10話 ラファス防衛戦③
もうすぐ夕暮時。
紫の狼煙は何度か空に上るも、救援組により対処ができている。
もし彼らが現場に向かう途中でルカが到着した時は、〖犬〗が動きを止めて問題解決の合図を送ることになっていた。
作戦本部。
扉をひらいた協会の支部長が入ってくる。
「鉄塊団への支給は滞りなく」
大きな机に広げられた見取り図を眺めながら。
「今のところ、赤の狼煙は宿場町方面の外壁だけですか」
「抜けてくる魔物も多いが、予想していたよりも〖聖拳士〗の損害は出てない」
ラウロの召喚はその場での補充ができないため、どのくらい減っているのかを定期的に報告するよう、軍服が指示を出してある。
現在ミウッチャは外壁拠点にいるので、この場には初老共がいた。今のところ交代時の拠点にはルドルフォが入る。
「熟練が高いんですかね、さすがはラウロさんだ」
そんなイルミロの発言に。
「非戦闘員がいないと使えないんじゃなかった?」
アルフィアの言う通り、実質は戦時中限定の神技。訓練の敵役で召喚することもあったが、ダンジョン活動ではあまり使う機会がない。
上級の南内壁作戦には参戦できなかったが、この組には火杖の使い手がいる。
「あの神技は腕以外に物理判定がないから、ダメージも受けにくいとか?」
椅子に座りながら、杖の先で床をトントンと鳴らす。小さな机に肘をのせ、彼女は頬杖をついていた。
うるさかったようで、近くにいたフラヴァロが、気が散るから止めろと注意してから。
「俺らならそれを狙って攻撃するが、魔物にそんな判別は出来んな」
メダルカレが弓を放つ動作をしながら。
「風矢って神技だがよ、ありゃすげえ便利だとは思うが、引手がいないぶん威力はそんな高くねえんだ」
はりつめた弓があるからこそ、矢は貫通力を得る。
〖風矢の雨〗は落下の重力も利用しているため、〖連射〗よりは攻撃力も勝るが、クールタイムがあるので連発は出来ない。
「それをいっちゃ私の炎球も火力が低いわな」
相手を燃やすには連射で数を当てなくてはいけない。
「優秀な神技であることに違いはない。我々も使い手が分隊にいるのなら、活かす機会は多いはずだ」
軍服はそう言いながらも。
「〖皆弓〗と重ねられろば良かったんだがな」
〖私弓〗を使っている時だけ、遠距離を持つ兵士は活用もするけれど、やはり熟練は低い。
少し話が反れてしまったが、メダルカレが言いたかった内容は。
「〖光の戦士〗と違って、〖聖拳士〗にゃ重さがほぼないから、本来は殴られてもそこまで痛くないんじゃと思ってたんだがよ」
神鋼のメイスを託されたアルフィアは、同組に〖炎翼〗と〖炎人〗がいるので、あまり攻撃には回ってこなかった。
「私たちが想像しているより、魔系統特化って強力なのかも知れないわね」
いぶし銀の時はバッテオだけだったが、初老組だと全員がこの場にいたりする。
神官は腕を組み。
「前々回の時も〖聖拳士〗は活躍しておりましたが」
大鬼の防御を破るといった話は聞かなかった。
「私たちが予想していたよりも、〖聖拳士〗が強力だったというのは、ありがたい誤算ですがな。召喚時間も〖狼〗と同等に長いと聞くが、消えるまでの期間を見誤らんよう気をつけませんと」
ラウロが専用の像を得たことで、〖聖拳〗の熟練が〖拳士〗に一部反映されていた。
軍服は見取り図を眺めながら。
「国から光の指輪を授与されたお陰もあり、今の召喚時間は三日から四日で良かったか?」
町壁二方面の戦力を用意するのに一日。
「はい。〖聖域〗も三時間ほど増えていると本人より聞いとります」
六から七時間だったのが、八から九時間となっていた。
「ギョ族が加わってくれたとは言え、やはり満了組の負担が大きすぎると考えているのだが」
眠らずに行われた訓練の結果として、彼らはすこし休めばその日を戦える。
軍服たちが予想していたよりも、〖聖拳士〗の数は減っていないのだから。
「もし可能であれば、山脈方面の外壁に回したい」
探検者を目指していた光の加護者は、様々な理不尽を国から強要された。
戦争というのは切欠も渦中も事後も、その全ては理不尽の塊。
常識という概念は理不尽に対して、想像よりもずっと脆い。
この国にとって最大の権力を持つのは教会。そこに所属している神官はしばらく考えてから。
「恐らく協力はしてくださると思いますが、聖者殿に相談してからでもよいかな」
軍服は支部長を見て。
「頼めるか」
「わかりました。では担当の者に伝えておきます」
待機していた部下にその内容を伝え、支部へと走ってもらう。
ティトは上級でも活動のできる貴重な戦闘員だから、今は別の者がその役目を担っていた。
体罰。暴力。罵倒。折檻。増長。性的強要。差別。格差。
負の要素を上げれば切がない。
理不尽が正しいとは絶対に言わないが、敗戦からの復興には根性やら不屈などの、精神論というものが多用されはしなかったのか。
教国の土台を築き上げたのは、泥と汗と涙だった。
努力と根性と理不尽。
時は流れていく。
・・
・・
もうすぐ夜になるころ。
作戦本部も明かりに照らされる。
敵は山脈と海側の一部まで包囲を広げていたが、もうこれ以上は伸びる心配はないだろうと判断されていた。
軍服は各町壁からの情報を受け。
「水堀は機能している。どうやら大型でも肉鬼なら問題はなさそうだ」
魔物も人間と同じで水中だと身動きは取りにくい。ましてや連中はボロくても防具をまとっていた。
革だとしても鎧に加工された物は重い。鉄であれば言わずもがな。
支部長はうなずきながら。
「頑張って労働してもらった甲斐もあります」
イルミロは胸を張り。
「皆と一丸になって、汗水を流した良い想い出です」
「やめろって言ったのに、腰やっちゃって周りに迷惑かけた記憶しかないわよ」
森中を流れる排水路は、幅広の深い溝となっていたりする。
川にもどすための経路を模索し、土やら岩を削った先人たちの大工事。
天上界の存在が明らかになってからは、水質に関しても悩まなくてはいけなくなった。
神官は多くの者が携わった、その計画を脳裏に浮かべ。
「だからこそ出水地点は、守り抜かなければいけませんな」
もし破壊されてしまうと、堀に溜めていた水が排路に流れ出てしまう。
軍服は見取り図の一点を指さし。
「排水側の二重壁は当初よりも守りを厚くできている」
ギョ族が入水地点を引き受けてくれたから、そちらに配置する予定だった戦力の一部を回せていた。
メダルカレは得意の家事を活かし、調理場から摘まめる軽食やお茶を配って回る。
「ほらよ、飲んどくれ」
「ありがとう」
神官は喉を潤し、一息をついてから。
「こちらの防衛が安定してくると、宿場町の様子が気になってしまう」
フラヴァロは作業をいったん止め、席を立ってこちらに向かってくる。
「宿場町方面の赤い狼煙だけど、とりあえず解決したってよ」
そう言ってから、見取り図に置かれていた赤い駒を退ける。現在〖犬〗からの情報を文字にしているのは彼だった。
「あとこの二カ所に支援を頼む」
「わかりました」
山脈方面の外壁に青い駒を置けば、支部長が待機していた部下をその場に残し、本部の扉から出ていく。
一通りの物資を空間の腕輪に詰めてから、戦闘員に運んでもらうことになるだろう。
彼らの話が耳に届いていたようで、フラヴァロは席に戻ることなく。
「宿場町だが、あそこには多くの満了組が配置されてる」
ラファスは探検者が余所より圧倒的に多いため、警戒期に入っても戦力の補充がなかった。
デボラ率いる満了組は十五班だけで、数とすれば小隊規模。
神官はボスコ越しにルカから聞いた内容を思いだし。
「向こうのギョ族は百体近くいるそうだから、不足していた数も補えているか」
宿場町の水源はラファスと同じ。
これまで水質を気にかけて来たからこそ、増援に向かった彼らは水路の利用が出来ていた。
元の水源は別となっているが、港町に繋がるのは製鉄町の近くを流れる川が本流。汚染問題はここよりも深刻だったりする。
そんな折、作戦本部の扉が慌ただしく開かれる。
「港町にいた第四波の一部がこちらへ向かっています。数は二千から三千で、到着するのは四から五時間後です!」
「なんだとっ 事前に察知はできなかったのか!」
港町からラファスまでの距離を考えるに、第四波が二手に分かれたのはもっと早い段階なはず。
軍服は思わず叫んでしまったが、なんとか感情を抑えつけ。
「天上界は教国だけを見ている訳じゃない、むしろ気づいてくれたことに感謝せねば」
魔界のことを考えると、新たな世界を大きく創造するのは管理が厳しい。
外にも世界が広がっているかどうかは不明。それでも大陸には三強だけでなく、複数の国が存在している。
小国が保有しているダンジョン広場は、強国と違いそれぞれに一つだけ。
むしろ教国は助けに行かなければいけない立場。
理不尽に常識で抗えるだけの準備は整っている。
アルフィアはイルミロを押しのけ。
「港町は二方面が海と河口なので、天然の大きな水堀みたいなものです。予想はしてたじゃないですか、焦らず行きましょう」
魔物は船などを所有してなければ、それを扱う技術も持たず。
大型なら問題なく接近もできるかも知れないが、小型や中型では川や海を無視するのは難しい。
団長は真剣な表情で。
「まずは皆に気合を入れてもらうため、[俺たちラファス防衛団]を歌わせましょう」
宿場町・海方面を受け持っていたのはフラヴァロだったが、山脈・教都方面の外壁を担当していたのは火杖の女性。
彼女も緊急事態に席を立ち、こちらに近づいてくる。
「イルミロ。あんたはちょっと黙ってな」
団長の上腕を掴み、勢いよく横に押しのけ。
「たぶん来るとしたら演習場の方かね?」
港町から直接向かう道は村々を経由するため、少し迂回する感じになっているが、兵士たちの演習場を通ってからラファスに繋がる。
メダルカレは本部の皆にお茶を配っていたが、配膳台をその場に残し。
「教都と海側の外壁だけど、このままじゃ駄目だろ」
演習場への道が繋がるのは、教都方面寄りの海側だった。
軍服は探検組の情報が記入された用紙をめくり。
「放浪と遭遇したのは天人菊だったか。彼らは迷いの森での活動歴もそれなりに長いぞ」
提案を却下されたイルミロは肩を落としていたが、ボソっと呟くように。
「鉄塊団は加入に参戦の条件をつけていますが、中規模と小規模の徒党にはそれがありません」
フラヴァロは邪険にされたリーダーに気を使い。
「だから編成に苦労したんだ。ちなみにルチオ組は二名抜けてる、名前の下に赤線が引いてあるだろ」
教都方面の外壁を担当している女が、その内容に繊細な情報を足す。
「昇降装置があるから壁の上り下りは問題ない。あと放浪の一件で犠牲者をだした組の土使いが、今は臨時で加入してるから、その点に関してはまあ大丈夫だよきっと」
もともと天人菊の情報は完璧に把握しており、なおかつ新人育成でとても世話になっている。
フラヴァロも彼女の意見にうなづき。
「回復も〖聖域〗で補えるな。ルチオってのは友情の加護持ちでもある」
「だけど弓矢の対策ができてなくてね。それを受け持ってた二人が抜けたのは痛いよ」
〖輝く鎧〗〖光壁〗〖光十字〗〖お前の鎧〗
アルフィアは先ほどの行動をイルミロに謝ってから。
「モニカさんが魁を使えればまだ良かったんだけど、彼女は主神の加護だから他者に防護膜は張れません」
それぞれの探検組を現す駒には、リーダー名と所属している徒党が書き込まれていた。軍服は資料を見比べながら。
「隣の受け持ちに援護してもらえないか?」
鉄塊団は一つの徒党。メダルカレは他の連中を思い浮かべ。
「地上に降りて戦う状況となりゃ、別の徒党になるしそういった連係は難しいんじゃねえか」
イルミロは少しおどおどしながら、見取り図の一点を指さし。
「この子たちをサポートに回せば良いんじゃないですかね、モニカさんとこに懐いてるし」
脱落四人組。
最初はモニカを怖がっていたが、今は自分たちを見捨てなかったのは彼女だけだと、天人菊の隣を強く希望してきた。
軍服は用紙に書かれていた概要を確認してみたが。
「大丈夫なのか、不安な要素が多いのでは」
「地上に降りなければ問題ないですよ。剣の子は一応だけど中距離つかえるし、精神安定薬があればなんとかなる」
壁際で戦うのなら、水使いの〖雨〗も届く。
アルフィアはあの四人が戦えるのかを模索しながら。
「あの組には鎧もいますから弓の対策にもなるし、ちょっと危ないけど〖巻き取り〗を使った引き上げもできる」
熟練に関しては量産品の断魔装具で補えると信じるしかない。
「構成はバランスが取れているな。槍使いがいるなら、〖伸〗での援護も可能か」
軍服の発言に初老共は苦笑いを浮かべてしまう。
参戦拒否をするには警戒期までに、平均年収と同等の契約金を払わなくてはいけないので、仕方なく手厚いサポートを受けられる鉄塊団に入ったのだと理解はできる。
でもあそこまで臆病な性格だったら、探検者とは別の職を選べば良いのにとも思う。
軍服は以前勤務していた港町の風景を思いだし。
「これは自分個人の予想となるが、骨の弓兵は大半が向こうに残るはずだ。あそこの要塞化はラファスよりも進んでいる」
軍港と呼んでいいのかは不明だが、町の壁はここよりも立派だった。
ずっと話し合いを見守っていた神官は、内容を進めてもらうため。
「では天上菊に関してはその方針で進めてくだされ。時間がありませんので、他の配置を練らなくてはいけませんな」
教都方面は火杖とアルフィアにイルミロ。
海方面はフラヴァロとメダルカレ。
軍服と神官はこの情報を各壁の拠点へと伝える。
配置換えを実行するには、協会の戦闘員が必要不可欠。
話を聞きつけた支部長が急ぎ足で戻ってきた。
次話は戦闘になりますので、時間がかかるかな。
それが終わりましたら、とりあえず前半戦は終了って感じで切も良いかと思います。
そこから先は全然まとまっていません。




