7話 日常1
二人は重ね喜んでいた。どんな加護を得たのかは、いつの間にか頭の中に記憶されるが、しばらくは神力混血の鍛錬から始めなくてはいけない。
ボス戦での課題として、装備の鎖をもっと練習しなくてはと感じた。これが上手い人は、わざわざ剣を捨て、ナイフを取り出す行為が不要になる。土壇場で片手剣を鎖にしまえば良いのだから。
酷い話。ずっと自分の装備など法衣のみであり、予備のを入れているだけだった。
それから試練の間を出て時空紋から帰還すると、そこは倉庫横の建物にある一室。
おめでとうの言葉を協会員にもらったのち、時空神像の設置されている一階の部屋まで案内された。土が向きだして、そこから台車で運べる造り。
あとこの施設には素材をまとめ、袋に詰める作業場もあった。
特に持ち帰りたいものもなかったので、空間の腕輪で素材を出現させる。
そこから広場受付に行き、腕輪を返却後に教育係として、二人が得た加護を記入。ちゃんと友情神のそれを書く欄があることから、少なくも前例はある。
従軍が嫌で光の加護を隠そうと、ダンジョンで活動する以上はいつかは知られ、その時は教育係も連帯で罰金を命じられる。
木札と交換で報酬用紙をもらう。アドネとルチオは初ということもあり、色がつくとの話しだった。そもそも試練という短い時間では、こうしないと貰えるものがない。
精査・清算に数日かかるので、実際の金品受け取りは町の支部で行われる予定だ。
まだ二人は探検者だけでは食べていけないだろう。それはこれまで通りだが、これまでとは違った生活が待っているはずだ。
民の鉄鉱石。形状をなんとなく覚えていたのか、彼らはこれを記念に残した。
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帰る途中で三人の親子にあう。広場の出入口付近で待ってくれていたようだ。
父親の顔色が悪いので聞くと、エルダは鎧の主神だったとのこと。引き付け役だから心配でたまらないのだろう。
母親は町に戻れば、そのまま娘からコートを奪って、仕立て屋へと向かっていった。
アドネはエルダに欲望の加護だったと伝えたところ、このムッツリと楽しそうに背中を叩かれていた。爆発すれば良いのにと思ったが、そこは胸にしまっておく。
三人は町にもどったら、祝杯をあげに行くらしい。誘われたが、そこにはオッサンの居場所がないので断る。
酒代の足しにと小銭を渡し、ラウロはエルダの父と町中に消えていった。彼から聞いた話しだと、最初からオーガは無傷だったとのこと。しかも金棒ではなく丸太だった。
加護の試練というのは今でも謎が多い。
父親の時は素手だがボロボロの鎧オーガ。
ラウロの時は折れた大剣のオーガ。
ルチオとアドネは傷だらけの金棒オーガ。
ボス戦までの行動によって変化するのではないか。というのが結論で会話は終わる。
ラウロ自身、本心だとあれは試練のオーガとは違うと思っていたが。天上界でなにか考えがあってのことか、それとも魔界の介入か、ただの偶然か。
何はともあれ、無事に加護を得られた。不安そうな父親を慰めながら、夜は更けていく。
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試練から数日が過ぎた。
破損した兜はもう修復不可能。丸小盾と鎧は行きつけの武具屋に任せ、前金を渡して新兜とナイフを用意してもらう。ちなみにラウロは坊主なこともあり、兜は得意分野だと思っている。
武具屋はこういったやり取りの場で、実際に修復するのは水路に面した工房や鍛冶場。片手剣は刃が欠けてしまったので、武具屋で金を払い、素人ながら研ぎをさせてもらった。
大きな車輪状の器具。その表面には研ぎ材が張り付けられており、足でペダルを踏むと回転する。水と共に刃を当て火花を散らしながら整える。
店主にお願いすると高くつくので、悩んだ末に挑戦したのだが、見てられないと奪われ教えも受けた。
研いですぐは錆びやすいとのことで、植物性の油をつけてもらった。危うくオッサンがオッサンに惚れかけた。
武具の神技である〖私の剣〗〖我が盾〗などがあれば、こういった作業もグッと減るので、金袋にも優しかったりする。店主の方が優しいが。
装備系の加護。
なによりも今、あの父親には申し訳ないが、一番楽しみなのはエルダの加護だ。
彼女の両親は仕事もあるので、途中から教育係を引き継いで欲しいと頼まれた。願ったり叶ったりだった。万が一の事態もあると伝え、それに関する契約も一応済ませた。
鎧の主神 〖私の鎧〗と同じ効果を、味方の同種装備に一定秒間付属できる、〖お前の鎧〗という神技がある。
できることなら、〖君の剣〗を使える加護持ちが仲間にいれば最高だった。
ちなみに我とか私とかは、各神々の一人称だったりするので、眷属神になると僕やアタシなども出てくる。槍の主神なんて吾輩だ。
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これからのダンジョン生活に思いを馳せていると。
「おっさん。なにニヤニヤしてんだよ、気持ち悪いな」
「うるせえ」
場所は協会支部の二階にある一室。午前中は訓練所を使い、協会より借りた新武器の特訓をしていた。
ルチオは戦槌 アドネは弓。
そして午後になり、ラウロは加護を授かったばかりの青年らに、神力混血の指導をしているのだった。
「全然できねえんだけど」
嫌な黒い虫を発見した時。恐怖の気配を背後に感じた時など。
「背筋がゾクッとするだろ。祈りが届けば、肩甲骨の真ん中あたりから来るんだよ、なんかフワッと」
アドネは眉間に皺を寄せ。
「祈りが届いてないのかな?」
「信仰心の不足だよ。まったく最近の若いもんは、まったく」
坊主頭のオッサンがキャピキャピ声で。
「もっとこうあれだ、神しゃま神しゃまってな、媚びを売るんだ」
可愛くはない。
「信仰心はどこ行ったんだ、欠片もねえじゃないか」
「逆に怒られちゃうよ」
二人はオッサンを無視することに決め、典型的な祈りのポーズを再開する。
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しばらく黙って見守る。
ルチオの場合は二神の加護があるので、まずは火の方を重点的に。それに慣れてきたら友情神に祈りを捧げ、力を授かって血液に混合させる。
神力の消費が激しいが、なんといっても二種の神技が使える。七/三の割合にするのか、それとも五/五にするのかは微調整が必要だし、個人でやっていくしかない。
二神の加護など記録には残っていても、ラウロには経験がないので正確なところは解らない。
ちなみにラウロは聖神だったが、記録がないので天上界からのお告げを頼りに、光の素手部門から神技の勉強をした。
光の主神は創造主に次ぐ古い神だけあり、ほぼ全ての武器と防具を網羅している。もしその加護を得られたなら、選択肢は無限に広がる。
だが実際に勉強して気づいたことがあった。光神が一番得意としている得物はなんなのか。あまり探検者には好まれなかったが、こだわり具合から言って間違いないだろう。
人気の低さに不満でもあったのか、自分が特訓を始めてから、今まで滅多になかった光神からのお告げが激しくなったらしい。
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当時と現状を見比べて、冷汗をかいていると。
「おっさんやっぱできねぇって」
素手の鍛錬も怠れないと思いながら。
「とりあえず姿勢を作らなくても、祈りはできるようにならんとな」
戦闘時。引き付け役に任せて後方に下がり、神力混血をしなくてはいけない状況が実際にある。
「お前の場合はたぶん必須だ」
本当に困るのは引き付け役の神力補充。
欲望 感情の神技 〖こっち見んな〗 敵の欲望を刺激させ、自分に注目させる。
欲望 軽装の神技 〖探さないでください〗 気配と姿を消す。
これらは真逆であることから、引き付けても欲望の場合は逃げることが大前提。そもそも消えてしまったら寄せ付けられない。
「あんま焦んな。一日や二日で習得できるもんじゃない」
「でも早く行きたいんだよ、練習ダンジョンでも良いからさ。まあ混血覚えてから、神技も使えるようにならなきゃ駄目なのはわかってるけど」
「僕らまだまだ仕事の合間だし、訓練も毎日できないしね」
仕事は町中の清掃や雑草駆除、水路の掃除などが主とのこと。その合間で自主練はしているが、もう終えた時点でヘトヘトなんだとか。
そう考えると、自分がどれだけ恵まれた環境だったのか。もう教国には感謝しかない。
「おっさんはどんくらいで混血できたんだ?」
「俺は早かったぞ。孤児院だったし、毎日祈ってたからな」
なんだこいつと睨まれて。
「僕らだって毎日祈ってたよ!」
それはそうだ。
「祈るってことについて、深く考えてみると良い。願いなのか感謝なのか、それとも行動をするための等価交換なのか」
「神に何か捧げるのか?」
しばし二人は黙り込み、物思いにふける。
「祈りを捧げるんだよ」
アドネは頬をふくらませ。
「堂々巡りじゃないか!」
「ただ祈るのと、何が違うのか。その答えを考えろってんだ」
自問自答を模索する。そういう行為にこそ、天上界も微笑むのではないかと。
「今は考えて悩め。答えなんてないんだよ」
簡単に神力混血ができた。それはとても褒められたが、もっと大切なことを置いてきた気もする。
「考えることにこそ意味があるんだ。きっと」
終了時間になったが、もうしばらく部屋は使えるということで、彼らは残るらしい。無理すんなよと後にする。
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階段を下りて受付に並ぶ。
基本的に顔なじみの受付嬢だ。どういう目的で探検者をしてるかなど、知ったうえで対応してくれるから。
あと出稼ぎ探検者専用の受付もあったりする。彼らは決まった期間帰るので、軽く選別しといた方が管理が楽なのだろう。
前の探検者が一歩進む。
「まだ休憩時間じゃないみたいだな」
彼女の休日と重なったら、もうダンジョンどころじゃない。そのままお家に帰りたくなったりもする。
装備以外で新品など買う余裕はないので、中古をさらに着古した服装。この場で出来るかぎり身嗜みを整える。
自分の順番が来て、爽やかさを意識しながら声をだす。可愛い娘とお話したいお年頃のオッサンだった。
「こんちはリヴィアちゃん」
ニヤニヤしている。この前は問題を起こして後ろめたさもあったが、実はいつもこんな感じが多い。だってオッサンだもの。
そろそろ精算なども終わった頃合いかなとみて、ダンジョン広場での繊細が記入された用紙を渡す。
「実践指導とダンジョン報酬を受け取りに来たぞ」
「はい、こんにちはラウロさん。ちょっと待っててね」
近場の棚から下半期の個人資料を取り出す。もし昔の活動記録を探すとなれば、奥に行かないといけない。その場合は他の職員が探しに行く。後ろでバタバタ歩いている連中だ。
ラウロは自分の後ろを確認する。並んでいる奴はいないので、やっぱこの時間帯に来るのが一番良い。
お話しができると笑みを隠せないオジサン。そうだね、気持ち悪いね。オッサンだね。
「そういえば、あいつらはもう受け取ったのか?」
入手した素材と、初挑戦で色をつけてもらった分。あとは一応だが、どれだけの時間をダンジョン広場で活動したかによって、全体の稼ぎぐわいで値は変動するが、少しだけもらえる。
これは新人の救済とも思えるシステムだ。
木札には日付と午前・午後程度の入場時間が記載されており、ダンジョンからの帰還時に提出する。広場や時空紋付近で時間を潰すというズルもできることから、本当に少額な援助だ。
どんなに長く居座っても三食分。
「あの子たち、準備が出来た当日には来てましたよ。もうあんなに喜ばれると、こっちまで嬉しくなっちゃいますね」
ラウロは指導報酬とは別に、ダンジョンの実技指導報酬みたいなのも頂けた。
受付嬢は後ろを振り向き、別の職員に声をかける。
「用意に時間が掛かりますので、十分くらいしたら受け取り口に並んでください」
楽しい時間が終わってしまうと、オッサンの瞳に影がさす。
「まったくもう。今度、定期実戦で初級に行きますので、もしかしたらラウロさんたちと会うかも知れませんよ」
協会の職員も一応は探検者の資格を持っている。指示された者とパーティを組み、初級から中級のダンジョンで活動する。ボス攻略などはあまりしない。
報酬の仕組みはラウロたちとは違うが、一日から二日間。時間または日給でお金がもらえるとのこと。
どれほどの割合で行くのかは、時期と場合で違ってくる。
「実を言うと私も新人担当なんですよ、このあいだ試練を突破した所です」
仮ではない本当の資格があるのとないのとでは、協会での待遇もけっこう違うらしい。
「なっ なるほど」
もう嬉しくてたまらないようで、オッサンの瞳が輝きを増す。
できる限りの精一杯。ハンサム顔をつくる。
「必ず君を探しだす」
惚れられたらどうしよ。その時は良い所を見せなくては。惚れられたらどうしよう。
「じゃあな」
背中を向け、手を上げて情報交換のスペースへ歩いていく。きっとこの去り方は、格好いいと思われているはずだ。
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並んでいる人は居ないと確認してから。
「まったく。デレデレしちゃって」
あきれ顔で去っていくオッサンの背中を眺める。
「任期満了組……か」
別名は光の予備軍。指揮をできる立場だった者はまずいない。そういうのは兵士たちの士官や管理に回る。もとから専門の教育を受けていた人たちだから。
現場仕込みと言っても、侵攻は常にあるわけではないので、そこで成り上がれる人も少ないだろう。
派遣軍のそれとは違う。彼らはとりあえずの加護が目的で、従軍の外れを引いてしまった者が中心。
光の騎士団は探検者として、ダンジョンに命をかけようと決意していた、アドネやルチオのような人間が主だった。
魔界の門がひらいたら、彼らは指定された場所に集結し、指揮官を得て編成される。そして最前線となった地へと送られる。
平時。光の予備軍は教国にあ、全ダンジョン広場に割り振られている。この町にも探検者として結構な人数が活動していた。
光騎士団専用ダンジョン。
【墓地】【落城】【死平原】
国内の最高難度と小規模集団戦。これらの挑戦経験があるので、どれも確かな実力を兼ね備えた者たち。
受付から離れたオッサンは、情報交換のスペースにたどり着く。受付嬢は小声で。
「あのオヤジ殿はまたギャンブルか。まったく」
いつもの相手ではないようだが、同じ満了組の人物に話しかけていた。
血塗れの聖者は、血染めの法衣をまとい
「あと……なんだったかな?」
登録してもう三年は過ぎたか。もちろん情報は協会にも伝わっていた。前につく文字は物騒だけど、聖者という単語からして、勝手に武闘派の聖人みたな傑物が来るものとばかり。
背筋の伸びる役職は持ってない。それでも二つ名持ちの騎士だ。
国や教会の者たちを引き連れて、要人扱いで協会も対応する。もちろん受付になど寄らず、そういう人専用の出入り口から、支部長と満了組の長みたいなのが出迎えるのだろう。
まだ噂だけで、教会からも正式な伝達はなかった。
・光の騎士団任期満了に伴う、探検者資格発行手続き。
青白く頬が痩せこけ、ボーっとした表情。傷だらけの坊主頭が自分の受付に並んだときは、まさかと驚きすぎて失礼な対応をしてしまった。武闘派の本能はいったい何処にと。
今でも慌てて上司を呼んだのを良く覚えている。
すぐさま別室に移動してもらい、書類や契約の説明をしても、なかなか理解できずに苦労した。ペンを渡してもインクが紙を滲ませるだけ。ただ国のために従事したい、まだ役に立てると呻いていた。真面目か。
良く確認すると手続き書には印もなにもなく、記入されている名前も筆跡が本人と同じだったので、教会に確認の連絡を送る。
すぐさま中心地にある教会の人たちが来て、取り消してくれと頭をなんども下げてから、連れられて帰っていく。
この時間は本当に暇なので、ついつい目でオッサンを追ってしまう。
「問題起こさないでよねぇ」
また賭け事でもするのだろうかと目を光らせたが、硬貨を置いても席につかない所から、なにか別用かなと一息つく。
「まったくもう」
下半期の個人資料では最初のページ。手書きではなく印刷版で用意されたと思われる、本人の経歴欄に目を通す。
「ただのオッサンになっちゃって」
産まれは魔物侵攻時の混乱期だったため、本人の記憶と共に繊細は不明。教都の孤児院で育つ。職歴は探検者希望からの光騎士団一筋。
任期満了組の中でも珍しい、居座り組からの転職だった。
「ふむふむ」
地上界に魔界の門が開くようになってしばらくのち、お告げより知らされていた聖神。勇気と同じ魔系統特化の神技を持つが、まだ未熟なため加護を授けるのは難しいとのことだった。
なるべく早く仕上げたいという意味にとれたが、地上と天上では時間の感覚も違う。
ここからは教会または協会の推測となる。聖神からの強い希望でもあったのか、歴史上今のところ、ただ一人その加護を授かる。
「なるほどなるほど」
お告げで得た情報からも、似た属性なためか神技は光神と似通る。実際に今のところは眷属神と同じ扱いで、主神より教えを受けているのではないか。
「……うむ」
何度読んでも、選ばれし者過ぎて。
「こりゃ病むわ」
少し微笑む。
変な二つ名をつけられていた時より、このオッサンは今を活きている。
顔色も良くなり、あの当時を知る身からすると、まさに神の奇跡。
さて。いつまでもこうしてはいられない。
「次の方どうぞー!」
誰も並んでいなかった。
書きためここまでになります。はやくしなくてはと焦ったりもしますが、のんびり気楽に執筆していこうと思います。モチベーションの維持が課題でございます。
ここまで読んでくださり有難うございました。また気が向いたら覗いてくださるとうれしく思います。




