4話 意地
ラウロが戦闘に加わってからも、オークの住処より増援が追加された。
人数が少ない時は襲ってくるが、一体を報告に向かわせる場合もあるのかも知れない。そう考えると、ある意味こういった囮で敵を引き寄せるのも、戦略として有効と言えるか。
〖聖壁〗で矢を防いでから、兵鋼の〖一点突破〗でゴブリンを盾ごと貫く。
「ありゃっ」
刺さり方が悪かったようで、〖波〗でも抜くことができず。小鬼は盾に前腕を引っかけたまま、身体が宙に浮かび上り、そのままぐったりと足を垂らす。
〖旧式〗の〖波〗が吹き飛ばすのは命中した対象だけ。
後を追ってきた小鬼が回り込んできたので、将鋼からの〖空刃斬〗で足を狙い転倒させる。
「いったん引っ込めるか」
〖儂の剣〗は残るが、短剣に沈めていた神力は抜けてしまう。
兵鋼を装備の鎖に戻せば、それが刺さっていた死骸は地面に崩れてから灰に帰った。
一人で突出して戦っていたので、まだまだ別の個体は残っている。
側面から回り込んできたゴブリンが、短剣でラウロの足を狙ってきたが、長い腕を活かし左手で頭部を鷲づかむ。
独自の呼吸で空気を吐きだし、取り込みながら下腹部へと意識を集中させる。
次の瞬間だった。
化け物じみた握力が発気され、指が減り込んで頭蓋を砕き、青い血飛沫と一緒に中身が飛び散る。
逆の方向からもタイミングをずらし、小鬼が金棒で殴りつけてきたから、そちらは将鋼で斬り止めた。〖残刃〗が発動。
傷を負ったゴブリンの側面に転移し、右腕をスッと振れば首が落ちた。
「やっぱ鎖帷子がないだけでも助かるな」
上級の小鬼ではこう上手くは行かない。
オークがラウロのもとに到着しようとしていた。
移動距離が異常に短い〖一点突破〗から、急停止の反動を利用しての投擲。
斧の神技に回転数の調節はないので、経験からの感覚で放つしかない。
〖投・無断〗がオークの腕を叩き落とし、装甲ごと胴体へと減り込んだ。
それが中級の防具だったとしても。
「一撃かよ」
装備の鎖を使い、先ほど投げたのとは逆の手に小斧を出現させ、続けざまにゴブリンへと飛ばす。
どうやら高級品らしく、彼は次々に斧を取り出しては投げていく。
飛び道具を有してるのは此方だけではなかった。
小鬼は歯を喰いしばり、グレゴリオに向けて矢を放つ。
〖一点突破〗の防護膜は突きでないと発生しない。
片手斧を投げ返すと同時に、装備の鎖で軽装から鎧へ交換して鏃を弾く。
・・
・・
戦いが終わり、全ての鬼が灰に帰る。
狼煙で応援を呼ぶという手段もあったが、それだと第一ボスの拠点からも確認できてしまう恐れがあった。
鉄塊団の各組には〖犬〗がつけられているので、今はグレゴリオがそれを通じて応援を呼ぼうとしている。召喚者とのやり取りは映像でしかできないため、文字での現状報告といった所か。
リーダーはグレゴリオを遠目で睨みつけ。
「やっぱあのオヤジの差し金か」
「まあ俺らの年代になると、お節介なのが多いんだ。あんま気にすんな」
ラウロはそう言いながら、水使いに手持ちの回復薬を数本渡す。
「次はアンタみたいな有名人呼んで、僕らにご高説でも垂れてくれるのかな」
どこかこちらを小馬鹿にしたような口調。
「お前さんたちに説教なんて必要ないだろ。さっきの情けない戦いが全ての結果じゃんか」
三人でオークの第一拠点に挑むのが無謀だなんて、彼らだって承知している。その武具防具が準備不足という事実も。
「あとクソガキにいけ好かない言い方されると、いくら俺が立派な大人でも、我慢できない時だってあるわけだ。もしオジサンが怒ったら、すっごい怖いんだからな」
ダニエレと呼ばれた風使いは、地面に唾を吐き捨て。
「こんなんが英雄なんて世も末だな。ただの生意気なオッサンじゃねえか」
「骸の騎士みたいな本物と一緒にすんなよ」
英雄と呼ばれる象徴の必要性。
「俺の手柄は他の連中と立てたのが主で、ほとんどが膨張されて大衆に伝えられてんだ」
自分の背後を親指で示すと。
「だからお前らが舐めた口を叩けば、俺のバックについている騎士団が黙ってないからよ。お前らなんてボコボコにされちゃうぞ」
ラウロ先輩の半端なさに、こいつマジパネえと思い知ったのか、三人は顔をひきつらせていた。
生意気なクソガキどもを黙らせたので。
「しばらく待機してろ」
「お説教がないなら、僕らもう行きたいんだけど」
ラウロの怖さを思い知ってはいなかったらしい。
だがここで逃がすわけにもいかない。
「君らが狙った第一ボスだけどよ、許可もらってないだろ」
もし協会を通しているのなら、受付が容認するはずもない。
「それでも行くってんなら報告するからな。好きに選択すりゃ良いさ、もし残るならお前らの面目とやらも守ってやる」
契約違反をしたのなら、相応の罰則もついてくる。
「僕らは活動してたら、運悪く第一ボスの見張りに襲われただけだよ」
「この俺様に加えて、もと鉄塊団の団長。どっちの主張が通るか試してみるか?」
水使いは降参の意志を動作で示し、歯を喰いしばる風使いを宥めに入る。
「いやー やっぱ信頼って大事だなー」
大人気ないオッサンの追い打ちに、リーダーはうつむき拳を握り締めた。
勝ち誇った表情でグレゴリオのもとに向かい、二人で増援の到着を待つ。
「大丈夫なのか、お前すごい敵視されてるように見えるんだが」
「俺って若者に舐められやすいんで、最初から強気で行かなきゃって思うんすよ」
完全に的外れな対応の気もするが、ラウロ本人は真剣なのだからどうしようもない。
馬鹿にされる訳にはいかないと、一生懸命に威勢を張るオッサン。
普段はダンジョン内でも軽鎧で移動をするが、俺って強いんだぞアピールをするため、あえて兜を外した状態で装備の鎖に登録していた。
こんなんが聖者の実像というのは、もちろん国家の最高機密だ。
・・
・・
グレゴリオに神力を提供してもらい、〖聖拳士〗を二体召喚したことで、敵の増援はなくなったかと思われる。
やがて救援として現れたのは、モニカ組が担当する八名だった。
「お二人だったんですね」
〖犬〗について来いの合図を出されただけなので、状況がつかめてないのだと思われる。
ゾーエは将木の杖を両手に握ったまま。
「もう戦いは終わってる?」
木々に囲まれた場所ではあるが、迷いの森ほどに暗くはない。
暖かな木漏れ日の中で、偽の魔物を倒した証である灰は、まだ散らずに残っていた。
ラウロは三人を指さし。
「こいつらが見張りと遭遇しちまったみたいでよ、近くに拠点があったわけだ」
事実は異なったとしても、彼らの名誉というかプライドみたいなものは、守ると約束した優しい大人のオッサン。
否定はしなくても舌打ちをして下を向く剣使い。
怯えている新人四名を睨みつける風使い。
興味ないのか、先ほど貰った回復薬を確かめている水使い。
態度の悪い三人組を見て。
「なるほど……そういうことですか」
何かを察したのか、モニカは小さく息をつく。
ゾーエは灰の数を見渡し。
「敵もここで四割くらいは減らせてる」
オークだったものと思われる灰もいくつか確認できた。
赤く光る両手剣を肩で担ぎ、牙を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべる男が一人。
「上等じゃねえか、俺らで第ニボスを討伐すりゃ良いってことだろ?」
未だ残っている戦いの空気に当てられたようだ。攻略するのは第一ボスです。
グレゴリオは面々を見渡して。
「もし厳しいようだったら、〖犬〗を通じて応援に行かせてもらう」
ゾーエは二体の〖聖拳士〗を眺め。
「私たちの神力を使って彼らの手を借りたい。この子たちの護衛」
「なるほどな。俺は構わんよ」
モニカは少し悩む仕草をしてから。
「完全に守られるだけじゃ訓練にならないから、追加するのは一体くらいで良いかな」
眠者の宿木は消費が激しいので、召喚者以外の者が神力を渡すと決まる。
突然のボス攻略が決まり、顔を青白くさせる新人組のリーダー。
「むっ 無理ですよ。私らまだゴブリンの拠点だって」
彼女の仲間たちも、何度もうなずいて無理だと主張する。鉄塊団としての恩恵か、加護に合わせた最低限の装備は揃えてもらえるようだ。
「いざとなりゃ、ここに五人も控えてんだから大丈夫だろ。むしろこんな好条件で挑戦できんだから、お前らも運が良いと喜べよ」
知ってはいたが普段との差がありすぎて、こいつ誰だとラウロは思う。
「ほら、陰気くせえ顔してねで笑えって。陽気だ陽気、誰かさんみたいに人生損しちまうぞ」
酷いことを言うなと思った瞬間。
「あっ ごめんなさい、そういうつもりじゃなくて」
素に戻った様子。
まあきっと大丈夫だろう。彼は人の話を聞いてるようで、半分も聞いていないから。
地面にしゃがみ、草を毟りだす者。
「俺らには薬草摘みがお似合いなんだ」
近場の木にしがみつき、泣きべそをかく者。
「嫌だぁー ゴブリンの拠点じゃなきゃ無理ですぅ。ていうかどっちもイヤぁ」
明らかに緊張で身体を強張らせる者。
「やっ ぃや、やってやる。お…オレだって、でっ 出来るんだ」
地べたに座り込み、真っ白に燃え尽きている者。
「ちょっと休憩したいんだけど。ここまで走って来たのに、なんで元気なのお前ら」
最後の奴だけはゾーエに杖で小突かれていた。
一名を除くモニカ組の面々は、なんとか彼らを説得しようと試みる。
ラウロは感じの悪い若者たちに近寄り。
「あの新人より、君らの方がずっと戦える」
剣使いは黙り込み、風使いは睨み返す。
「じゃあなんで連中は、お前らより評価されてんのかね」
「うるせえ」
凄まれてオッサンはチビリそうになるが、大人なので我慢する。
「もし三人でオークの住処を攻略できたとしても、多少は腕が立つかも知れんけど、生意気なクソガキって印象を変えるこた出来んだろうよ」
そんなことは分かっている。じゃあ、どうしろっていうんだ。
言葉には出さなくとも、こちらに向けられた視線には、そういった感情が込められていた。
「知っての通り名前だけは売れてるんでね。この血塗れの聖者さまが連れて歩くだけでも、お前らの印象は変化するんじゃないか?」
グレゴリオが相手では説教されてんだなとしか思われないが、ラウロであれば何事かと興味をもたれる。
「お前さんたちが示すのは実力じゃない。まずは信用の回復だ」
二人は黙り込んだまま返事はしない。
水使いは我関せず。
「人生には転換点ってのがある。そこで怯えてるような、どこにでもいる脱落四人組が、ある切欠で一端の探検者になったりな」
犯罪者が英雄として語り継がれるなど。
装備の鎖より、店主から買い戻した民鋼の剣をとりだす。
「かなり使い込まれてるが、そのみっともない借り物よりゃ良い品だ。もし俺の暇つぶしに付き合ってくれるなら、こいつをお前にくれてやる」
惨めな剣の加護者は、悔しそうに折れた剣を握り締める。
短気な風使いは、怒りの感情を押し殺しながら。
「……どいつも…こいつも」
いつだって周りは自分たちを。
水使いは回復薬を指に一滴こぼし、それを舐めながら。
「好きにすればいい。お前の判断を尊重する」
風使いはこの日、始めて仲間に敵意を向けた。
「おいっ!」
「リーダーの意見に従うって言っただけだ」
このままではいつか無理になる。
もうすでに限界はきている。
「世間に抗えるほどの特別な力はもってないし、僕らは大人でもないんだよ」
目を閉じて小さく深呼吸をしてから、ガスパロはリーダーの前に立つ。
「でもね英雄さん」
他の探検者とも折り合いが悪く、誰にも相手にされずその道を諦めた。
戦闘職の加護を得てしまっていたので、職人としての出世は難しかった。
軽犯罪により初級ダンジョンで罰を受けた。
「みっともなくても、餓鬼だとしても」
世間からも見捨てられ、探検者に戻るしかなくなった。
「ゴミ屑なりの意地はあるんだ」
行商人に良い仕事があると、犯罪集団への加入を勧められた。
「俺たちを……馬鹿にするな」
「そうか。いや、そうだな」
オッサンは若者に頭をさげて謝った。




