3話 魔物
戦いのあった場所から移動した。
ルチオの傷は〖泣くな友よ〗で出血は止まっているが、アドネに手伝ってもらい布をきつく巻いておく。
村人を護衛している探検者たちには〖犬〗をつけていたので、何かあったことは合図により向こうも把握している。
だが正確な情報を知らせる必要があった。
「現状をメモして、犬を村人たちのとこまで走らせてくれ」
強力な小鬼と遭遇し、一名死亡と一名負傷。そいつは【小門?】を使って何処かに消えた。
自分たちを見逃したことと、姿から察するに放浪の可能性。ただそうなるとあの個体は偽物ではなく、本物ということになる。
周囲に散らばっていた敵に気づかれ、もしかすると戦闘になるかも知れない。現状で道を魔物に発見させたくないので、ここで隠れてやり過ごす予定。
やばい時は救援の狼煙を上げるが、判断はそちらに任せる。上手く行けば他の村に向かっていた探検者が気いてくれるかも。
ルートを変更してラファスへ向かうでも構わない。
土使いは〖犬〗の胴体にメモを埋め。
「向こうの犬をこっちに付けてもらうべきだったな」
「しゃあない」
一方通行になってしまっている。
・・
・・
周囲の暗さは一層に増した。
携帯食料は少しだが持参していたので、軽く食べておく。
明かりは点けず。
〖気配〗で周囲を探りながら。
「今のところ気づかれてないが、まだ俺らのこと探してる」
アドネも〖神眼〗で周囲を見渡し。
「お陰で道は発見されてないみたいだね」
遺体に関してだが、ここまで運び茂みに隠させてもらっている。肉鬼がそれにどういう扱いをするかの想像ができるので、本当は埋めたいが今は道具も時間も不足していた。
しばらくして、目を閉じていた土使いが。
「犬が村人たちのとこに到着した」
映像でしか判別できないが、文章でのやり取りは可能だった。
「村人の護衛で手一杯だから、こっちに回す余裕はないってよ。明日を待って別のルートからラファスを目指すそうだ」
口調から苛立ちを感じられるが、抑えようとしていることも伝わってくる。
夜になれば合流するはずだった戦力がこの様だから、仕方ないとしか言えないか。
「他の村に向かった探検者たちに救援を頼めないか、犬を走らせてくれるそうだ」
馬車で向かった連中は今日中にラファスへと到着できただろうが、自分たちのように一夜を明かすことになった者たちもいるはず。
「本当に犬系統の神技って便利だな」
「これが使えるなら、優先すべきだって言われたからな。まあ現状からして、その通りだよ」
現在。村人の護衛団には二体の〖犬〗がいた。
「向こうの召喚者が正確な位置を把握したいそうだから、俺の〖犬〗が先導してここまで連れてくる」
犬と召喚者の意識は共有されているので、他村の護衛団へと向かわせた個体が、救援してくれる場合はこっちに連れて来てくれるそうだ。
「うちらからも、余所への救援要請は走らせといた方が良いか?」
別の護衛団がどこにいるか分かっていない。ラファスへの道ぞいだとは思うが、ルートは幾つかあった。
「戦力に余裕がないからな。俺の意見としては向こうに任せとくで良いと思う」
天上界から教会へのお告げと同じく、この世界において〖犬〗は最も使われる情報の伝達手段だった。
・・・
・・・
数時間が経過した。
誰も時計を所持していないので、正確な時間は今のところ把握できてないが、夜の九時または十時といった所か。
護衛団の〖犬〗とは合流に成功しているが、三人は移動をしていた。
現在地の把握に関しては土使いがいるので問題はない。
隠れていた場所から動いた理由は一つ。
アドネは小鬼の攻撃を兵鋼の盾で弾くと、そのまま短剣で喉を突き刺す。
ゴブリンは黒い血を吐きながら、彼の右前腕を握りしめ、恨めしそうに睨みつける。
偽物にはない反応に動揺してしまう。
「気を反らすな」
土使いが短槍で、死角からアドネを狙っていた小鬼を殺す。
もう〖あんたの槍〗はもらえないが、〖土の槍〗をまとわせていた。
「すみません」
短剣を押し込み、手首を捻じりながら抜こうとするが、死にかけの魔物は手を離さず。盾で顔面を殴打して無理やり遠ざける。
ルチオは両手持ちの戦槌を使っていた。神技の痛み緩和ではなく、〖鎮痛薬〗を服用している。
〖炎の鎧〗に怯んだ隙を突き、小鬼たちを潰していく。
「確かに弱いけど、こいつら違う」
横からの叩きつけが命中したが、そいつは顔面を歪ませながら柄に抱きついてきた。
装備の鎖で得物を消し、すぐさま片手持ちの戦槌を取りだせば、側頭部を殴打する。
オークが体格を活かして突進してきたので、振りかぶってきた大槌を横に避けながら、すぐさま脛を狙って〖炎槌〗を発動させた。
骨を砕き、片足が燃え上がった。
汚い口から唾液が飛び散る。
「細菌もらった」
「残り香いるか!」
ローブや軽装だけでなく、彼は鎧の神技まで使えたりする。
ルチオは再び両手持ちの戦槌に交換して、片膝をついた肉鬼の頭頂部へと飛び跳ねながら振り落とす。
「いや、自分で何とかする」
〖泣くな友よ〗で状態異常を治癒するが、完全に症状が引くことはなかった。
アドネは弓を構えながら。
「新手きたよっ!」
「あいつが居りゃ」
〖魁〗を狙えたのに。
防護膜もそうだが、戦意高揚が現状は欲しい所だ。
ルチオでも可能だが、今は神力を温存しなくてはいけない。
土使いは杖で一方を示し。
「そっちから来る敵を足止めしろ!」
〖犬〗が〖狼〗を引き連れて走り出す。
「アドネっ あと何体くらいだ!」
矢を放ち終えると、周囲を見渡して。
「もうすぐ半分ってとこ!」
自分たちと戦っていた連中はあらかた沈黙させた。
「二人とも神力の残量はどうだ?」
「僕はほとんど減ってないかな」
魔物は報酬を落としたりしないので、お宝ちょうだいは使い道がない。
「一体ずつ召喚してるから、俺もまだ半分くらいは残ってる」
アドネから借りた杖にも神力を沈めているため、普段よりは減りも早い。
「……そうか」
ルチオは混血なため、他の加護者よりも消耗が激しい。
六/三で祈っていたので、火はいくらか余裕もあったが、友情は底が見えている。
この場で神力を補充するにしても、今は焦っているので、普段よりも時間を要するかも知れない。
「敵の増援は狼に任せて、俺らはここから離れるぞ」
現在、足止めをしているのは三カ所。
そのうち〖岩亀〗は熟練が低く、周囲の木々を薙ぎ倒しながらの移動もできないので、ただ敵を引きつけているだけといった感じ。
可能であれば何処かに身を隠して、そこで神に祈る。
二人はうなずきを返し、即座に移動を開始。
彼らはもう一つの選択肢に気づいていない。
〖闘争の岩柱〗 戦意高揚。神力の消費を抑える。敵の精神圧迫。
戦時中のみ使える神技があった。
・・
・・
アドネの索敵を頼りに、移動すること数分。
上手いこと身を隠せそうな場所は見つからなかったが、仕方がないので適当な場所で心を落ち着ける。
「〖花の鎧〗あるからな、鼻から吸ってくれ」
この神技には精神安定の効果がある。
「しまった。すっかり忘れてたわ」
二人とも息が切れており、口からの呼吸になっていた。
「さすが主神さまの加護持ちだね。助かります」
「器用貧乏になってる感が否めないけどな。一応育ててるのは〖犬〗とローブだけだ」
土の主神(杖・槍・剣・鈍器・盾・設置型大盾・ローブ・軽装・鎧)
召喚できるのは眠者以外の全て。
「狼は何体呼べそうだ?」
「三体で限界だ」
この場には〖犬〗がいるけれど、こいつは彼が召喚した個体ではない。
「増援は期待できそうかな?」
ルチオの周りをグルグル回ったり、体当たりをするなどの反応はあった。
しかし問題が一つ。
「良くわからないんだよな」
増援要請に成功したときは、こんな動作をさせる。
彼らは事前にこういった特定の合図を決めていなかった。
呼吸も安定し、神に祈ろうとした時だった。
「犬がやられた」
「まじか」
〖犬〗は群れのボス的な存在だったりする。
「早いとこ済ませるぞ」
姿勢をつくって祈りを捧げるのは久しぶりだった。
・・
・・
十分か、それとも三十分か。
戦いは終わることなく。
ルチオは肉鬼の一撃を戦槌で受け止める。
炎身はクールタイム中。
肩を負傷している現状で、その体格からの圧力は辛い。
〖激励〗は叫ぶ内容で効果が変化する。
「〖友よ、今こそ耐え忍ぶ時〗」
敵に囲まれた現状で声を響かせるわけにはいかない。
防御力を高め、劣勢な時ほど心を奮い立たせる。
アドネがオークの死角から、肌の露出している部位に短剣を突き刺す。
姿を消せなくなったのは痛いが、それでも〖探さないでください〗は気配を隠してくれる。
「浅いっ!」
彼の背中に〖紋章〗が浮かぶ。
ルチオの身体能力を手にするが、それでも二人は前提となる体格に差があった。
別の紋章が〖友情〗に重なって出現した。
〖決別〗 身体能力の強化。
アドネがこれを背負った秒分に比例して、友情の紋章が使えなくなる。
一秒から五十九秒で半日。
一分から一分五十九秒で一日。
二分から二分五十九秒で二日。
理を捻じ曲げたことに対する代価を払うほど、神技は強い力を持つ。
短剣の切先がオークに深く突き刺さる。
装備の鎖を使い、短剣を消した。
「一体でも多くっ」
黒い血を流して姿勢を崩した肉鬼を、取りだした両手持ちの戦槌(民)で沈黙させた。
「一分過ぎる前に消すぞ!」
アドネの次は土の加護者に使う予定。
いつか見た夢は、まだ温存しておく。
・・
・・
どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
当初想定していた五十体は倒しているはずだけれど、実際に数えていた訳じゃないから何とも言えず。
例外はあるとしても、魔物は迷いの森で出てくる偽物よりも弱い。一人欠けるだけで、ここまで違うのだろうか。
〖炎の鎧〗をまといながら、勢い良く戦槌を振り下ろせば、小鬼は脳天に直撃して地面へと崩れた。
周囲を見渡し別の個体へと意識を向ける。
「なんだよ」
沈んだと判断していたそいつは、笑いながらこちらに腕を伸ばす。
ルチオの足首に小さな手が触れた。
燃える鉄靴をよじ登る。
卑しい鬼が炎に焼かれながら、神の力に縋りつく。
「くそっ」
簡単に振りほどけるはずなのに、〖炎身〗で焼き尽くした。
少なくともここで使うべき場面ではない。
「ルチオ!」
「だめだ、まだ余裕はあるはずだろ」
アドネは装備の鎖より、杖をだしていた。
一度に複数体をつくりだす土使いを見て。
「狼の召喚は一体ずつで良い、それより花の鎧はまだか!」
「使えるなら使ってるわ!」
リーダーは〖精神安定薬〗を取りだそうとしたが、つかみ損ねて落としてしまう。
普段ならそんなことは絶対しない。
戦槌から片手を離し、〖薬〗を拾おうと手を伸ばす。
「……えっ?」
ルチオの側面から、小さな影が接近。
〖炎〗の中に飛び込んできたゴブリン。
両手にもった短剣。
柄尻を自分の腹部で固定している。
「なんなんだよ、こいつら」
空いていた腕で小鬼の顔面を鷲づかむ。
ゴブリンは笑いながら体重を乗せ、少しでも深く突き進もうと片足を前に出す。
〖炎身〗により強化された筋力で引きはがしながら、握り潰そうと指先に力を込める。
眩暈がした。
胃から何かが溢れそうな感じがする。
オークが涎を撒き散らしながら迫ってきた。
「ルチオっ!」
アドネが杖を掲げるも、発動は間に合いそうにない。彼にもまた忍び寄る小さな影。
土使いはローブをまとったまま。
「あのオークを狙え!」
この場に〖狼〗は存在しているも、犬が居ないので彼が敵と認識している対象を襲うだけ。
リーダーは吐き気を抑えつけながら。
「友よ、今こそ活路を開け」
まだクールタイム中だった。
自分を見下ろす肉鬼の顔が憎らしい。
食われるのだけは御免だった。
伸ばされた腕を後ろに飛び退いて避けることには成功した。
小鬼たちがルチオに群がろうと行動する。
この場に〖犬〗はいた。
「活路は開きましたよ、貴方たちはよく耐えたわ」
オークの腹部から剣の切先が突き抜ける。
限界が来たのか、ルチオはその場に倒れ込む。
〖波〗は味方を巻き込むことなく、小鬼だけを吹き飛ばす。
肉鬼は〖剣〗の刺さり方が悪かったのか、抜けることなくその場に残る。
もしこの体格で倒れられたら、ルチオが押しつぶされていた可能性もあった。
〖雨〗が降る。
解毒の雨中だからこそ、〖解毒薬〗は瘴気の傷に対抗できる。
「うわっ こりゃまた、ずいぶんボコボコにやられちゃったね君」
「……」
杖を掲げ無防備となれば、そんなアドネの背後を狙うのもいるだろう。
〖風伸突〗がゴブリンを吹き飛ばす。
嫌味な回復役はルチオの隣に立つが、手を差し出したりはしない。
「一つ言っとくけど、あいつは自分が嫌われてるの自覚してるからさ。君らが不安がってることは起きないよ」
吹き飛ばされたゴブリンたちを、カークが両手剣で沈めていく。
ルチオはそんな光景を呆然と眺めながら。
「わかった」
四人目の女性は突き刺さっていた剣を、装備の鎖に戻す。
取りだした大剣で瀕死の肉鬼を叩き潰した。
敵に視線を向けたまま、土使いに意識を向け。
「つれて帰ってあげたい所だけど、私たちはここに来る前に確認してきました」
遺体の状態。
「……そうか」
見ない方が良い。
彼女のような実力者がいたからこそ、今回の救援は実行に移すことができたと言えるか。
先代のいぶし銀。
剣の主神から加護を受けた者。
次話とりあえず執筆できましたので、明日投稿したいと思います。




