8話 日常2
受付嬢との楽しいお喋りが終わったら、次はあまり気乗りしない相手との交渉。
重い足取りで、その机に向かう。人の少ないこの時間でも、ここのスペースにはそれなりに居る。
話す相手は二人。隣の席は周りの探検者も嫌なのか、あえて空いていたりする。
「ご無沙汰しております」
両足を軽めに揃え、正式ではない軽めの敬礼。
「なんだい、珍しいのが来たね」
ドスの聞いたしゃがれた声。もとは金色だったが、今は白髪交じりの短髪。腕にも頬にも傷跡がうかがえ、なにより五十代とは思えない筋肉。
服装はラウロよりも大分整っている。
「挨拶もせず、申し開きもございません」
「ラウロ君。ここは騎士団や兵舎じゃないんだよ、それは止めなさい」
もう一人は自分よりも少し年上の男性で、卓上にて両手を組む。目が細く、どこか諭すような口調。もともとこの町にいた満了組を仕切っていた人だ。
「しかし」
今の仕切り役であるその人物は、片方の手で机に頬杖をつき、足を組んでいる。
「多少の礼儀がありゃ良いさ、探検者としちゃ同期だ。それで何用だい、私んとこ来る気にでもなったか?」
鼻で笑いながらの勧誘。
「いや、もう当時のようには戦えませんので」
ラウロには心の余裕がないようだ。
「ほらほら落ち着いて落ち着いて。この人も分かりにくいですが、冗談で言ってるんですから。まずはその敬礼は止めなさい、僕ちょっと嫌いなんですよそれ」
即座に姿勢を直す。
「まぁそうだろうよ。あんたはモンテと仲良くやってりゃ良いさ」
この町にいる居残り組の出身は、今のところ二組。
第三騎士団 名前は行業しいが、その数は八百もいるかどうか。非戦闘員なしとして、五十ほどをまとめていたのがこの人で、ラウロにとっては直属の上司だった。
「はやく要件を言いな。今は日向ぼっぽ中なんでね、手短にお願いするよ」
協会支部にはガラス張りの窓があった。この町とは違う広場にある、【砂漠・遺跡】からの品だ。たまにこの二人は、ここでこうして駄弁っている姿をみてきた。
「都市同盟から来た一行に対し、不義を働いてしまいました」
「ああ、聞いてるよ聞いてる。なんでも賭けに負けて当たり散らしちゃったんだってね。面白いね、うん。面白い」
机の上で組んだ指を動かして、なにかクネクネさせている。
ラウロからすれば、全然面白くない。
「私らも実際に呼び出されて面会したね」
頬杖を解き、二階を指さす。
「そっ そうですか、あの場にいらしたので」
「あんたぶっ倒れてたの見たよ……それで、あの連中がなにさ」
目の細い中年はその様を思いだしたのか、ブファっと唾を噴いてしまう。
「ちょっと目の前でやめなさいよ、汚いねぇ」
「えへへ。ごめんなさい、ついつい」
帰りは別口から出たらしい。
ラウロはもう早くお家に帰りたい。
「あの。その、回復役がいないとのことで」
「知ってるよ、その要件だったからね」
そうかと納得してしまう。
「無理ですか」
「無理だねぇ、うちからは余裕ないよ。ほぼ皆が回復持ちだけど、ここは軍隊じゃないんだ」
探検者に無理強いさせるなどできない。
「そうですか」
「金は出せるかい?」
腰裏の鞄から金袋を出し、今用意できる限度額を机に置く。
「んであんた、それで連中が納得すると思うか」
もうラウロは顎を左右に動かすしかない。実際に彼らはもっと多くを準備して、この二人との交渉に挑んだはず。
無理だなと諦めかけたその時、目の細い男がその金を手元に。
「なんだ、当てでもあるのか?」
「デボラさん、あの娘なんてどうかな。ほら、派遣軍あがりの」
皺を隠した目もとが、わずかに動いた。良い案だとラウロを見あげる。
「他国での任期を終えたのが、珍しく探検者に成りたいそうなんだよ。ただうちのは殆どが【町】でね」
実力的に組み込めない。そうでないパーティもすでに人数は整っている。
「派遣軍だって、一応の訓練はしている訳だ」
実践投入されて最低でも五年は従事。年数からすればもしかすると、前回の魔物侵攻には参加していた。それか訓練期間だったか。
「なるほど。ここ一年や二年の新人よりは熟れていると」
男は卓上の硬貨を、指でトントンしながら。
「それでよければ、彼女にはこれを渡して相談してみても良い」
しばらく考えて。
「感謝いたします。とりあえず、今から彼らの宿場に行ってみようかと」
「だがねラウロ。もう一つ選択肢があるよ」
酒類は出ないが、お茶くらいなら用意されている。それを注ぎながら。
「あんたが今受け持ってるガキは二人。いや、三人だってね。あと一・二カ月で期間は終えるんだろ」
内容がわかり即座に返答。
「難しいかと」
それができたら、とっくにモンテと合流している。自分の代わりにルチオたちと組ませるとしても、相手の娘が納得しないかも知れない。
「まったく、途中で遮んじゃないよ」
穏やかな口調だったが、ラウロは固まってしまう。
「一定回復で重要なのは見極め、あとは神技の熟練がものをいう」
秒間回復は見極めを必要としない。聖域も当初はかすり傷を治すのにもあれで、戦闘後のケアくらいにしか使えなかった。回復の主体は聖紋。
「どちらが合わせるかなんて、君が決めなくても良いんだよ。相談してみると良い……あっ、これは命令ではないからね、履き違えないよう」
わかりましたと頭をさげる。その時だった。
「次の方どうぞー!」
このスペースにいる者は皆が三人の会話に注目しており、普段よりもずっと静かだ。
受付嬢は顔を真っ赤にして、こちらを睨んでいた。
細目はなんだか楽しそうに。
「なになに、君また何かしたの?」
「いっ いえ、思い当たる節は……ない、かと」
お茶に口をつけると、再び頬杖をつき。
「あれかねぇ。女と話してるもんだから、嫉妬させちゃったかね」
「え、女?」
失言に気づき、しまったとラウロは顔を歪ませる。
今日は休日だったのだろう。ティーカップには薄い口紅がついていた。
「もう君最高だね」
細目がニコニコと笑っていた。
即座に察知し神力混血をしたが、以前受けたそれとは比べ物にならない痛みが頬に突き刺さる。
・・・
・・・
なんとか気絶せずに済んだが、治療の光で治しながら宿屋に向かう。
自ら志願して騎士団入りした彼女は、光の加護を持っていない。
「信じられるか、あれで愛情の加護持ちなんだぜ」
〖母なる愛〗 範囲内、味方を一定回復。
〖父なる愛〗 範囲内、味方の防御強化。
水の回復薬を使った神技〖雨〗と並び、光に対抗できる回復を持つ。
そしてルチオと同じ二神の加護持ち。
風の眷属神(大剣・鎧)。
「化け物だ」
試練の日はすぐに着いてしまったが、こうして一人で歩くと中々に遠い。
やっとのことで宿に到着すると、女将さんに居るかどうかを聞いてもらう。後衛の女は不在だが、あとの二人は居たようなので呼び出してもらう。
ラウロは食堂で待つ。食事がでるのは朝と夜だけなので、今は誰も居ない。
・・・
・・・
許可を貰ってから装備の鎖より剣を出し、それを右手側に立てかけて座る。十分ほどが経過。
「すみません。遅くなりました」
実はもっと前にリベリオが一度来たのだが、汗を拭いてから直ぐに来ますのでと戻っていった。
「この町は空き地が多いので、鍛錬の場所もあって良いですね」
宿の裏手にも馬屋と空き地がある。待機中の馬が少し運動できるほどの広さ。
「近隣の村がいざという時に避難してくるからな、貧困街の方に行くともっと多いぞ」
「回復役の件で来たの?」
青年だけが来ると思っていたが、前衛の女も席に着く。今は革鎧ではなく、普段着となっている。
装備の鎖は基本的に三セットで回す。普段着用・ダンジョンでの移動用・戦闘用。
恐らく最初に揃えたのが例の革鎧で、本人としても愛着があり、それが移動用。これ以外に武器を持ち変える場合は、戦闘用を二種にしているのかも知れない。
「お酒飲む? なんなら持ってくるわよ、呑みかけのだけど」
店主が用意してくれた冷たいお茶が置いてあった。
「いや、まだ昼だしな。それに酒は付き合い程度なんだ」
「そう」
しばしの沈黙。すごく不器用に気を使われていた。
店主が二人分のお茶を用意してくれた。
「満了組とさっき話をしたんだ。条件とは少し合わないかもだが、派遣軍から一人出せるかも知れん」
お詫びとして金は自分が持つ。実力はまだわからないが、恐らく新人や初級者よりは上。これらの事も伝える。
リベリオはお茶を飲むと、少しムセてしまったのか、口もとを手で隠しながら咳ばらいをする。
「実を言うと謝らないといけないことがあります。ラウロさんを調べさせてもらいました」
以外にも二人して頭をさげて来た。
「俺への勧誘か?」
「まさにその件で今、マリカが教会に向かってるのよ。今日あれなんでしょ」
情報収集は多分、ラウロよりもずっと上手。
「手伝いに行ってくれてるとかか?」
恐らくマリカと言うのは炊き出し準備の経験があるのだろう。
「はい。僕らはこれから中央教会の方に行く予定だったんです」
炊き出しはそれぞれ順番で行うことになっていた。週三回でそのうち一回が今日の貧教会。もう準備は始まっているが、配るのは夕方あたり。
「もしかすると先にそちらへ来られるかも知れないと思い」
別に両者は仲が悪いわけじゃない。向こうからも人員や費用は出してくれていた。
お茶を飲みかけていたが、ピタっと止まる。
「中央の方は合わせる顔がないんだ」
そうですかと青年は口を閉ざす。
「調べたんなら、俺が今どんな状態か解ってるんだろ?」
「はい」
恐らく内容も知っているのだろう。
「俺もその娘も、あんたらほどには熟れてないぞ」
この返答に驚いたようで。
「……断られると思ってたわ」
「俺は教育係もあるし、すぐには無理だ」
自分の思惑も話さなくては。
「俺はもともとソロでやってた。初心者の連中とも年齢が離れすぎてるしな、元同僚なんてとてもじゃないけど足手まといだ」
お茶で乾いた喉を潤わせる。
「でっ あの場にいた受付嬢さんに教育係を進められた。教会にも通ってて、面識も軽くあった。あの二人だな」
そして二人を交互に見る。
「レベリオさんと、アリーダさんだっけ?」
女はそうだとうなずく。
「〖君の剣〗と〖貴様が盾〗だけど、それが現状の俺にとって必須になる」
「なるほど。では前向きに検討しても大丈夫でしょうか?」
アリーダを見る。
「そちらさんが嫌でなければな」
「あんたの経歴を知って、そんなこと言うほど馬鹿じゃないわよ」
どこまで知られているのか気になるが、あまり聞きたくはない。
「当分は派遣軍からの娘と行動してくれ。俺は時間の合う時にでも、訓練場や広場の開拓地でって感じで良いか?」
娘の方は後衛の杖。ラウロは前衛の剣。
もしかしたら水と欲望の二人は、このまま引退するかもしれない。
今になって思うと、これは確定事項だったのだろう。でなければ国を越えてまで。
「いや、もうほんと。ありがとうございます」
レベリオは疲れた表情の中に安堵を浮かべていた。アリーダも目をつぶって小さく息を吐いている。
一番大事なこと。ここで言わなくてはいけない。
「あんたらが前衛だとすれば、俺は後衛でも良いかもな。だけどよ、こいつを使いたいんだ」
椅子から腰をあげ、傍らに置いていた片手剣を持つ。
レベリオもそれを見て立ち上がり、手を差し出してきた。
「神技の確認をしてからでないとあれですが、前衛三・後衛一で進めてみましょう」
「すまんね」
当分は派遣軍からの娘とこの三人が組む。話し合いや、連携を合わせて決めることになるが、彼女にはルチオたちのパーティにも誘いをかけたい。
どちらを選択するのか。まず何を目的で探検者をするのかも、今のところ分からない。
彼女がルチオたちを選んだからと言って、レベリオたちがラウロでは難しいと判断するかも知れない。
そうならないためにも役割と価値を示し、彼らに認められなければ。
「期待に沿えるよう、頑張ろうと思う。よろしく頼む」
握手をしようかと思ったのだが、アリーダも座りながら手を出したので重ね合う。
音頭をとるのはリーダーのレベリオ。
「ではいずれ、ダンジョンで会いましょう」
独り立ちの観点から、教育係がそのまま残るのは良くない。新しく教え子を向かえるのも悪くはないが、今年成人を迎えた者も限られている。
せっかく探検者になったから、できれば上を目指したい。今の自分ではソロだと難しい。より高くへ挑戦するのは楽しい。
もう一度、国のために従事したいというのもある。これが大本なのは今も変わらない。
最悪ソロになっても仕方ない。一人でコツコツやっていくのも楽しい。装備を整えられた時の喜びは忘れない。
少なくともこの三年、すべて自分を優先して生きて来た。誰の役に立てなくても、自分は確かに楽しんでいた。
心に余裕が生まれ、たぶん視野も広がった気がする。
今。この町での生活が楽しい。




