2話 過行く日々
協会の訓練場にて、木剣と木剣がぶつかって音がなる。
鍔迫り合い。
体格が優れるラウロが押し勝ち、カークは一歩後退した。
しかし力勝負では分が悪いと把握していたようで、難なく追撃を盾で受け止めた。そのままラウロの木剣ごと持ち上げて、自剣を通す隙間を抉じ開ける。
狙らわれたのは太ももだったが、左前腕の小丸盾を動かし、カークの木剣を弾き退けた。
「おりゃっ」
青年が相手の剣ごと自分の盾を振り抜いたことで、オッサンは仰け反って姿勢を崩す。
一歩前へ出て、決着がつく。
・・
・・
喜びを動作で示しながら、カークは大きな声で。
「よっしゃ!」
今日まで六戦のうち、ラウロの四勝二敗。
剣に本腰を入れてから、けっこうな年数となるが、カークだって決して弱くはない。
残る二名は素振りをしていたが、一旦その動作を止め。
「やったじゃん、頑張ってきた甲斐もあるね。僕もそろそろ英雄さんから一本取れるかも」
三人で戦っていただけあり、水使いのガスパロも剣は扱えた。
「ちょっと手加減し過ぎただけですぅ」
「素直に悔しがるより、そういった反応の方が格好悪いよ。大人なんだからさ、もっと余裕な態度みせてくれなきゃ」
ラウロはガスパロに木剣の切先を向け。
「次お前な」
「いや俺だろ」
ダニエレが前にでる。
「嫌だ。お前に負けるのが一番癪に障んだよ」
「なんだよそれ!」
短気な性格ではあるけれど、ラウロの大人気なさには慣れたようで、怒りながらも呆れた様子で。
「おらっ 良いから始めようぜ、ぶちのめしてやっから」
ダニエレの加護も風剣なので、カークと同等の技量を持つ。
町中の訓練場でも、一部の神技は使用が許可されている。
「じゃあこうしよう。互いに基礎の〖剣〗はありで行くぞ」
〖儂の剣〗 銀色に光り、耐久強化と血油を防ぐ。斬打突の強化。
〖風の剣〗 緑色に光り、耐久を強化する。
「駄目だろ、俺が不利になるじゃねえか」
〖火剣〗や〖土剣〗なども剣神との合作だと思われる。
カークはため息を一つ。
「ダニエレには俺の〖剣〗付けっから、それで良いだろ」
〖風剣〗は〖君の剣〗系統とも普通に重複は可能。
ラウロは舌打ちをすると、周囲を見渡す。
訓練の様子をレベリオとジョスエが眺めていた。
「〖盾〗の神技もらって来て良いか?」
〖我が盾〗系統は自分の防御も鍛えてくれるので、盾だけでなく薄く身体も光る。
「ちょっとラウロさん。負けたくないのは分かるけど、そこまでいくと見っともないよ」
先代の剣神と盾の主神には面識があったから、聖神とは違い互いの調整も済んでたりするのだろうか。
「うるせえ。やっぱ神技はなしで行くぞ」
大人の威厳なんて最初から示せてはいないが、オッサンにも言い分はある。
「だってこいつよ、勝つと俺のこと煽ってくるんだぞ」
「あ”ぁっ もうわかった。勝っても煽らねえって、約束すっから」
ガスパロは意地の悪い笑みを浮かべ。
「でもラウロさん、自分が勝つとドヤ顔するよね」
「俺はオッサンだから許されるの!」
大人とはいったい何なのだろう。
・・
・・
時刻としては朝の十時ころ。
これから仕事に行くらしく、ラウロは三人とは別行動になる。
訓練場は支部の裏手にあり、路地を通ってそのまま彼らは去っていく。
協会の情報交換所にはまだレベリオらの姿があった。
「お疲れさまです」
「おはようさん。すまんね、最近はあんま参加できなくてよ」
上級での活動再開は、北内壁門の突破作戦に合わせると方針が決まっていた。
「二人とも情報交換か?」
今のジョスエは紳士の服装ではなく、探検者としての軽装だった。彼は主に弓を扱う。
「いや。ラファスの探検者について話を聞いてましてね」
ここには人が集まるので、直接その顔を見ながら、どういった組なのかレベリオが教えているのだろう。
もしかするとデボラもそういった理由から、時々イージリオと協会でお茶を飲んでいたのかも知れない。
「満了組に関してはラウロさんの方が詳しいと存じますので、都合が良いときにでも聞かせてもらえると有難い」
「十五班なら改めて紹介もできるぞ」
初級でマグらと訓練したことは、今のところリヴィアにしか伝えていない。それでも新しく神技を習得したと皆には教えていたので、天上菊の拠点で実際に使ってみせた。
もとは同じ班だったから興味があったらしく、その場にはモンテも来ていたため、ジョスエも彼とは顔見知り。
「あっ でも師匠はダメだ。まだイジけてっから」
彼らは隊長を仲間外れにして、演劇を見に行っていた。
もうその悲しみ方は半端なく。
[良いのよ。どうせ私なんて、突撃探検隊のお荷物なのよ、ぶひぃ]
こんな感じだった。でも考えて欲しい、あの人は内容に興奮して、舞台の上で大暴れするに決まっている。
レベリオは周囲を見渡しながら。
「鉄塊団とは組織だって協力関係にありますが、満了組に関してはラウロさんが窓口に立ってくれるので、僕らとしても本当に助かってます」
「上級組は大半が彼らだからね」
共同訓練の初回時は参加しなかったが、それ以外はレベリオ組も参加をしていた。
「んで、目ぼしい新人はいたか?」
将来的に回復役を求めている。そのことはすでにミウッチャにも伝えており、できればいずれ一名を誘いたいとのお願いは済ませてあった。
「残念ながら。実力と言うより、探検者としての目的ですね」
皆が中級で満足している。
「先ほど訓練の様子を見させてもらいましたが、彼はずいぶんと剣も達者なようで」
レベリオには事後報告となってしまったが、不良三人組に関しての繊細は話してあった。
「ガスパロか」
十五班のゴブリンを思い浮かべ。
「確かにあいつは逸材かもな」
追い詰められた状況でも自分を見失わず、意地を貫こうとしていた二名を支えていた。これは回復役として、なによりも優れた素質といえる。
方針を決めるのはリーダーだけとは限らない。
モンテとボスコ。
モニカとゾーエ。
レベリオ組も恐らくそうだったのだろう。ジョスエは席を立つと、オッサンに座らないかと誘ってから。
「少しずつだが、信用も得られているように思えますが」
グレゴリオだけでなく、三人に話しかけてくる探検者もそれなりに出てきた。ラウロも何してんだと最近は良く聞かれる。
実際この連中は態度さえ除けば、実力は新人の枠からは抜けており、戦力としてなら申し分ないだろう。
何かを取りにジョスエはその場を離れる。
アリーダやマリカも意見を言う時もあるが、現状だとそういった役割はラウロが担う場合が多い。
「アドネとルチオが認めない限りは反対だ」
ダニエレという嫌われ者。
「そうですね」
レベリオは黙り込み思考する。
机にお茶のセットを置き、三人分を用意しながら。
「時間はあるんだ。しばらくは様子見でも良いさ」
「それにあいつ口が悪いから、喧嘩っ早いアリーダとも不安だぞ」
昔のことを思いだしたのか、レベリオは笑みを浮かべ。
「初対面のとき、ラウロさんとも一悶着ありましたよね」
非はこちらにあるとはいえ、殴られた頬が痛む。
思えばあの時も、若者に舐められまいとした結果だったのかも知れない。
・・
・・
しばらくジョスエに満了組のことを教えながら時間が過ぎる。
要注意人物は三人。
賭け狂いボスコ。
変人イージリオ。
筋肉お化けルカ。
「あと満了組のボスは怖い」
「デボラさんは穏やかな人だと僕は思いますが」
訓練生時代の記憶を思い返しながらも。
「まあ、そうだな」
今でも夢に見るあの人に比べれば、良心的な上官だとラウロも発言を撤回する。
ただ思い返せば、自分を英雄扱いしなかった数少ない人物だった。
もう二度と彼にビビることはない。
オッサンはため息をつき、肩を落としつつも立ち上がる。
「そんじゃ、用事あるから列に並ぶわ」
ごちそうさんと、自分のカップだけを片付けた。
二人もそろそろ拠点の方に戻るとのこと。
「作戦前には何度か上級にも足を運びたいと思いますので、明後日にでも拠点の方で打ち合わせをしましょう」
ラウロは〖背負い十字〗の熟練を少しでも上げるため、最近は中級序盤の森が主な活動場所となっている。
「レベリオたちのこと、よろしくお願いします」
アガタとジョスエは活動の支援。
「三人とも俺より確りしてるから、まあ大丈夫だよ」
彼の〖回復薬・改〗には〖消毒薬〗並みの除菌効果もあり、けっこうな値段で余所も買ってくれていた。
今は瘴気による弱体を改善させる方法はないか、日々研究をしているらしい。拠点には専用の部屋もあり、イザなどがたまに教えを受けている。
心の中で大毛根神さまの祝福がありますようにと願ってから、その場を離れる。
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・・
冬が終わるまでは試練・練習で受付も賑わう。
列に並び自分の順番が来るのを待つ。
「次の方どうぞ」
「どうも」
用紙をカウンターに置き。
「その、報酬を受け取りに」
内容を確認したのち、しばらくジト目で睨まれ。
「また中級にお一人で」
「いや、まだ警戒期じゃないからな」
欲望神としても今は試練で忙しい時期だろう。
相手が何者か気になって別れ際に聞いたが、詳しい事情はカチェリから説明を受けてくれと言われた。
戦うか戦わないかの選択によって、どうも記憶の操作を受けるらしい。
「ちゃんと考えてから、行動してくださいね」
「はい」
マグたちとの慣らし訓練から帰宅したのち、ラウロはリヴィアに怒られていた。本当に人間としてまっとうに生きる気はあるのかと。
その後。受け取り口で報酬をもらい、協会から外に出る。
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・・
探検者として稼いだ金は同居人に渡している。
預り所に向かい、けっこうな大金を下ろしてから町中を進む。こちらの貯蓄には普段から手をつけないようにしてるが、今回は別だった。
用水路の橋。ここは排水路ではないので、臭いもそこまでない。
「おはようさん。どうかしたのか、こんなところで」
「あっ ラウロさん」
彼女が眺めていた方を除けば、そこには見知った顔の四人組。
「モニカさんとこが担当してる連中だよな」
「はい」
まだダンジョンの報酬だけでは食べていけないようで、水路まわりの掃除。
「やっぱ難しそうか?」
予想外にモニカはあの四人に厳しいらしく、他の連中だとまともな訓練もさせられないからと、ミウッチャが無理を承知で担当の継続をお願いしたとのこと。
北内壁門の作戦が終われば、また中堅組やいぶし銀にも時間ができるだろう。
「他の職を選ぶって道もあると思うんですが、あの子たちは現状に不満もないんですよね」
探検者としての結果は出せてないが、彼ら彼女らはハシャギながら作業を続ける。
天職なのか草むしりに熱中している水の加護者。今は冬なのであまり必要はない。
探検中とは違い、のびのびとゴミ拾いをしている剣の加護者。精神安定薬を買えれば、緊張に身体を強張らせる対策となる。
サボっている仲間を叱る鎧の加護者。この四人では一番まともだ。
怒られてもヘラヘラしている槍の加護者。彼女はその性根を叩き直さないと、探検者でも他の仕事でも続かない気がする。
「なんか楽しそうだな」
「はい」
橋の柵に両手をおいて、じっとその光景を眺めいたが。
「ラウロさんはお休みですか?」
「まあな。ちっと買い物でもしようと思って」
女性の意見を聞いた方が良いかと、モニカの予定を尋ねようとしたが、やはり自分で選ぶべきかと考え直す。
「最近は中級で活動してっからよ。次に大ボス挑むとき、まだ不安だったら手を貸すぞ」
すでにアリーダとラウロ込みでの攻略は達成している。
「ありがとうございます。レベリオさんやゾーエと相談して決めようかと思いますので」
ルチオ組にはゾーエ。モニカ組にはサラといった配置になるか。
「んじゃ、風邪ひかんようにな」
モニカと別れ、アクセサリーを買いに店舗を目指す。
・・
・・
ただけっきょくのところ、サイズがわからず指輪は買えなかった。
本人に相談したらお互いのだけでいいと、こっちの方は拒否される気がする。それでもラウロとしては用意して臨みたい。
共に歩みたい相手がいる。
自分のために。
人としての人生を。
前章の最後の話。
別れ際の内容で。
相手が何者か気になって聞いたが、詳しい事情は欲望神から説明を受けてくれと言われた。
戦うか戦わないかの選択によって、どうも記憶の操作を受けるらしい。
という内容を追加しました。




