1話 日常の終わり
宿場町の探検者たちは魔界への警戒準備に入ったので、ダンジョン広場への挑戦は中止となる。
あそこに存在する協会は仮設なので、探検者の半数は製鉄を産業とする町へと戻らなくてはいけない。
各都市や町の戦力。
教都が一番上として、光の騎士団がいる旧王都や城郭都市がその次点。
港町にも騎士団はいるが、訓練期間の連中も混ざっているので、戦力としては少し劣る。
教都に所属している予備軍の一部を宿場町。
城郭都市に所属している予備軍の一部を製鉄町。
旧王都も含め、こういった感じで不足している各町に割り振られるが、ラファスはもともと人手が充実しているので、今いる者たちで守り抜かなければいけない。
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季節は冬。
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その日。ラウロは中級ダンジョンの訓練場にいた。
不良三人組はこの場にいない。以前ほどの悪評も薄れ、今は初級で着実に準備も進めている。
「ありがとうな。お前に相談して正解だったよ、今度なにかお礼でもせんと」
すでに装備の鎖も三人分揃っており、次あたりで大ボスに挑戦する予定らしい。
「探検者に成りたての頃、いろいろと世話になったんで良いっすよ」
グレゴリオは門番という仕事をしているが、警戒期に突入したこともあり、予備戦力として今でも時々訓練は続けている。
手に持った小斧を投げ、的に向かって飛ばす。
ラウロも空刃斬の熟練を上げるため、片手剣と短剣を交互に振って斬撃を放つ。
「欲を言えばもう一人、誰か加わってくれろば良いんだが」
「本人たちは生活できりゃ十分って感じだ」
今さら徒党に参加するつもりもないらしい。
「無理のない探検であれば構わないが、いざとなればな」
「追加料金も払ってませんしね」
どこにも所属しないまま、編成時に三人というのは何かと困る。
「今回だけに限るが、俺でも良いか」
「まじっすか」
苦笑いを浮かべ。
「そんなに心配なら貴方が加われって言われたんだ、断られるかも知れんが」
グレゴリオは的に刺さった小斧に手の平を向ける。
小斧に沈めていた神力。
身の内から湧いてくる自分の神力。
それらが繋がりとなって、引き寄せ効果が発動。
回転することもなく、グレゴリオの手に得物がもどる。
「現役中に知りたかったな」
「けっきょく自然回復だと、満たすまで数週間かかるんで、使う機会も少ないんじゃないっすかね」
覚醒者は祈る対象となる神もいないので、加護者よりも回復は気持ち早かったりする。
グレゴリオはもう一度、的に向けて斧を投げ。
「お前は今後どうしていくんだ?」
「レベリオたちが方針を挑戦から育成にするようだし、俺も安定収入に切り替えてく予定です」
自分の軽鎧を眺めながら。
「上級だと維持費が馬鹿にならないんで」
革の鎧は胸と背中に王鋼を打ち込んでおり、その内側に神革を使っていた。
「国からだったか」
警戒期に入ったこともあり、光の宝玉と神革(中)は教会から与えられたことになっている。
「予備軍に参加するつもりはないのに、申し訳ない気はしたんですがね」
「これまでの功績で貰ったんだろ」
ラウロが経験した魔界の侵攻は全部で三度。
訓練期間の十代。
徴兵期間の二十代。
任期満了後の三十代。
「俺としては救済の光より、平原のほうが印象に残っているな」
前々回の侵攻で外れを引いたのは城郭都市だった。その地を受け持っていたのは第三騎士団。
「国が大げさに宣伝したってのもありますんで。ただ聖属性は籠城戦の方が向いてるのは確かです」
今なら当時よりも戦える。
「探検者を引退したわけじゃないんで、宝の持ち腐れにはなりませんよ」
「それで良いさ、お前の人生だ」
心残りがないと言えば嘘になるが、選択したのは自分の意思。
誰かのためではなく、自分のために。
一方通行の願いなど、誰にも響かないし届かない。
二人がここで訓練をしているということは、協会でも把握していたのだろう。
「グレゴリオさん! ラウロさんも居ますね、ラファスにお戻りください!」
こちらに駆け寄りながら、職員がそう叫んできた。
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情報の取得手段は幾つかあるが、この世界でもっとも活用されるのは、天上界から教会へのお告げだった。
ダンジョン広場にはヴァレオの姿があり、慌ただしく周囲に指示をだす。
「お前らは馬車で支部まで戻ってくれ、状況の説明は職員から聞いてください」
「わかった」
そそくさと馬車に乗り込めば、普段とは別の出口より広場を後にする。
グレゴリオは道の先を睨みながら、手綱を握る職員に。
「場所は?」
「港町と宿場町のあいだです」
山々の周辺は森が生い茂っているが、海に近づけば平野となる。
「厄介だな。そうなると集結も可能か」
指揮をとるような存在はいない。それでも骨鬼を筆頭に、群れをなす機能が身体に沁み込んでいた。
【門】の出現した地形によっては集まることができず、それぞれが散らばって動くのでまだ有難い。
舗装された道といっても、馬車の揺れはそれなりにあった。
「どっち寄りだ」
「宿場町です」
魔物が近づくほど瘴気が濃くなってくるので、馬などの生物は使い物にならなくなる。
「外れじゃないけど、当たりでもないって感じだな」
今回の場合は教都の方面から増援を待つ感じになるだろう。旧王都も場合によっては、隣接する小国の救援に向かう必要がでてくる。
城郭都市は山越えが必要。それに整備されていると言っても、峠の道はやはり狭い。
「デボラさんは上級に挑戦中だったか」
突撃探検隊も今は空中都市。
上級での無理な活動は禁止されているので、すぐに連絡が取れるようにはなってるはず。
「ミウッチャさんは今どこっすか?」
「ラファスにいるはずだ」
レベリオ組とルチオ組は休暇中だが、モニカ組は迷いの森で活動している。
「ダンジョン内は今のとこ異変はなさそうだったか」
「上級にいる連中も、時空紋の近くにいてくれりゃ良いんですがね」
侵攻が始まると、ダンジョンにも魔界の空気が流れ込んでくる。
偽の魔物は天上界の方で消してくれるが、あの存在は姿だけでなく名前も同じなので、瘴気に乗っ取られやすい。
職員から現状の説明を受けながら、馬車に揺られること十数分。
外壁周辺では兵士たちが何らかの作業をしていた。
「二人を連れてきました、お通しください!」
緊急時ということもあり、兵士たちは道を開けてくれた。彼らも彼らで忙しそうだ。
町壁が見えてきた辺りで、ラウロは見知った二人の姿を確認する。
「あっ すんません。支部に行きゃ良いんだよな、いったん降りても良いか?」
協会員は自分での判断ができないようで、少し困り気味に。
「できればこのまま」
グレゴリオも行く先を眺め理解したようで。
「構わん、俺から説明しておく。ただすぐに来てくれ」
「ありがとうございます、そのまま走り抜けちゃってください」
感謝すると、ラウロは馬車から飛び降りる。
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そこにいたのはアドネとルチオだった。
「お前らだけか」
「エルダとサラ姉ちゃんは、追加で料金払ってっからな。渋ったけどおいてきた」
見渡せば他の探検者たちもいる。
「僕らは村の避難誘導」
「そうか。宿場町の方面か?」
彼らは次々に用意された馬車へ乗り込んで行く。
兵士は職人と協力して、防護柵の設置などをするので、こういった役割は探検者が担うことになっていた。
「もう新人でもねえし、そりゃ危ないとこだって任されるよ」
「レベリオたちはどうしてる」
アドネは普段から使っている方の道を指さし。
「僕らじゃ上級に入れないからさ」
空中都市に行き、状況の説明をする。
「ジョスエとアガタさんもか?」
「もともと二人は戦争に参加予定だったからな」
この町を魔物から守るにあたり、上級組は救援として、赤や紫の狼煙が上がった場所へ向かうことになる。
またレベリオ達とは別に、ラウロも単独で行動することになるだろう。事前にそうして欲しいとミウッチャから頼まれていた。
「お前らはモニカ組と行動することになるけど、回復役がいなくなっちまうか」
仕方がないとは言え、サラが抜けるのは痛い。
「まあ〖薬〗を支給してもらうし、なんとかなるよ。それにおじさんの〖聖域〗もあるんでしょ」
ラウロに任された役目の一つは、外壁の周囲に〖聖域〗を使ってまわること。光の宝玉を手に入れたこともあり、より長時間の展開が可能となっている。
ルチオは自分の肩に触れて。
「一応だけど俺も回復神技は持ってるしな、ヤコポさんの宿り木もあるから大丈夫だ」
瘴気により弱体化してしまうが、まったく使えなくなるわけじゃない。
「とりあえずこれ持ってけ。腕輪の制限も解除されてるはずだ」
試しに使ってみたが、ダンジョン外でも〖薬〗を取りだすことに成功した。
「すまねえ。ありがたく貰っとく」
町でも魔界の侵略に備えて、こういった品は蓄えていた。しかし今は倉庫から出している状態なので、各探検組に配れてはいないのだろう。
「じゃあ気をつけて行けよ」
二人は強くうなずき、馬車に向けて歩きだす。
戦争が始まった。
どういう流れで戦争に入るが悩んだのですが、こんな感じになりました。
警戒期に突入してから何年目の冬か、どうすべきか判断が付かなかったので、ぼかすことにしました。
とりあえずは四話まで投稿予定です。
三話まで終わってます。各村の避難誘導を描くので、ルチオたちの話になります。




