今回。


今回は勝利目前なので余計に悔しかった。


心の重みは、レーク城に近づくと少しだけ軽くなった。


ーーシリと子供達が待っている。


レーク城に着いた。

グユウは馬丁に馬を預けた。


「お帰りなさいませ」

声とともに、白い息が上がる。


玄関を開けると、ホールには皆が集まっていた。


そしてその中心に、微笑むシリの姿。


「おかえ・・・」



シリの言葉よりも先に、金と青の光が走る。

ユウだった。


「ユウ!」

シリが後を追う。


ユウはまっすぐグユウのもとへ駆け寄り、立ち止まり、じっと見上げた。

深く澄んだ青い瞳は、まさにシリのものだった。


「ユウ・・・」

グユウは、思わず膝を折り、目線を合わせる。


少しだけ背が伸びた。

金髪が陽を溶かしたように揺れていた。


青いワンピースのユウが、口をゆっくりと開く。


「ちちうえ」


澄んだ声が、ホールに響いた。



「しゃべった!!」

シリが涙声で叫ぶ。


1歳10ヶ月――ずっと無言だったユウの、初めての言葉だった。


グユウは笑って、柔らかな体をそっと抱き上げた。


「・・・ちちうえ」

もう一度、ユウが呼ぶ。


グユウはユウの頬に頬を寄せた。

そして、シリを見た。


「今、帰ってきた」


「おかえりなさい・・・」

シリの笑顔は、少し泣いていた。



昼食の準備が整った。


ふわふわの白パン、落とし卵、チキンスープ、りんごの砂糖漬け。

兵たちの表情が次第に緩んでいく。


「父上!」

シンが駆け寄る。


「シン、留守の間はよく頑張った」


グユウは笑ってその髪をくしゃりと撫でた。

ウイの瞳を覗き、シリから差し出されたスープを啜る。


温かさが、芯に染み渡った。


昼食後、家臣達は帰宅し始めた。


重臣達の帰宅は先だ。

今後について話し合わなければいけない。


「皆と温泉に行ったらどうです?」

レーク城のそば、カツイの家の近くに温泉がある。


シリはグユウを休ませたかった。

グユウは3ヶ月以上、身体を拭いてない。

他の重臣だってそうだ。


「休んでる場合では・・・」

グユウは休むことに抵抗があるようだ。


「リラックスすることで何か良いアイデアが浮かぶかもしれません」


「しかし・・・」

言い淀むグユウに、ついにシリは奥の手を使った。


「グユウさん、今夜はその身体でベットに入るのですか?」

シリは目の淵を赤らめながら手をとった。


「わかった。皆で行ってくる」

グユウの決断は稲妻のように早かった。


「重臣達に夕食を用意しています」

「皆で食べるのか?」


「ええ。勝っても負けても、皆でご飯を食べましょう」


入浴後の重臣達の表情は穏やかになった。


ホールにはテーブルが置かれ、椅子の数は人数よりも1脚多かった。


「この椅子は・・・」

怪我のため足を引きずったサムが口に出すとシリが答えた。


「ジェームズの席です」

争いで死んでしまった重臣の席をシリは用意していた。


一瞬の静寂のあと、皆が黙礼した。


食卓にはチキンパイが出された。

重臣達にはお酒を。

お酒を飲まないグユウには、エルダーフラワーのコーディアルが出された。


「オリバーが獲ってきたムクドリで作りました」

チキンパイを取り分けながら、シリが説明する。


カツイの表情がパッと明るくなった。


「チャーリー、オリバーの弓矢を見てください」

シリが微笑んでお皿を渡す。


チャーリーは笑顔でうなづいた。



「・・・うまい」

皆の顔がほころぶ。


時間も、戦も、すべて忘れるほどの味だった。


「今ごろ兄は悔しがっているわ」

シリがにこりと笑う。


「この7ヶ月で、4回も出し抜かれたんですもの」


皆の手が止まる。


「1度目は、5月の争い。

2度目は、離婚協議――ジムとオーエン、ジェームズと私の4人で乗り切った。

3度目は、7月。ミンスタ領は3時間で終わると思っていたけれど・・・

4度目が今回。和議を持ち込まざるを得なかった」


シリはオーエンとジム、そして、空席のジェームズの椅子を見つめた。


共通の経験をすることで互いを好きになる、そんな特別な経験がある。


4人で武装したミンスタ領を出し抜いた経験はまさしくそれだった。


「あれは5月の話でしたね」

ジムが懐かしそうに話す。


「ミンスタ領と4回も争っても無事だわ。これはすごい事です」


シリの発言で、空気が少しずつ和んでいく。


「もう一つ、杯を」

グユウが侍女に頼んだ。


グユウは杯に黄色のコーディアルを注いでシリに渡した。


「これは・・・」


ーー受け取れない。

それは重臣用の杯だった。


「シリには受けとる権利がある」

グユウが杯を差し出す。


「籠城の采配、城の士気。すべて、見事だった」

グユウがそう言い、改めて杯を差し出した。


「シリ様の籠城の手配は見事なものです」

ジムがそう伝え、隣に座っていたマサキも渋々うなづく。


オーエンをはじめ、他の重臣達は力強くうなづいた。


認めてくれたことがうれしくて、頬を染めて、シリは杯を受け取った。


「皆で頑張ろう」


杯が上がり、場には新たな結束の灯がともった。


和議は仮初の静けさにすぎない。


けれどこの夜だけは、確かな団欒があった。



次回ーー


三ヶ月ぶりに戻った寝室。

暖炉の前で向き合った二人は、互いの手の傷に気づき、言葉を交わす。


「苦労なんてしていません。…私は幸せです」

シリの笑みに、グユウは胸を熱くした。


夜が更けるほどに近づく心と身体。

交わされた言葉と約束が、再び二人を強く結びつけていく――。


明日の17時20分 苦労をかけてすまない…

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