表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/227

冬支度と、止められた戦

「カツイが槍で敵を倒したらしいわ!」

シリが手紙を読みながら思わず声を上げた。


「カツイが!?」

ジムが素っ頓狂な声を返す。


レーク城の食堂では暖炉に火が灯り、

窓辺のシクラメンは燃えるような色をしながら咲いていた。


今回のカツイの手紙はいつもより、ずっと長かった。



自分がどう敵を倒したのか、相手の表情、まわりの兵たちのどよめきまで――まるで英雄のような調子だった。


「これが本当にカツイなのかしら」とシリは思ったが、

それでもその誇らしげな語りに微笑んでしまう。


生きている証が嬉しかった。


ワスト領ではりんごの収穫が終わり、城内は砂糖漬け作りで賑わっていた。


甘い香りが漂う中、シリは真っ赤なりんごを手に取り、


「今年も豊作だわ」と嬉しそうに笑った。


来年の収穫にむけ、男性陣はりんごの木に肥料を与えていた。


寒くなったので女性陣は、

ロク湖で獲れた魚のウロコをとり、塩に漬けていく作業が始まった。


これで、籠城が続いてもたんぱく質の確保ができる。


さらに薬草を煮詰め、軟膏作りが始まった。


蜜蝋と薬草、油を湯煎し、香りが立つまでかき混ぜる。


これはエマの知恵によるものだった。


切り傷や打ち身に効く軟膏は、戦いから戻る兵たちの命綱でもある。


今のうちに、大量に作っておく必要があった。


そんな中、シリ宛てに届くグユウの手紙は、控えめな厚みだった。


ある日、ジムの前で手紙を受け取ったシリは、顔を赤らめてそっと手紙をたたむ。


「用事ができました」

シリはそう言って、そそくさと食堂から出ていき1人でこっそり手紙を読んだ。


グユウは寡黙だけど手紙では雄弁だった。


言葉の端々に、シリを思いやる優しさと照れがにじむ。


前半は理知的に安否を伝え、後半には――読むたびにシリの頬を染める言葉が並んでいた。


グユウが旅立って3ヶ月、12月になってしまった。


「グユウさん・・・まだ帰らないのかしら」


シリは彼の筆跡をそっとなぞった。


◇◇


「そろそろ雪が降ってくるな」


トナカが吐いた白い息が、寒さを物語っていた。



吐いた息が白く霞むようになった。

寒さが厳しくなり、兵達は疲労がたまっている。

雪が積もってしまうと帰りの道中は厳しいものになるだろう。


領主として争いを止める決断をしなくてはいけない。


「あと少し・・・あと少しでゼンシを倒せる」

グユウが悔しそうにつぶやく。


小競り合いが続き、ミンスタ領の勢力が弱まってきた。


あと少しでゼンシを追い詰められる。


勝利は目前のはずだった。


「ここでゼンシの首を取る」と、低く決意をこめたそのとき――


部屋の扉が開いた。


オーエンが緊張した顔で部屋に入ってきた。


「グユウ様、トナカ様 国王からの使者が参られました」


「国王から?!」

一体、何事だろうか。


使者を部屋に入れ、トナカとグユウも片膝を立て目線を下にむけた。


使者が国王の手紙を読み上げた。


それは、停戦命令だった。


「クソッ!!争いは終わりだと?」

トナカが忌々しそうにつぶやいた。


怒りのあまり、拳が床を打つ。


「ゼンシのやつ、国王に泣きついたな」


グユウの瞳にも怒りが浮かぶ。


「ゼンシが誓った? 二度と野心を持たないと?」

トナカは、吐き捨てるように呟く。


「あり得ない」

グユウはきっぱり言い切った。


「奴は国王にさえ嘘をつく。信用などできない」

その激情に、トナカは肩をすくめる。


「グユウ・・・兵は胃袋で動くんだ。飯の切れ目が兵の切れ目。俺たちは帰らなきゃいけない」


経験からくる冷静さが、グユウの肩に触れた。


グユウは黙って佇む。


「グユウ。国王命令だ。逆らったら俺らは処罰される」

グユウが怒った分、トナカは冷静になった。


「・・・そうだな」

グユウは悔しげにつぶやいた。




決断をした後のグユウの行動は早かった。


すぐに兵を集めて淡々と争いの終了を告げた。


重臣達は無言だった。


国王命令だとしても、勝利は目前だった。


オーエンは露骨に悔しがった。


カツイは――正直、ホッとしていた。


ーー寒さのなか、帰れるのはありがたい。


けれど、グユウの悔しそうな顔を見たとき、思わず口をついて出た。


「グユウ様・・・シリ様がお待ちになっているはずです」


その一言に、場の空気がふっと和らいだ。


グユウの表情が、ほんの少しだけほころぶ。


「あぁ。明日にはワスト領に戻ろう」


けれどグユウの脳裏には、シリと再会したときに告げるべき言葉が、まだ見つからなかった。


ブックマークをしてくれた方がいます 涙

ありがとうございます。病み上がり1番元気になるプレゼントです。

明日の17時20分 無念の帰宅と驚き


次回――ついに帰還、シリとの再会。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ