ひとりの夕食は、もうたくさん
夕方になると湖から吹く風が涼しくなってきた。
「シリ様!帽子をかぶってください!」
外で作業をするシリの後ろには、帽子を手にエマが追いかけていた。
シリは侍女や女中達に、
秋にするべきことを4つのグループに分けて説明した。
A 通常業務 → いつもの仕事を少ない人数で行う
B 畑 →カブ 玉ねぎの植え付け 薬草の収穫
C 保存食作り →ブラックベリー、とうもろこし、エビを干す
D 縫い物 → シーツ、包帯 治療服などを縫う
BとCには、シリ自身も積極的に参加した。
収穫したとうもろこしは茹でて粒をとって乾かしていく。
軸についたとうもろこしの粒をとるにはコツがいる。
ナイフで上から下までキレイにこそげとらなければならない。
ナイフの扱いに慣れているシリにとって得意分野だった。
深くナイフを入れて粒をとる。
しっとり水気が含んだ粒がミルク色の列になってはがれ落ちてくる。
それを清潔な布の上に干していく。
上から別の布をかぶせ、虫や鳥に取られないようにした。
日中は、太陽が照りつけているので、とうもろこしはよく乾いた。
冬になったら、それを水につけてから茹でれば美味しく食べられる。
Dに関しては、まるで手伝うことができなかった。
ーー苦手なのだ。
針を持つと、なぜか布の方が逃げていく気がする。
縫い物は、器用な侍女たちに任せた。
代わりに、自分はできることを探して動く。
畑も広がってきた。
春には蕎麦を植える予定だ。
グユウさんが帰ってきてーー驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。
シリの胸に、ふと小さな灯がともる。
グユウがワスト領を旅立って、半月以上経とうとしている。
朝は忙しく動き、昼は子どもたちと過ごす。
だが夕暮れになると、ぽっかりと空いた穴が胸の中で広がる。
楽しいことがあっても、ふと、「これを誰に話そう」と思ってしまう。
ワスト領は夫婦で食事をとる習慣があった。
シリとグユウとの会話はシリが話すことがほとんどだった。
グユウから話題を提供することもない。
それについては、シリも承知の上なので、
グユウはシリからもたらされる他愛のない話題を聞いては、
時々、「ああ」「そうか」と相槌を打つだけだった。
上手な切り返しや会話の応酬ができないけれど、
その目はいつも優しくてーーその時間が、シリにとっては確かに幸せだった。
今、その椅子は空っぽだ。
グユウは戦場にいる。
ーー元気にしているのか。
怪我はしていないだろうか。
最前列で戦っているのだろうか。
目の前の空席の椅子を見るたびに、不安が募り
食欲が落ちてくる。
「ジム、夕食を皆で食べるのはどうかしら」
思いついたそのままを、シリは声にした。
「家臣達と一緒に・・・食べるのですか?」
「ええ。厨房も含めて、残っている皆と。結束も深まると思うし・・・何より、寂しくなくなるわ」
「良いアイデアだと思います」
ジムが微笑むと、シリも少しほっとしたように笑った。
「厨房だけでは手が回らないから、皆で協力しながら・・・使用するお皿を少なくするようにして・・・」
独り言をつぶやくシリを、ジムは楽しそうに見つめた。
翌日から、大広間に皆が集まり、一緒に夕食をとるようになった。
子どもたちも席に加わる。
シンもユウも、人の輪の中で笑うようになった。
ご飯が美味しい。
話しながら食べると、心も満たされていく。
城内の皆と話す事で様々なアイデアが浮かんだ。
「来年の春になったら養蜂をしたい」
シリが瞳を輝かせながら話すと、その場で巣箱作りが計画された。
城に残された人々と、小さな国のような生活が始まっていた。
それは、戦火の向こうにいる夫へ、
「私はここで生きている」と告げる、静かな旗だった。
けれどグユウは、今も戦場にいる。
だが、明日のことすら予測できない未来に、シリの不安は尽きなかった。
明日の17時20分 戦場からの手紙
次回――戦場では、グユウとゼンシが静かに睨み合う。




