4話 天を仰ぐ
時間は少し遡る。
ルチオたちと別れたラウロは壁門を通り抜けようとしたが、けっこうな人で混雑していた。
普段は兵士のチェックが入るのだけど、流石に今は緩和されている様子。
「一回やってみたかったんだよな」
〖足場〗を交互に展開し、高度を上げながら水堀と町壁を越える。
捕縛されかねない行動。
壁上で矢などを運んでいる兵士たちに目撃されてしまった。
「すまんね、緊急事態だからよ」
振り返り、宿場町の方角を眺める。
「カチェリさんたち、無事でいてくれりゃ良いんだけどな」
曇り空だった。
あそこは避難誘導などの余裕はないだろう。精々〖犬〗を各方面に走らせて、こっちに逃げて来いって伝えるだけでも限界なはず。
今回の侵攻で外れを引いたのは、間違いなく宿場町だった。
増援まで持ちこたえられるだけの戦力は用意されている。そう信じるしかない。
「英雄の器か」
流された側面もある半生だったが、これといって後悔はない。
だけどカリスマ性とは対極。
頭が特別良いわけでもないし、行動力が並外れてもいない。
どこかぶっ飛んだ思考であれば、もっとネジが外れていれば、精神を病むことはなかったのではないか。
救えるのなら救いたい。
理想だけの願いを口に出すなんて、彼にはできなかった。
ラウロは振り返ると、通路に下りることなく、建物を無視して真っ直ぐに支部を目指す。
・・
・・
あと少しで到着すると言った頃だった。
〖足場〗を使って空中を駆けていると下方より。
「ちょっと何してるんですかっ!」
リヴィアに見つかってしまった。
冷や汗をかきながら、そちらへと向かう。
「すみません、出来ごこ……急がなきゃと」
ため息をつき。
「一人がやりだすと収拾がつかなくなっちゃいますんで、せめて許可がでるまでは我慢してください」
「悪かった。っていうか凄い荷物だな」
彼女は大量の木箱を積んだ台車を引いていた。
リヴィアの隣には素敵な帽子を装着したオジサンがいた。
「馬はほとんど出てるずらからね」
書類を手にしており、その用紙には殴り書きで文字が書かれていたり、荒っぽく横線が引かれていたりしている。
「支部長に馬鹿力だからとか失礼なこと言われて、借り出されたんですよ」
設置型大盾を一人で持ち上げてしまえるのだから、まあ事実ではある。
店主の奥さんは積荷を固定している紐を確認しながら。
「倉庫街から支給品を運んでもらっています」
「回復薬とかか」
基本的に断魔装具の売り買いができるのは、協会の息がかかった店だけ。
「装備品はもうちょっと時間かかるずら」
武器や盾ならまだいいが、軽装や鎧となれば各自に合わせて調整が必要になる。ローブならサイズ合わせも楽かも知れない。
もう協会は近い。
リヴィアは止まっていた台車を再び動かすと。
「訓練場から搬入しますので、ミウッチャさんもそっちにいると思いますよ」
「そうか。じゃあ、先に行かせてもらうわ」
向きを返し、走りだそうとしたところで、背後から声がかかる。
「ラウロさん!」
振り向くと、力強い視線を向けられた。
「お互い、頑張りましょうね」
「なんとしても、守らんとな」
自分たちが暮らすこの町を。
・・
・・
裏の路地から回り込み、訓練場に到着する。
普段よりもずっと大勢の人間がそこにはいた。
出入口付近にいたティトと目が合う。
「お疲れさんっす」
「そっちこそな。グイドさんは岩山か?」
山岳信仰の集落へ食料を運ぶのは許可されていたが、警戒期に入り登山は禁止されていた。彼らの住処はけっこうな山奥だから、そこまで魔物が来ることはないと願うしかない。
「まだ初級っすね」
どちらかと言えば賊たちの方がやばい。今は壁門など普段よりも監視の目が緩くなっているから、上手いこと進入されて治安が悪くなったりしないだろうか。
「あそこの探検者は新人が多いっすから、混乱してないと良いんすが」
「そうだな」
ラウロは訓練場を見渡し。
「ミウッチャさんはいるか?」
「あっちで村に向かわせる探検者の人選してるっす」
見ればそこは人だかりが出来ていた。
「わかった」
ティトは一方を指さし。
「じゃあ自分、空き地で人を集めてるっすから。ちょっとしたらお願いするっす」
「よろしくな」
どこの空き地でそれをするのかは、事前に話し合っていたので、ラウロも何をするのかは把握している。
・・
・・
オッサンは背が高いので、人が集まっても頭一つ抜けている。グレゴリオも居るようだ。
「あっ ラウロさん」
「よう。その時が来ちまったな」
疲れた表情を返される。
「聞いてよ、おっちゃん彼らの組に入るとか言い出すんだよ」
グレゴリオは苦笑いを浮かべていた。
そこには不良三人がおり。
「どう考えても抜けちゃ駄目だよね。この人あれじゃん、元団長でしょ」
嫌味な言い方だが、もっともな意見。
やることの多いミウッチャを手伝うべき。
「んで、編成とかは決まったのか?」
「この通りだよ」
彼女が指さした方を見ると、モニカがいつも指導している四人組が目に映る。
「やだぁー 行きたくないぃっー!」
槍使いが泣きながら、村の避難誘導をごねていた。向かわされるとしても教都方面だろう。
グレゴリオは頭を掻きながら。
「問題は宿場町側だ」
一定の経験と実力のある者でなくては。
カークは民鋼の片手剣を見てから、ばつの悪そうな表情で。
「装備を支給してくれるなら、俺らは行っても良いって感じで、そこの副団長さんと話してたんだ」
「評判が悪いから、ちゃんとした人をつけるべきでしょ」
失礼な物言いだが、実力面では問題ないと判断したらしい。
「そこでグレゴリオさんか」
「まあな」
さきほど中級の訓練場でも、そんな話をしていた所からして、名乗り出たのだろう。
「俺ら三人だけでも十分だっつうの」
ガスパロはため息を一つ。
「あのねダニエレ、お前のそういうとこだよ」
「うるせえっ なんだよ!」
水使いはニヤニヤしながら。
「単純お馬鹿さんってこと」
「なんだと!」
カークが怒鳴り散らす風剣士の頭を小突き、楽しそうに挑発している水使いの背中を叩く。
「事を荒立てないでくれ」
ラウロと行動するようになってから、一番の変化がみられるのは彼だった。
シスターさんと仲が良いようだが、なにかされたのだろうか。
この三人と行動を共にする適任者が見つからない。
「私行きましょうか?」
背後より声がして、振り返ると武具屋の奥さんがいた。
リヴィアと店主は物品の搬入で忙しいようだ。
「えっ 良いかい!」
ミウッチャが満面の笑顔で三人を見て。
「あんた達ラッキーだよ、ボクの先生だよ」
ガスパロは両手を上げ。
「わあっ 僕っ娘だぁ。三十代なんて珍しいですね!」
「う”ぅ」
普段から気をつけてるのに、思わず出てしまったらしい。
グレゴリオは店主の方を見て。
「良いのか?」
「心配はするだろうけど、あの人は慣れてるから。大丈夫よ」
将鋼の片手剣は中古だった。
彼は何人もの常連を見送っている。
「すまん」
「良いわよ別に。それに事の発端は私でしょ」
心配なら、貴方が加われば良いじゃない。グレゴリオにそういったのは彼女だった。
「もともと予備戦力として、参戦予定ではありましたのでね」
一定の年齢となれば、追加料金を払わなくても、戦争への参加は免除される。
ガスパロはミウッチャを見ながらニコニコしており、ダニエレは拗ねてそっぽを向いている。
カークが小さく頭を下げ。
「よろしく頼む」
仲間の二人を交互にみて。
「なるべく言うことを聞かせられるようにしたいとは思ってる」
「リーダーはしませんよ。私そういうのは苦手なんで」
決定権はカークが持つことになったようだ。
一件落着したようなので、苦虫を噛んだ表情をしているミウッチャに。
「俺は空き地の方に良くでいいか?」
「あっ うん、お願いね」
彼女はどこか安堵した表情をしていた。
今回の侵略だが、増援を待つ側となる。
ひと段落すれば予備軍への命令が来るかも知れないが、しばらくはデボラもこの町に残るからか。
探検者をまとめるのはミウッチャだとしても、精神的な負担は違ってくるのだろう。
ラウロは背中を皆にむけ、片手を上げる。
「じゃあ、行ってくるな」
格好良い去り方で去っていく。
そんな格好良いかどうかわからない背中を見て。
「実感湧かないけど、英雄なんですよね。あれで」
先生はその発言に返答することなく、カークが腰に差している剣を眺め。
「その剣はしょせん民鋼ですけど、あの人からすればとても思い入れのある品です。大切に使い切ってくださいね」
ラウロが精神を病んでいた時期は、この三人が探検者を諦めた頃だった。
・・
・・
空き地にはすでに沢山の人々が集まっていた。
協会員たちが言葉かけをして、長蛇の列となっている。
刻印があっても人の位だから、使いきった神力を一晩で全快させるのは無理だった。
教会に頼み天上界とやり取りをして、マグに祈りを捧げる約束は事前に交わし済み。
戦争が始まった今。土の柱教長を含め、神職たちは天上界との交信や、得た情報の拡散で走り回っていることだろう。
「次の方どうぞ」
ティトの合図で三人が前にでる。
「よう」
この町で暮らしているのだから、中には顔見知りもいたりする。
「よろしく頼むな」
エルダの父親。
「少しでも力になることができて、本当に嬉しく思います。ラウロさんが居てくれて、本当によかった」
エルダの母親。
「……ラウロさん」
うつむいていたが、自分の番がきて顔を上げた彼女の表情。
「任せとけ、ちゃんとお前の思いも戦力にすっから」
「うん」
流れ作業の重要性。
すべきことを終えろば、空き地からでるよう誘導される。
エルダは見えなくなるまで、その光をずっと眺めていた。
ティトに促され、一人の男性が前にでる。
「ああそうか。職人の加護者もいるもんな」
「やるべきことはやったからな、最期の仕上げってとこだ」
彼らが作り上げた外壁で、探検者たちは戦う。
面識のない者。友人から知人まで。
作業を続けていると、いつもお世話になっている飯屋の家族がきた。
「ラウロさん、今度タダで好きなだけ食わしてやっから」
「なに言ってんだいあんた、ずっとだよずっと」
オッサンは苦笑いを浮かべながら。
「タダより怖いものはないってか」
「ほらお父さん、お母さん。後がたくさん並んでるんだから」
エルダほど、彼女は落ち込んだ様子はなかった。
「よろしくお願いします」
強い眼差しでラウロを見てくる。
「全力を尽くすから、親御さんの傍にいてやれ」
「はい」
聖者は人々と腕を組み、〖聖拳士〗を召喚していく。
エルダのように仲間の安全を願っていた者。
不安を少しでも払拭させたいと、ここに訪れた者。
色んな人が色んな思いで、空き地に集まってくる。
年老いた女性が前にでる。
「息子の無事を」
「そうか。子供さん前線にでるんだな」
【門】が出現した場合。
最悪なのはとにかく広い場所。
集結した魔物は平原を覆い尽くした。
峠の道は狭い。
増援は迂回するので、相応の日数を要する。
召喚を終えると、母親はラウロに祈りを捧げた。
視線を上に持っていく。
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