この矢が、あなたの未来を変える
ブラックベリーの時期が終わる前に——
シリは、ジムとカツイの息子・オリバーを連れてベリー摘みに出かけた。
この作業は体力を要さず、馬に乗れれば問題ない。
乗馬ができるシリ、高齢のジム、
カツイの息子である13歳のオリバーに相応しい仕事でもあった。
城から少し離れた場所にある茂みは、甘酸っぱい実であふれていた。
「オリバー、あなたのお父様の手紙、毎回すごく楽しみにしてるの」
シリが微笑みながら言うと、オリバーは顔を赤らめた。
「ありがとうございます」
父親を褒められて悪い気はしない。
「彼の文章は、本当に戦場の様子が手に取るようにわかるのよ。あなたも、素晴らしい父を持ったわね」
ましてや、領主の妃からの言葉なのだ。
そう話していると、突然、空を切る羽音が響いた。
「ムクドリ・・・!」
ブラックベリーを摘んでいるシリとジムの元に、ムクドリが群れ飛んできた。
ムクドリにとって、ブラックベリーは自分たちの貴重な食糧だと思っていて、
シリとジムに戦いを挑んでいるようだった。
シリの腕に羽がぶつかったり、頭を何度か軽く殴られたような気がした。
「本当にもう!」
シリは帽子を脱いでムクドリを追い払う。
ムクドリは、その場をパッととびたつけれど、すぐにまた舞い戻る。
ものすごい数のムクドリだった。
「ジム、これは戦争ね・・・!」
ジムが剣を抜き、シリはムクドリに向かって声を上げた。
そのときだった。
オリバーが、黙って弓を構えた。
矢が放たれ、一羽が落ちる。次の矢でもう一羽。
驚くほどの精度。
シリは目を見開いて、オリバーを見つめた。
オリバーが弓を引くたびに、矢に刺されたムクドリが撃ち落とされる。
「オリバー!!そのまま矢がなくなるまで引いて!」
シリの声に、少年は黙ってうなずいた。
「ジム!今のうちにベリーを摘むわよ!」
シリとジムは、ものすごい勢いでベリーを摘んだ。
44本の矢を、すべて撃ち尽くすまで彼は手を止めなかった
「オリバー見事です」
ジムが褒めた。
「この矢は・・・磨いた後再び使いましょう」
シリはムクドリに刺さった矢を無表情で抜いた。
「オリバー、あなたは弓手の才があるわ。争いが終わったらチャーリーに仕えなさい」
シリの言葉にオリバーは目と口を見開いた。
「チャーリーはワスト領で一番弓矢の扱いが上手です。
きちんと指南を受けたら立派な戦士になれます」
ジムが微笑む。
「はい!!」
オリバーは嬉しさで身体がはち切れそうになっていた。
「ジム、チャーリーに手紙を書いてくれる?もちろん、私の方からも一筆入れるわ」
「もちろんです」
8年後、オリバーは弓矢の名手となり活躍する。
だがそれは、まだ先の物語。
シリはムクドリの亡骸をじっと見つめた。
「ジム、ムクドリを食べたことある?」
「ないです。美味しいのですか?」
「美味しそうだわ・・・厨房に持って行きましょう。大きい羽は弓矢の材料に使いたいわ」
シリは次から次へとムクドリから矢を抜いた。
その日は、厨房で新しい料理が生まれた。
ムクドリの肉を使った、特製のチキンパイ。
パイの皮をサクッと割ると、芳ばしい香りと温かい肉の香りが立ち上る。
「美味しい・・・! なんて柔らかいの・・・!」
一口食べたシリは、目を見開いた。
「オリバー、明日はもっとムクドリを獲ってきて!!」
隣でシンが頬を赤らめながら頼んだ。
一同、大笑い。
「グユウさんに食べさせたいわ・・・」
ぽつりとこぼしたシリの言葉に、皆は黙ってうなずいた。
次の日から、ベリー摘みにはもう1人家臣がつくようになった。
弓矢とムクドリを持っていく係だった。
毎日、ジムとシリはブラックベリーを摘んだ。
そして、オリバーはムクドリを獲り続けた。
レーク城の夕餉は、少しずつ賑やかになっていく——
シリの努力と、少年の矢の力で。
けれど誰も気づいていなかった。
この少年の矢が、いつの日かシリに向けられることになるとは。
次回――ゼンシの影が、隣領リャクへと忍び寄る。




