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いつか終わる世界に  作者: 作者です
魔界の侵攻
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2話 避難誘導



 警戒期に突入していたので、各村も避難をできるよう事前に準備は進めてあった。


 また村の財産は家庭というよりも、集団で共有といった側面が強い。


 なによりも冬という時期が良かった。寒くても育てられる作物はあるけれど、主だった収穫はすでに終えていた。


 それともう一つ。農作業をしないこの時期だからこそ、出稼ぎでラファスにくる者が多い。



 避難誘導は各村出身の労働者が先導してくれる。


 行きは馬車を使うが、帰りは村人を乗せるので、探検者たちは護衛を除き自分の足に頼ることになる。


 村が保有する台数を含めても、女子供や年寄りだけで満員となってしまう。


 もとは出稼ぎの探検者であれば、男女関係なく残ってもらうことになる。


 石切り場まではそれぞれ自力で行くことになっているので、労働が主体だとしても戦闘経験はあるものとして扱われる。


 人型かどうかの違いは大きいが、野生動物を狩った経験があるのなら、命を奪う感覚も知っているはず。


・・

・・


 時刻は一四時。


 馬車を見送り、ルチオたちは戦える村人の護衛としてラファスを目指していた。



 即席の四人組は先行し、安全を確かめる役目を任される。


「二人とも魔界の侵略は今回が初めてだっけ?」


「まあな。回復神技がどんだけ弱体化してんのかとか、正直いうと良くわかんねえ」


 実力としてはルチオたちの方が上かも知れないが、そういった点もあり経験者の彼女がリーダーに選ばれた。


 ラファスには鉄塊団とは別の徒党も存在するし、どこにも所属していない者もいた。


「魔物ってのは現れてもすぐには動きださないんだけど、指揮官とかがいるわけじゃないから、待機ができない個体もけっこういるの」


 魔界と地上界を繋ぐ大きな空間の歪みは、一般には【門】と呼ばれている。


 そこから出てくる魔物は集結してから行動を開始するが、小鬼や肉鬼の一部はそのまま散らばる場合があった。


「ただ場所的にそいつらは心配ない。私たちが警戒するのは【小門】から出てきた連中」


 【門】の周辺には複数の【小門】が開く。


 土の加護者は地面に手を添えて。


「〖犬〗を走らせてるけど、俺じゃ上級者みたいに沢山は召喚できない。〖気配〗も見ての通り常時は使えないからな、よろしく頼むよ」


 アドネは弓を持ちながら。


「はい。でもダンジョン外で使った経験ないんですよね」


 〖探さないでください〗は姿を消せなくなるし、〖明日はどっちだ〗にいたっては意味を無くす。


・・

・・


 周囲を探りながらの移動。


 〖犬〗は護衛対象の村人たちを見るための一体と、索敵に五体といった感じで召喚している。


 〖犬〗は〖狼〗の三体分。


「今の状態で狼は何体くらい召喚できるんだ?」


 彼は将布のローブをまとっていた。


「神技込みで、こいつに神力を沈めても五体が限界ってとこか。ラファスに戻れば、杖を支給してもらえると思うんだけどな」


 各町は兵士だけでなく、戦争に備えて断魔装具も保管している。ただし一目でわかるよう印が刻まれており、貸しだした事実も記録されているので、戦後は返却しなくてはいけない。


「良ければこれ使ってください」


 アドネは装備の鎖より、将木の杖を取りだした。


「気持ちは有難いけどな」


「いつか見た夢で使う装備だよねそれ」


 ルチオは彼が使っている兵木の杖を見て。


「魔物って上級や迷いの森にいる偽物より、基本は弱いんだろ?」


「ラファスに戻るまで交換しましょう。たぶん火力はそっちの杖でも十分足りてると思うし」


 この二人と今まで面識がなかったわけではないし、どのような組かも知っている。


 村出身の探検者。冬の期間だけ初級の石切り場で労働する者もいるが、彼らのように探検者として活動する連中も存在する。


「じゃあ有難く使わせてもらうか」


 役所にお金を払い、登録を村から町に変更。


 こういった探検組の目的は村からの独立であり、二人の仲間はすでにラファスの民として、追加料金を払っていた。 


「もし傷物にしちゃっても、私たちじゃ簡単には払えないよ」


「気にすんな。杖じゃ壊れる心配も少ないしよ、維持費くらい考えながら活動してっから」


 もしダニエレたちであれば、絶対に貸したりはしない。


「まあ修理費の半分くらいなら、俺らもだせるか」


「それでいい」


 口約束ではあるけれど、アドネと土使いは互いの杖を交換した。


・・

・・


 移動を続けること十数分。


 次第に日も傾きかけた頃。



 アドネが一方を指さす。


「少し遠いけど、あれかな?」


 これまでの活動で熟練は上がっており、なおかつ将木の弓で強化もされている。


「ちゃんと敵は色で判別してくれるんだね」


 ダンジョン外なので透視能力は失われていた。それでも敵のいる方角は色で示してくれ、距離感もなんとなくわかる。


「ちょっと待っててくれ」


 土の加護者がアドネから得た情報を頼りに、〖大地の気配〗を発動させた。


「確かにいるな。たぶん【小門】から出たが、集団じゃ動かないで散らばったみたいな感じか」


 全てを合わせれば結構な数になるが、分散しているので個々の脅威は少ない。


「この道に出てきそうなのは?」


「いるな」


 道を発見すれば、魔物もそれに沿って人間を探す。


「じゃあ、こっちから仕掛けましょう。道を外れるけど良い?」


「俺らはリーダーに従うぜ」


 アドネもうなずく。


「これ以上暗くなると、〖犬〗の視界も利かなくなる」


 臭いを探るわけではないが、土犬には気配察知や意識共有の能力もあるため、索敵をそのまま続けることは可能。


・・

・・


 〖神眼〗の夜目だけでなく、ルチオの〖灯火〗を頼りに森中を進む。


 まだ明るさは残っているが、木々の枝葉に阻まれているので、視界は夜と言っても良い。


 土使いは地面に両手を添え。


「もうすぐだ」


「そろそろ明かりを消した方が良いかな」


 ルチオは灯火を停止させ、〖火槌〗により赤い光をまとわせる。


「こっちなら良いか?」


 リーダーはうなずくと、自分も〖俺の槍〗を使う。


「私たちも戦った経験はないんだけど、武器や防具に黒い靄がまとわりついてるのは、危険な個体らしいから気をつけて」


「救援を呼ぶべき相手だってのは聞いてるな」


 偽物と同じく、魔物にも強化個体と呼べる存在が確認されていた。上級探検者でなければ相手ができない。



 先頭のアドネは弓を持ちながら、短剣で茂みを掻き分けて行く。


 やがて立ち止まり、後方の三人に意識を向け。


「いた」


 肉鬼が体格を活かして道をつくり、その後ろを小鬼たちが続く。


「タイマツなんて持ってるんだな。自分らで作ったのか?」


 一体のオークと十体ほどのゴブリン。そのうち二体の小鬼が火を灯している。


 リーダーは将槍を握りしめ。


「魔物もさ、偽物と同じで殺すと灰になるんだよね。装備も含めて」


 土使いは魔物に気づかれないよう、〖茶光のローブ〗を発動。


「瘴気から出現した時点で、もう持参してるんだろうな」


 アドネが夜目で敵を観察する。


「弓持ちはいなさそうだよ」


 リーダーは深呼吸をしてから。


「じゃあ、手筈どおりに行くよ」


「わかった」


 肉鬼が踏み倒した草や細枝が道になって、両者のあいだに障害となるものはない。


 両足が銀色に光り、〖一点突破〗の切先が、最後尾でタイマツを持っていた個体の背中を貫いた。


 敵の集団は縦一列なので、ほぼ全ての対象を〖波〗で吹き飛ばすことも出来ただろう。


 それでも発動したのは〖魁〗だった。


 閃光は周囲を照らすが、内壁突破作戦で使われたものより光量は少ない。


 森中なので光は遮られるし、今回は自分たちだけに効果が発動すれば十分だった。


 また強すぎる明かりは、周囲の魔物に存在を気づかれる危険もある。


 〖魁〗により、四人が防護膜をまとう。



 小鬼の軽鎧ごと深く貫けば、本来であれば抜くのは難しい。


 〖一点突破〗系統の神技は時空との合作。


 〖波〗が発動する瞬間に銀光が歪み、変な刺さり方をしなければ、敵を吹き飛ばすのと同時に刃も抜ける。


 だが〖魁〗にはそれがなかった。



 今回は奇襲を仕掛けたので、他の魔物は何が起こったのか理解に遅れる。


 槍を装備の鎖に戻せば、小鬼は黒い血を流して倒れた。



 敵が武器を構える前に終わらせたい。


「今だ」


「はいっ」


 アドネは土使いの合図を受け、数秒間だけ〖こっちみんな〗で自分に意識を向けさせる。


 次の瞬間だった。


 左右の茂みから二体の〖犬〗が飛び出ると、続けて〖土狼〗たちが魔物に体当たりを仕掛けた。


 各個体には短い草が生えているが、確認できたのは今回が初めてらしい。



 ルチオも槍使いの後を追っていた。


「気をつけねえと」


 初級での経験から、どうしても〖土狼〗は敵だと認識してしまう。


 〖地炎撃〗が焼くのは魔物が主なので、周囲の草木は焦げるだけに終わる。そもそもこれは神技だから、ルチオの意思で消すことも可能。


 視界が火によってひらけた。


 歩行阻害を受けた小鬼たちは振り返ることもままならず、装備の鎖より再び槍を出現させたリーダーに切り払われていく。


「やっぱ装甲脆いね」


 彼女も〖地炎撃〗に熱せられるが、防護膜のお陰もあってか焼けはしない。熱いものは熱いが、この神技は火力がもとから低かった。


「そもそも見た目からしてボロボロだし」


 近接武器の基礎神技には、斬打突の強化も含まれているが、迷いの森や上級となれば鎧に防がれてしまう場面も多い。


 どのように装備させているのかは不明だが、偽の魔物は級が高くなるほど、将や王の防具をまとう。また強化個体などは出現時に、召喚者が神力を沈ませている可能性もあった。



 〖地炎撃〗によりゴブリンは動きを封じられたが、オークは何とか後方に振り返ると、突進してきた〖狼〗を大剣で斬り払う。


 土の頭部が破壊されるも、草の根により石核は守られたようで、再び立ち上がって活動を再開させた。


 別の〖狼〗がオークの側面より足もとを狙う。


 蹴飛ばそうとしたが、〖地炎重撃〗が発動したことで姿勢を崩す。


 大型犬サイズの土塊が激突。



 土の加護者が〖岩亀〗を召喚。


 防具をローブから軽装に変更したが、召喚した時点で〖狼〗の性能は決まるため、草が除去されはしない。


 動くなと指示をだす。



 アドネは〖亀〗の上に乗っていた。浮かんではいないが、皆より高い位置に立つ。


 将製の弓と矢筒に神力を沈め、武器としての質を向上させる。


 放たれた矢がオークの兜を貫く。


「確かに脆いや」


 欲望の神技に貫通強化はないので、迷いの森だとこうはいかない。


 装甲の薄い部位を狙う必要もないから、やはり何かと楽だ。


 そもそも偽物と違い、本物の装備には統一感がなかった。


 鉄を使っているのは少なく、革や布だけの個体もいる。



 見た所、鎧ですらない小鬼も。


 正面から飛びかかって来た〖狼〗の一撃を、そいつは横に反れて逃れる。


「甘い!」


 回避後の隙を狙い、槍使いは石突からの〖無断〗を仕掛けた。


「なっ」


 命中の感触が手に伝わらず。


 彼女は気づくべきだった。〖地炎重撃〗の中で、こいつが動けている事実を。



 最初から居たのか、それとも戦いの最中、いつの間にか紛れていたのか。


 ルチオが叫ぶ。


「後ろだ!」


 右手に握られた小鬼の【短剣】が瘴気に包まれ、その切先が軽鎧と兜の隙間を通り、鎖帷子を貫通する。


 防護膜は意味をなさず。


 短剣の柄を握ったまま、膝から崩れゆく彼女の背中を足場として、後ろにいたルチオに向けて飛びかかった。



 迫る小鬼に合わせ、地面につけていた〖戦槌〗を振り上げる。


 外套の中からもう一つの短剣を覗かせれば、それが〖槌〗を弾く。


 続けざまに赤い血に染まった右の【短剣】で、燃える〖鎧〗の肩当を斬った。


 防護膜と将鋼の装甲。


 装甲は確かに破損したが、内側の肉体に負った【傷】はそれよりも深い。


「クソっ!」


 側面から土使いが〖短槍〗で狙うも、左の【短剣】で軌道を反らされ、切先は空気を突くだけに終わった。


「ルチオ退いて!」


 声に反応し、脳が命令するよりも先に身体が動く。



 放たれた矢は命中したが、【障壁】により弾き落される。


 この個体であれば、避けることもできたはず。


「ぁ…に……キ」


 ルチオと土使いの存在を忘れ、そいつは〖岩亀〗の上に立つアドネを見つめていた。



 その隙に〖泣くな友よ〗を発動させたが、癒すことはできても完治はせず。


 戦槌を地面に落す。


「友よ、〖今こそ活路を切り開け〗」


 〖火の鎧〗が〖炎〗へと変化。


 装備の鎖より片手持ちの〖戦槌〗を出現させ、〖激励〗からの痛みの緩和で無理やり身体を動かす。


 小鬼はアドネから目を反らすこともなく、片腕だけを動かして〖炎槌〗を受け止める。熱に包まれながらも【短剣】を振り抜けば、ルチオは後ろに姿勢を崩し、尻から倒れてしまう。


 〖炎〗が【短剣】ごと前腕を燃やしていたが、すっと振って鎮火させた。


「ちガ…ぅ」


 ゴブリンは肩を落とす。



 すでに〖狼〗が他の個体を片付けてくれていた。


「召喚を停止させてくれ」


 ルチオは上級での話を、ラウロやレベリオ達からよく聞いていた。


「こいつもしかして、放浪じゃねえか」


 気づいた理由はそれだけじゃなかった。


 尻もちをついた時、それが手に触れたから。



 自分たちではこいつには勝てない。


 破れかぶれで、傍らに落ちていた笠を小鬼に投げる。


「わかった」


 男も〖狼〗を土に帰す。




 ゴブリンは短剣の柄で笠を引っかけると、戦意を失った人間を交互に眺め。


「ぁ…キ、サが……ぃト」


 前方に【空間の歪み】を発生させ、何処かへと消えて行く。


・・  

・・


 うつ伏せに横たわる者を土使いは見下ろしていた。


 肩に手をおくが、彼は負傷していないので、神技を使う必要はないだろう。


「判断はお前に任せる。俺が背負うから、できればラファスまで連れて帰りたい」


 アドネは〖岩亀〗から飛び降り。


「周りの魔物に気づかれたみたい」


「……そうか」


 土の加護者は両膝を地面につけ、〖気配〗を発動させる。


「少なくはないな」


 三十から五十。


「すまねえ。〖回復薬〗飲んでみたけど、これ以上は治らないみたいなんだ」


「わかった」


 彼女が身に着けていた装備の鎖と将槍を回収。



 瘴気に囚われることのないよう、輪廻への無事な旅路を願う。


 神の守りを。

 


 

 

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