5話 排水路清掃
鉄塊団との共同訓練が実現したことで、別々の徒党ではあるが、その関係はより良好なものになったと言えるだろう。
今回モニカたちが挑戦することになった第一ボスは外れではなく、通常の相手だったこともあり、大きな苦戦もなく勝利を収めることができた。新人の四名が上手く動けたかどうかは別として。
素行の悪い三人組はラウロが素直に謝ると、少しだけ態度を軟化させた。
ラファスという狭い世界において、良くも悪くも噂はすぐに広まってしまう。こういった背景には、教国の閉鎖的な仕組みも関係してくるのだろう。
彼らの生き辛さは本人たちにしか解らない。
ガスパロが上手いこと誘導してくれたこともあり、なんとか当初の目的は達成できた。
上手く行くかどうかはわからない。それでも前進だとは思いたい。
決してグレゴリオのこれまでの対応が間違っていたわけじゃない。こういうのは相性もあるのだから。
そもそも彼が気にかけ続けていなければ、この縁は発生すらしなかった。
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数日後の午前中。ラファスの排水路には四人の姿があった。
同付水中長靴を着ており、手にはスコップを持つ。彼らに割り当てられたのは貧困街の近場なので臭いが酷い。
三人が水路底のヘドロをすくい一カ所へと放る。残る一名がそれを台車へと。
水路の中で作業をしていたオッサンの髪に、泥が跳ねて付着する。
「もうやだぁ、お家に帰りたぃ。これ頭皮に悪いぞ絶対」
「お前が言いだしたんだろうがっ!」
まだ探検では食べていけない新人がする仕事。それをやるぞと提案したのがラウロだった。
「俺って騎士出身だから、こういった作業やったことなかったんだよ。こんなキツイなんて知らなかったわ」
最初は不満気だった三人も、言い出しっぺの体たらくを目の当たりにして、なぜか逆に確りしてしまっていた。
水使いは台車に乗せたヘドロに手をかざし、〖水浄化〗を発動させる。
「そんなに文句言うなら、もう止めれば良いじゃん」
見た目に変化はないが、完全とは言えなくとも悪臭が消えていた。
「俺にも面子ってのがあんだよな、これが」
リーダーはスコップの動きを止め、ラウロの方を見て。
「こんなんで信用ってのは回復できんのか?」
「確かなこたわからんよ。俺って良い子ちゃんだったから、周りの信用を落とした経験もないし」
グダグダ言いながらも、このオッサンが作業の手を止めることはなかった。
「少なくとも、中級で無茶するよりゃ効果はあるはずだ。俺がお前らと行動してるって事実は広まってるしな」
風の加護者。ダニエレは神力混血で強化させた肉体を使い、水路底のヘドロを大量に地上へ放り投げる。
「けっきょく手探りなんじゃねえか」
「別に俺らは信用されなくたって、自分らだけである程度の金が稼げりゃ良いんだけど」
「探検者も商人とかと同じで信用の商売なんだよ。そこら辺は身に染みてるだろ、俺らは荒くれ者の集団とは違うんだ」
周りを見返そうとしていたのだから。
「信用があった方が得られるものが多いんだ。そのためなら苦手な人付き合いもするし、勝てもしない賭け事にだって興じる」
情報の大切さ。
「だけどこんなのばっかしてちゃ、僕らも腕が鈍っちゃうよ」
「当分はダンジョンにも挑戦しないからな。訓練なら付き合ってやるぞ、協会でそれすりゃ人目も引くしよ」
「俺らは実戦重視なんだよっとぉ」
力んだせいで泥が別の位置に飛んでしまう。
「ちょっとなにやってんのさ」
「悪りぃ」
オッサンはニヤけながら、実戦重視ねえと小馬鹿にした口調でつぶやくと。
「敵と実際に戦うとなりゃ、本来すべき手順をいくつか飛ばさんと、間に合わない場面が多々あるわけだ。訓練してない奴が、一体何をはぶくってんだ?」
知り合いの顔を思い浮かべながら。
「上級に挑戦している連中で、普段から鍛錬なんてしないって奴はいないぞ。まあボスコっつう馬鹿でアホな例外もいるけどな」
最近は光拳にも軸を置いていると言ってたので、実はこっそりしているのかも知れないが。
実戦重視を主張したダニエレは、悔しそうに黙り込む。
言い負かしてやったぜと得意気なオッサン。
本当にこの人で大丈夫なのだろうか。
「しかし新人たちって、こんな作業やらされてるのな。何事も経験してみるもんだわ」
ラウロの場合は自分の神力だから、常時混血状態と言っても今は戦闘時のそれとは違う。
用水路の流れに逆らって立つだけでも、けっこう辛いものがある。
水使いは台車を持ち上げると、指定された場所へと泥を持っていく。
「神力混血が出来るようになった奴しか、この仕事は回されないよ。危ないしね」
水底の石にでも引っかかったのか、ダニエレの方からドボンと音が鳴った。
「うわっ やっちまった」
スコップを水路に落してしまったらしい。
「ちょっと待ってろ」
〖聖域〗を展開させ、濁った水底を照らす。
「流されちゃいないはずだ」
「すまねえ」
気にするなと返事をしてから、少しして気づく。
「いや。なんか動くの楽になったわ」
神技を使ったことで、混血が戦闘態勢に切り替わったのだろう。
リーダーはラウロを睨みつけ。
「騎士団出身の癖によ。あんたからすりゃ、この程度の作業なんて苦でもないだろ」
「しんどいことにゃ変わらんさ」
騎士団の訓練生は、シゴキという名の酷い扱いを受ける。
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仕事は昼飯抜きで午後まで喰い込む。
やっとの思いで終わらせた頃には、一五時を回っていた。
近場の井戸で身体を洗い、作業着から各々の服装にもどる。
仕事を斡旋してくれる施設に道具一式を返却したのち、ラウロは三人を見渡して。
「ただ飯を食える場所があるんだけど、お前らはどうする?」
ダニエレは孤児院の出身なので勘づいたようだ。
「俺はパスだ。もう顔見知りはほとんど居ねえけど、あそこの連中とは関わりたくない」
「嫌われ者は辛いね」
嫌味なガスパロにうるせえと返し、風使いは去っていった。
「短気は損気ってやつだな」
彼との関係を知ったアドネとルチオが、良い顔をしなかったことを思いだす。
「単純で僕はけっこう好きだけどね、あいつ」
性格は捻くれているが、本人が居なければ素直になるみたいだ。
「信用を得るためって言うなら、僕は行かせてもらうよ。カークはどうする」
「手伝いをするってことか?」
彼は幼いころから炊き出しで命を繋いでいた。
教会ではなく、会場となる空き地に直接向かう。
その道中。隣を歩くラウロを見て。
「堀の水入れ式のとき、あの婆さん満了組の人と歩いてたけど、なんか繋がりでもあるのか?」
「俺も知らなかったんだが、貧教会のシスターってのはよ、騎士団の天下り先っつう話だ」
引退した名のある騎士。
「……そうなのか」
「カークって骸の騎士好きだもんな」
馬鹿にするような口調で続ける。
「さっさと諦めれば良いのに、やっぱまだ未練あった?」
「そんなんじゃねえよ」
ラウロは最近鑑賞した劇を思い返し。
「今回は無理かも知れんけど、次に公演があるときはチケット買えると良いな」
「僕は観たことあるよ。これでも裕福な産まれなんでね」
素行の悪さもあり実家からは見放されていた。軽犯罪を犯したことで、今は勘当状態なのだろう。
「俺もある」
「へえ、以外だねぇ。君んち貧乏じゃん」
貧困街の出身。
すこしムスッとした表情で。
「親父が五体満足だったころは余裕もあったんだよ」
幼いころより酒浸りの父親に虐待されてきたが、母親思いの優しい子供だったらしい。
楽をさせるために第一騎士団に志願するも、町や都市で開催される一次試験に落ちてしまう。
時を同じくして母が死んだらしく、それからは人が変わってしまった。生活能力のない父親は現在保護されているが、もう本人との関りはない。
こういった情報はグレゴリオから前もって聞かされていた。
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炊き出しの会場では、すでに準備が進められていた。
「あっ ラウロだ! 久しぶりだね!」
「おうラウロさんだ。俺に会えなくて寂しかったか、泣いて良いんだぞ」
殴って来たので手の平で受け止める。
「サボっちゃいけないんだよ、真面目に働かなきゃ良い大人になれないから」
「アホなこと言うな。真面目に働いてたから最近は来れなかったんだよ」
いつもは他のガキも喧嘩を売りにくるが、二名の不良がいる所為か今日は遠目から眺められている。
「あれ、カーク君じゃん。今日は手伝ってくれるの?」
「まあな」
彼女とは知り合いだったようだ。
やり取りをしていると、煙吹きババアが椅子から立ち上がり、こちらに寄ってきた。仲間になりたそうな目で、こちらを見てはいない。
「見ない面子じゃないか」
「最近知り合ってな。敬虔な信者になってくれるかも知れんから、丁重に扱ってやってくれ」
カーク青年はじっと老婆を眺めていた。
「あたしに惚れたのかい。なら今夜教会の扉あけとくから、優しくしておくれよ」
「そうなの? 頑張って、僕応援するからさ」
怒り返すでもなく、少し緊張した風に息をつくと。
「手伝いに来ただけだ。さっさと指示だしてくれ」
「なんだい、からかい甲斐もないガキだね」
シスターは吸い殻を携帯灰皿に入れると、二人に作業を分担する。
苦笑いを浮かべていたラウロを見て。
「お前はあっちだ」
指差された方向を見て、オッサンの表情が引きつる。
「忙しいなか、今日は来てくださったんだ。挨拶くらいはしときな」
少し前に出世をしたせいか、彼も今回が久しぶりの参加となるそうだ。
「……わかった」
強張った表情のまま、重い足を進めて行く。




