6話 炊き出し
炊き出し会場。
オッサンは初老の男性に頭をさげ。
「ご無沙汰しています」
「やあ」
桶の水を使い手を洗ってから、相手の隣に立って野菜を切る作業を手伝う。
以前の時とは違い、明らかに護衛と思われる一般人が会場に紛れていた。
無言の気まずい空気が流れる。
「劇場には行ったかい?」
「はい、せっかくの機会でしたので。とても楽しめました」
毎年ではないが、[誰がための我が道か]は定期的にラファスでも公演される。
「だいぶ良くなったようだね。以前の君なら、彼が主役の劇を観る余裕なんてなかっただろう?」
「そうですね」
英雄としての重圧。
「迷惑をかけたとか気に病む必要はない。そうさせたのは我々だ、尻を拭うのも当然の責任なんだよ」
「ありがとうございます。そのように仰ってもらえるだけでも、自分としては気が晴れますので」
オッサンは呼吸を整えてから。
「柱教長になっても、炊き出しの参加は続けるんですね」
「年に数回できれば良い方だとは思うけど、時間に余裕があれば足を運びたいね」
かつて騎士王が弱みを握れたのに使えず、暗殺もできなかった連中がいた。
「本来の役目を全うしたい。そう願った方たちの意志を、私としては継いで行きたいんだ」
たとえ祖国を捨て、権力を失うことになったとしても。
アンヘイに逃げず、旧王都に留まった者たち。
・・
・・
ラウロには、前もって伝えておくべきか悩んでいた事柄があった。
作業の手を止めて、相手の方へと姿勢を正し。
「自分は天人菊という徒党に所属しています」
「ああ。その話は私も把握しているよ」
親分はモニカだが、中心となっている者は別にいる。本人にそのつもりはないとしても、この認識は内外が同くしているものだった。
かなり先の話になると伝えた上で。
「もし都市同盟に戻る意思を示したとき、力になってくれると有難いのですが。彼は交渉をしたいと考えていますので、この国にとっても損失するばかりの内容には、恐らくならないかと存じています」
「その時に私が現在の職を続けているかは保証できませんが」
柱教長もラウロの方を向き。
「貴方が今後どのような道を歩かれたとしても、応援したいとは考えております」
探検者として生きても、個人としては構わないと思っている。
「我々は今後も、血塗れの聖者という象徴を使わせてもらいます」
王の居なくなったこの国で。
「一個人としてで良いのでしたら、その時は天人菊に力を貸すと約束しますよ」
「感謝します」
英雄という存在が必要だと、先人たちは判断した。
時空の柱教は現在だと帝国に根付いている。
その権力を持たせたのは、教国を滅亡の寸前にまで追いつめた。いや、実際に滅ぼした張本人。
女帝エカチェリーナ。
・・
・・
緊張の一時が何とか終わり、炊き出しが始まった。
オッサンは老婆のもとまで行き。
「貰えるか?」
「終わったらくれてやっから、今はこっちを手伝いな」
すまんと詫びてから。
「橋に行く」
「そうかい」
もともとそのつもりで炊き出しに参加すると決めていた。
婆さんは木製の器にスープを注ぎ、そこに硬いパンを突っ込むと、乱雑にラウロへ手渡した。
「悪いな」
布を一枚もらい、それを食事の上にかける。
広場から出ようと足を進めていると。
「どっか行くのかよ」
列の整理をしていたカークが訝し気に声をかけてきた。
「用事があってな、片付け手伝えんかも知れん」
別に文句をいうわけでもなく。
「次は三日後で良いんだよな?」
流石に毎日は付き合えない。その間は休養にあてても良いし、今日みたいな雑用をするでも構わない。できれば協会で鍛錬をしてもらいたいが、ダンジョンはしばらく止めとくよう言ってある。
人間というのは追い詰められるほど、正常な判断は難しくなる。察するにガスパロは保てていたが、他の二人は中級での活動に囚われていた。
今日やった仕事はけっこうな重労働だったから、貰えるのも相応な金額となる。すでに神力混血のできる彼らであれば、それを続けて資金を調達することも可能だろう。
「よろしく頼む」
「おう。でも今日のはもう御免だわ、草むしりあたりを受けたいとこだな」
用水路関係は基本的にきつい。町の清掃などでも良さそうだ。
もちろん働いた分の金は自分の懐に入れてある。ここで格好良く、不良どもにくれてやるとか、そんな格好良いことはできないオッサン。
「どうせアンタ根を上げそうだけどな」
「うるせえ」
ラウロは格好いい去り方をしないまま去っていく。
・・
・・
広場近くの橋には先客がいた。
手に持っていた食事を見て。
「なるほど、あんたが食わせてたのか」
「いや。あの偏屈を養った記憶はないぞ」
そう言って笑い合うオッサン二人。
「水路の清掃お疲れさん」
「見てたのか」
職人風の男はうなずくと。
「今日は外壁の補修をしてたんだ」
その帰りに作業をしているラウロたちを見かけたのだろう。
「来年には警戒期だし、あんたらも何かと忙しい時期だな」
建築系の神技が木製の外壁には使われている。
「俺らより彫刻家の方が大変だぞ」
「そうか。このあいだ町壁に運んでるの見かけたな」
壁上には一定の間隔で神像が設置されている。
もっとも多いのは土の主神や眷属神。
あとは光の守護神だったり、はたまた戦神だったり、彫刻神そのものだったり。
これらの像は一定の年数が経過すれば力が消えてしまうが、町壁の強度を上げてくれる。
効力を失った像は決められた順序で、柱教主導のもと儀式的に壊されるそうだ。
「まあなんだ。元気でやってるようで安心したよ」
「本業は探検者なんだがね、最近はちょっと暇ができたんだ」
彼が言っているのはラウロのことだろうか。
橋にくることは予想していたのだろう。地面に置いてあった包みを持ち上げると。
「お前さん徒党に所属してたよな、良かったら拠点にでも置いてくれ。趣味で俺も彫刻をしててな、欲望神さまの像だ」
「へえ、こりゃまた」
ちゃんとした棚とか用意した方が良いのだろうか。
「本業じゃないから、御利益は期待できないがね」
「いや。有難く飾らせてもらうとする」
包みを開けて、実物を目にすれば、嫌味な笑みを浮かべ。
「爺さんより上手いな」
「だろ」
用事は済んだとばかりに、職人は肩をほぐし。
「じゃあ、そろそろ行く」
「またな」
ラウロは彼の去り方を見逃さまいと、その動作を目に焼き付ける。
・・
・・
橋の隅に腰を落ろし、脇に木製の器を置く。
「今日は酒を忘れちまったんで、これで我慢しろや」
欲望神の像を眺めながら。
「ずいぶんと差をつけられちまったんじゃないか?」
独り言をぶつぶつ呟いているので、傍目からは怪しいオッサンだ。
装備の鎖より友鋼の剣をだし、器の前に持っていく。
自分の怪しさに気づき、発言を控えようと思ったのか黙り込む。
もしかすれば来るかも知れないと待っていたが、予想どおりそいつは現れた。
「良かった。コップなかったから、どうすっか悩んでたんだよ」
今回は花束だけでなく、それ以外の品も用意して来たようだ。
「同じ失敗はしないよう、日ごろから気をつけてんのよ」
水をそそぎ、その中に活ける。
「枯れたら捨ててちょうだい」
「はいよ」
花を挟んで剣の主神も座る。
木製の器に目を向けると、なにを思ったのかそれを掴み上げ、断りもなく食べ始めた。
「ちょっとお嬢さん、いくら何でもお行儀が悪いわよ」
「そんなことなくってよ。食事中は喋っちゃいけないから、ちょっと黙っててくださる」
もしかしたら師匠への反骨精神なのかも知れない。
叱られてしまったので、しばらくは無言で過ごす。
・・
・・
食べ終わると、お行儀よくご馳走様をしてから。
「お仕事お疲れさま」
「……まあな」
実を言うと、少し彼女と会うにあたって不安な要素があった。
人伝にというか、恐らく柱伝に知ったのだろう。
「どうせ連中の罪状も調べてあるのよね」
貧困街で浮浪者への暴行。
「頼まれた相手からも聞いてたから、そうなんじゃとは気づいてた」
アリーダは友鋼の剣を眺め。
「あの人が殴られたのはどうでも良いけど、彼を奪おうとしたのは許せないわね」
「ボコられた経験がある俺からすりゃ、あの爺さんがやろうと思えば、返り討ちにもできただろ?」
そんな質問を鼻で笑い。
「四肢が一つ二つ足りなくなったたくらいで、あれが常人に負けるわけないでしょ」
「だよな」
友鋼も不良どもと関係を持つことに関して、特に嫌がる感じはしなかった。
「人の罪は人の罪」
もしあの職人と不良どもに繋がりがあったとすれば。
「とやかく言うつもりはないわ、それに彼らはもう償ってるじゃない」
「そうだな」
すでに刑期を終えている。
ラウロも聞きたいことがあったので、この場で彼女を待っていた。
「開発中の神技ってのは間に合いそうか?」
聖神は警戒期までには何とかすると言ってたので、そろそろじゃないかと最近は落ち着かない。
「あの子ずっと自分の神技を鍛えるのが最優先だったから、開発は後回しだったのよね」
魔神と戦うため。
「聖なる鎧は刻印から流せるけど、背負い十字は加護からになるわ」
「急に技名教えるのやめてくれよ、楽しみにしてたのに」
実際に受け取ると脳裏に内容が浮かぶので、アリーダも繊細は聞いてないと言うか、聖神が教えてくれなかったらしい。
「近く神技を授かると思うから、慣らしは済ませときなさいよ。受け取ってから一週間後に初級よ」
待ち合わせ場所は大地の裂け目側にある拠点。聖神たちと大ボスに挑戦するらしい。
「ところで古の聖者って天使なのか?」
突撃探検隊のフィエロは、こちらの世界で天上界に導かれた光の眷属神。
「そうよ」
前回この橋で話したとき、本人から旧地上界で産まれたと聞かされていた。
「彼女は二足の草鞋ってやつだから時間もかかるのよ」
「なるほどな。まあそれは俺も言えてるか」
これまでは剣士として頑張ってきたが、軽鎧に新しい神技が加わったとすれば、再び本職の素手でも戦う機会が増えるだろう。
「あんたの場合は同じ戦闘職だから、そんなに問題ないでしょ」
爺さんにもそういった理由から、剣での鍛錬を提案された。
「しかしあれだな」
〖背負い十字〗
「なんか嫌な名前じゃないか?」
十字架を背負う。
「色々と試したらしいけど、それが一番神技との相性が良かったんだから仕方ないわよ」
アリーダは立ち上がると。
「じゃっ もう行くわね」
すぐには立ち去らず。
「ところで、それって師匠のやつ?」
欲望神の像を見つめていた。
「爺さんの趣味友が造った作品だよ。もし観たけりゃボロい方の教会に行ってみな、ちゃんと祀られてるから」
「そう」
興味なさ気な口調だが、その足は借り屋ではなく貧困街に向けられていた。
「もし閉まってたら、そっちの空き地で炊き出し中のシスターを訪ねてくれ。いつも開けっぱだし、たぶん入れると思うけどな」
「わかった」
主神さまの去り姿をしばし眺め。
「まだまだだな、四六点ってとこかね」
残念ながら、ラウロのお眼鏡には適わなかったようだ。
4話のグレゴリオ戦ですが、一点突破の防護膜は突きでないと発動しないので、そこら辺を修正しました。鎧で矢を弾いたって感じに。
投稿はいったんここで止まります。




