7話 初級合流
初級ダンジョン。ソロ時代はここが主な活動場所だったけど、大地の裂け目にはあまり来た記憶がない。
この方面にある拠点での待ち合わせとのことで、到着したは良いが繊細を聞いてなかったと気づき、しばらく歩き回っていた。
するといつの間にか、民布のフード付きローブを被った二名が後ろを歩いていた。
「やあ愛しき人の子よ。そして可愛い私の元加護者、また会ったね」
「急に後ろいんなよ、驚くだろ」
オッサンがヘコヘコする相手は、騎士や満了組の上官か、または国のお偉いさんのみ。
「あと、けっこう久しぶりな気がすんだけど」
なぜか神さまにはタメ口。
「私はもともと人間ですので、ラウロさんの感覚も一応の理解はありますよ」
「お前さん方とは時間の流れが違うのな」
天使と神さまを交互に見比べてから。
「なんかちっと違くないか」
「おお、勘が鋭いね。私ら今回は人間の身体なんだ」
ラウロは首をかしげ。
「魂に適合する肉体をつくるのって、神誕創造とかいうのと同じくらい難しいんだよな?」
他に優先すべき眷属神や主神がいるのではないか。
「魔界の門が開いたのはちょっと前だけど、この地上界にも長い歴史はあるんだよ」
「ちょっとの昔じゃないだろ」
人類が人間同士で殺し合っている間に、神々は準備を進めていた。
古の聖者は自分の身体をパンパン叩きながら。
「魂に適合する肉体をつくるのは、最初が一番大変なんです。設計図みたいな物がなにもないので」
「そうそう。だから今も創造主さま、きっとラウロのこと眺めながら、うんうん唸ってると思うよ。私が加護授けた日からだし、君らの感覚で言えばニから三十年くらい?」
けっこう前から導かれることが決まっていたらしい。
「気が遠くなるわ」
聖神が〖背負い十字〗の開発を始めたのも、恐らく同じ時期だろう。
古の聖者は頭を掻くオッサンの背中を見つめ。
「本当にそうですね」
彼女からしてみれば、この出会いは奇跡以外のなにものでもない。
ラウロが死んでから魂の器が完成するまで、大急ぎで作業をしたとしても、数百年はかかるのではないだろうか。
・・
・・
昇降装置は拠点から十分ほど離れた位置に建設されており、木で組まれたその足場は崖から突き出ていた。
無数の歯車を眺めながら、列に並んでしばらく待つ。
「次の方どうぞ―」
これを利用するのも、ラウロは今回が初めてだったりする。
「三人で頼む」
「了解しました」
大ボス攻略後は帰還紋で広場にもどる連中が多いので、上から下への一方通行となっている。
基本的な動力源は人力とされているが、一度に乗れるのは五人までとなっており、その重量を利用して谷底の乗り場を上げるそうだ。
「女性二名のようですし、重りは三つにさせてもらいますね。少し狭くなりますがご了承くださーい」
足場は勝手に動いて行くので、土袋の設置作業を係員が終えるのを待ってから、そそくさと乗り移る。
手すりにつかまり、オッサンはぎこちない動作で振り向く。
「怖いからあんま動かんでくれよ」
「はーい」
「わかりました」
フードを被った女性と思われる二人組。そのうち小さい方が。
「ねえねえラウロ、あっちのにはいつ乗れるの?」
「次の大きな更新後だな。あれはまだ試験中だから、いずれ解体すんじゃないか」
種族の違いはあれど、オッサンよりもずっと年上なので、呼び捨てに関しては触れないでおく。なんでも聖神と古の聖者は同年代らしい。
前にリヴィアから聞いた内容を思いだしながら。
「職人連中の目論見としては、帝国から仕入れた機械で自動化させたいんだとよ」
更新前に知らせが届くので、動力源は撤去してダンジョン外に運ぶ。
「へえー 人間の技術も進歩してるんだね」
「平和な世の賜物といったところでしょうか」
戦争があるからこそ技術の革新も興るが、世に出回るには時間もかかる。
「まあダンジョンのお陰ってのが一番の理由だけどよ」
装備の鎖や空間の腕輪。これを報酬として受け取れる場所は、教国にも一カ所だけ確認されているが、主な輸入先は帝国。
装機兵を動かす上で、色んな補助をしてくれるパーツがあり、これがないと性能が一気にさがってしまう。
模擬魂の出所は都市同盟なので、帝国に輸出するには教国を通さなくてはいけない。
「良くこんな仕組み考えたもんだよ、あんたら」
宝玉を落としうる生物も、力が弱いうちは灰にならず亡骸を残す。
風鳥の羽根。火猪の牙。土熊の爪。剣魚の鰭。こういった素材は他国でも得られるが、やはり教国は余所よりも多く入手できる。
人が動けばお金も動く。
「もともと構想はあったんだけど、欲望神や知識うんぬん神が、色々と考えてくれたお陰かな。私なんて経済とかさっぱりだし」
上から下へと景色が動いていく。岩山に登っていた時もそうだったが、あまり風などは感じない。
「天上界はこういったダンジョンとか、どうやって管理してんだ?」
二人は互いに顔を見合わせる。フードをしているので表情はうかがえない。
「もし駄目でしたら、あとで記憶の操作でも良いんじゃないですか?」
脳をいじくられるみたいで怖いのか、ラウロは顔を引きつらせていた。
「まあそうだね。一応は言っちゃだめってことでさ、[ラファス・ダンジョン広場の館]みたいなのがあるんだよ」
初級の間。中級の間。上級の間。
これら三つの広間には、それぞれに専門の神が制作した模型・箱庭が設置されている。
また敵対者の間というものもあり、名称のとおり小鬼や肉鬼など、その大本になる像や人形を飾る場所も存在していた。
「管理する専用の装置もあってさ、私たちは意識だけをここに飛ばしてるんだ」
ゴーレムであれば土の天使や神。偽の魔物であれば時空の天使や神が召喚している。
「上級の大紋章でラウロさんが戦った時は、私が管理室にいました」
何柱体制で管理してるのかは不明だが、やはり天上界は激務なのだろう。
「この時期は試練ダンジョンもあるのに、お前ら俺に付き合ってる暇はあったのか?」
「う”ぅっ」
小柄な方はフードを引っ張り、顔の半分を隠してしまう。
「まあ私たちにもお休みはありますので、一応」
試練・練習ダンジョンはそれ専用の施設が建てられている。攻略成功後に与える加護を新人に教えるが、実際に授けるのは数週間後。
円滑に加護を授けるための施設もあったりするけれど、神さまと言えど失敗はしてしまう。
試練に挑み祝福を受けようと、一向に祈りが通じない者が稀に現れるも、これは才能がないのではなく天上界のミスだったりする。
「管理だけじゃなくて、報酬とかも用意しなきゃいけないもんな」
「まあ人間たちもそうだけど、私たちにも縁の下の力持ちはいるんだ」
「武器防具の素材を揃えるにも、循環というのを怠ると罰せられちゃいますので、それがもう本当に大変でして」
ダンジョンで入手した素材を持ち込むと、地上界の質量が一方的に増えて行く。これは理というルールの上ではあまり宜しくない。
「まさにこの昇降装置と一緒です」
谷底から上る足場と、谷底へと下る足場。
緊急時に急停止させるための仕組み故か、ガタンガタンと振動や音が靴底から伝わってくる。
「だから私たち職人は、地上界にもこっそり行ってるんですよ。相手は輸入先が天上界だなんて思ってませんが」
将や王の元になる材料は、戦闘職ではない天使たちが、定期的に地上界より調達している。普通の鉄鉱石や角材などを、断魔装具の素材として加工するのだろう。
「なんかあれだな、想像してたのと違うわ。俺ちょっと行きたくないんだけど、天上界」
「ちゃんと交渉して契約もしたんだから、もう諦めちゃった方が早いんじゃないかな」
魔界に対抗するために、天上界の連中がアホみたいな労働をしている。
「神さまのイメージが崩れちまった」
「その単語に本当の意味で当てはまる方たちを、私らは一度もお目にかかってないわけさ」
古の聖者はとある感情神の言葉をこの場で口にする。
「神の如き力を持つ種族と、実際の神はまた別物というやつです」
「始源の意志って連中か」
神に匹敵する力を持ち、新たな時空をつくり、そこへと旅立っていく種族。この仕組みを最初に創造した者たち。
やがて谷底に建てられた木組みへと足場は到着する。
「お足もとに気をつけてください」
「すんませんね」
先に二名を下ろしてから、ラウロも飛び跳ねて着地した。
係員が入れ替わりに足場へ移り、土袋を一つ専用口に放り投げ、重さの調節をする。
沢山の歯車が嚙み合って大きな音が鳴り響く。
木製の階段を下り、今度こそ本当の意味で谷底に靴底をつけた。
「ここら辺は敵も出ないんだよな」
「うん。事故に繋がっちゃ危ないからね」
ダンジョンに危険が伴うのは当然だけれども、ここでの戦いはあくまでも鍛錬。
実戦を想定した訓練でしかない。
例外となっているのはただ一つ。ン・マーグの【迷宮】だけだ。
見渡せば多くの探検組が土の神殿に向けて足を進めている。
聖神はラウロの顔を覗きこみ。
「神技の調整もしてみたんだけど、慣らしの調子はどうかな?」
「お陰さんで剣の神技も使えるようになってたわ」
〖化身〗の発動中は、これまで〖剣〗を使うことができなかった。
「先代さまが存命でしたら、もっと上手くできたと思うのですが」
「こっちから合わせるしかないから、化身中の〖剣〗は性能が落ちるものと承知してね」
まだ開発はされてないが、〖聖剣〗であれば調整作業にここまで苦戦はしなかったはず。
「〖背負い十字〗はそこまで違和感ないんだけどな」
「まあ〖化身〗というよりさ、〖聖痕〗との相性が悪いんだよ」
一点突破は両足が銀色に光り、聖拳は両腕が輝く。そして聖痕は全身に光る傷が刻まれる。
背負い十字は光る膜に覆われるが、旧式の一点突破に防護膜は発生しない。
神殿へと向かう道中。
ラウロは歩きながら身体をほぐす。
「しかし聖なる鎧だったか、ありゃ本当に助かるわ。熟練も俺の他技と同じくらいあるし、なにより素手や壁系統の神技も強化してくれるってんだからよ」
人間からすれば十分に鍛えられた状態。
「神技を開発したのは私ですが、ちょっと違いますね」
この場合は神技としての効果ではなく、断魔装具としての強化を意味する。
「聖拳はともかく、聖十字や聖壁を適応させるのは難しかったよ。防御という繋がりもあったし、一応は上手く運べたけどさ」
鎧に神力を沈めると、それに通ずる神技を強化する。ただし〖聖壁』は〖足場〗としての適応されず。
「なんで光拳とかも同じようにしなかったんだ。正直この系統が人気ないのって、装備での強化ができないからだろ?」
「ルカさんが嫌がったんだよね。やっぱ開発者の意見って優先されるしさ」
「断魔装具に適応させないのが、神技の制限に当てはまるって理屈もあるのですが」
目をずっと開けている。使用後に大きく疲労する。こういったリスクや制限があった方が、神技は強力なものとなる。
ただし普通に断魔装具として強化した方が良い。
「あの人が考えるこた俺も良くわからんからな。天上界でもやっぱ変わり者で通ってるのか?」
「筋肉なんて、装備じゃ強化のしようもないしね。あっ そうだ、奇人変人で思いだしたんだけどさ」
ちっちゃい娘はオッサンを追い越すと、振り返ってフードを捲り。
「宗教を立ち上げるのは人間の自由でも、ちょっとあれ困るんだよねぇ」
「なんの話だよ。あっ もしかして毛根神さまのことか?」
彼の中だと宗教団体ではなく、育毛を願う集まり。
「そりゃ存在してるって信じちゃいるが、決して広めようなんて考えはないからな。まあ育友会を大きくしたいとは思ってるけど」
世間ではそれを信仰と呼ぶ。
古の聖者も苦笑いを浮かべ。
「友情神さま張り切ってましたね。会長って方に加護を授けるんだって、今みんなで必死に止めてるんですよ」
店主の言っていた内容を思いだし。
「夢に現れたって、あの話は本当だったのか?」
育友会という組織名も、そういった縁から定められたのかも知れず。たぶん。
活動目的がハゲ隠しとハゲ治しなので、今のところ危険な思想は一切ない。
ラウロはしばらく黙り込むと、ボソッとつぶやく。
「友情神……さまか」
聖神は焦った様子で
「ちょっとグレース、その気にさせちゃダメだよ!」
「ごめんマグちゃん」
毛根の一つ一つには神さまが宿っているという宗教観に、今まさに最上位の存在が降臨した。
「いや、大毛根神さまだ」
会長が友情の加護を得るかどうかは、まだ今のところ誰にも分らない。
作者にもわかりません。
設定を作中で描き切る必要はないと何処かで教わったのですが、裏設定でも良いって。
天上界については中々描ける場面が限られており、なんかつめ込んでしまいました。
三話の予定です。
一日一話で投稿していきたいです。




