矢を削る手、未来を守る意志
「リャク領が兄に脅されているみたい」
ため息とともに手紙を置き、シリがぽつりとつぶやいた。
リャク領──ワスト領の隣に位置し、王都ミヤビにも近い重要な土地。
今回の戦で、リャク領の協力なしにはここまで持ちこたえられなかった。
「ゼンシ様が・・・リャク領に、警告を?」
ジムが思わず作業の手を止めた。
「ええ。リャク領主に、“これ以上ワスト領を支援すれば、城ごと焼き払う”と脅したらしいわ」
「リャク領主は・・・?」
「屈しない、と返事をよこしたそうよ」
窓の外では、冷たい十一月の雨が激しく降っていた。
シリは静かに立ち上がり、その灰色の風景を見つめた。
「兄は忠告を二度までは許すけれど、三度目はない。リャク領を、本当に攻撃するつもりよ」
「それでは・・・ミヤビへの道が閉ざされてしまいます」
ジムが声を低くしながら言った。
リャク領が落ちれば、王都へ向かう最短路は断たれる。
他領との連携も取れなくなる。ワスト領は、孤立を強いられるだろう。
それだけは、避けなければならなかった。
争いが始まって、二か月。
小競り合いが続き、終わりが見えないまま冬の気配が近づいている。
雪に閉ざされる前に、何としても決着をつけなければならなかった。
◇
レーク城では、雨の音を背に、籠城の準備が着々と進められていた。
矢の製作所では、老若の家臣たちが細い木の枝を削っていた。
一本一本、太さやしなりを見極めながら、ナイフで丁寧に整えていく。
削りすぎれば折れ、足りなければ飛ばない。
失敗を重ねるたびに、家臣たちは刃先から伝わる“手の感覚”を覚えていった。
「まさか、自分がこんな仕事をすることになるとはな」
老いた家臣の呟きに、シリは微笑んだ。
「立派なお仕事ですわ。矢を自分たちで作れるなんて、誇らしいこと」
火で炙り、削り、また乾かす──矢は少しずつ、兵器としての力を帯びていく。
外では雨が、容赦なく地面を叩いていた。
その雨音は、やがて流される血の前触れのように響いていた。
小説に挑戦して82日目。
20万文字を達成していました 驚
書いた当初、一万文字すら遠いと思ったいました。
第一話から読んでくれている人いますか?
いたとしたら嬉しいです。
次回――戦場で、情けない男が槍を投げる。




